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「おい、起きろ」


「あと三時間」


「…授業終わるぞ」


ベッドの上でもぞもぞと動く。


「フィリア、いい加減起きろ」


「イヤだ」


「はぁ、人間のお前が朝弱くてどうする?」


シーツに潜り込み、もぞもぞと動いたまま起きない男を抱き寄せる。


「フィリア、今日は薬学の試験だろ」


「追試受けるから良い」


「アカデミーまで送ってやるから試験受けて来い」


抱き締めたまま躰を起こし、リビングに向かう。


片腕で抱き上げるが、フィリアは成人を迎えた男性だ。


片腕はなかなか難しいものがあるが、ふらつくこともなく進む。


「ルーモンド、帰りも迎えに来て」


「試験が終わったくらいにな」


フィリアをソファに下ろし隣に腰掛ける。


キレイに盛りつけられたサンドイッチを手に取り、口元まで運び食べさせる。


「ほら、食べないと頭が働かないぞ」


「もぐ、……………」


「いい子だ」


時間が無いと言いながらゆっくりしている。


「フィリア、準備をしてこい」


「ん」


クローゼットからアカデミーの制服を取り出し、袖を通した。


「出来たよ」


「行くか」


当たり前のようにフィリアを抱き上げると窓から飛び出した。


墜ちることなく空を滑空する。


ルーモンドの背には漆黒の翼が広がっていた。


「ほら着いたぞ」


「いってきます」


アカデミーの門の前に降り立つと、フィリアを降ろす。


校舎に入るのを見届けると、ルーモンドは煙草を取り出して吸い出した。


『旦那、一応ここアカデミーの前なんすけどね』


「見逃せよ、ケルベロス」


『旦那がお迎えのたびに結界張ってるの誰っすかね』


門の横に行儀良くお座りしている犬がいる。


魔界の番犬ケルベロスだ。


「それも見逃せよ」


『仕方ないっすね。それより旦那のお仲間が魔界から出て来てるんすよ』


「そうか、そろそろ食事時だからな。何人死人が出るかな」


『あんまり出さないように言ってくださいね』


どこ吹く風で聞き流す。


吸血鬼は普段魔界に住んでいる。


百年に一度、食事のために魔界から人界に姿を現す。


「最近は血の吸い方も知らねー青二才が人界に出て来るんだ。無理だな」


『昔は血の吸い方は本能的に知ってるもんでしたけどね』


「旨い血の見分け方も、な」


はるか昔は、人間も吸血鬼に血を吸われることを理解していた。


その恩恵として、高価な薬草などを受け取っていた。


その関係性が変わったのは、一部の変異的ヴァンパイアの所為だ。


人間を殺さないようにする手加減を本能的に出来なくなったヴァンパイアが食事のたびに村がひとつ消えていくのだ。


そこから、人間との間に静かな戦争が始まった。


『で、旦那。ハンターはどうするんで?』


「俺には、脅威でも何でも無いんだけどな。無駄に彷徨かれると目障りだな」


『あっ、旦那。ハンターがこっちに近付いてきますぜ』

 

「中級クラスのハンターだな。さて、俺に気づくかどうかだな」

 

壁に凭れてタタバコを吹かす。

 

「失礼、アカデミーの前で待ち合わせですか?」

 

「えぇ、保護者代わりなもので」

 

「保護者、一体誰を保護しているというのですか?」

 

物腰が柔らかいが目が一切笑っていない男がルーモンドに声を掛けた。

 

胸のエンブレムは協会に在住していることを示している。

 

「ほぉ、俺に気付いたか」

 

「今年は吸血鬼の食事の年ですから。いやでも気付きます」

 

「だが、中級程度の力で俺を倒せると思っているなら勘違いするなと言っておこう」

 

「勘違い?」

 

ハンターは腰に下げた銀の銃に手をかけた。

 

いつでも撃てるように安全装置を外す。

 

「人間が絶対的に倒せない存在が居るということだ。聞いたことがあるだろう。始祖の存在を」

 

「それが貴方だとでも言うつもりですか?」

 

「そうだと肯定しておくが、もし、始祖でない存在としても、中級程度のハンターに狩られるほど落ちぶれてはいないな」

 

短くなったタバコを灰になるまで燃やし、新しいタバコに火を着ける。

 

灰にするには魔術を使うが、新しいものに火を着けるのはライターを使った。

 

「なら、試してみるか」

 

「試しても良いが、ここは中立のアカデミーの前だぞ。いくらハンターでもアカデミーは敵に回したくないはずだ」

 

『旦那、一応ここアカデミーの前なんすけどね』

 

「ケルベロス、見逃せよ」

 

『無理っす。そろそろ学生たちが帰る時間ですから』

 

ケルベロスはあくまでアカデミーの門の番犬だ。

 

門を正常に運行するために存在している。

 

「だそうだ、ここは見逃してもらえないそうだ」

 

「なら場所を移動してもらう」

 

「俺は迎えに来ただけなんだがな。まぁ、連れと合流できたら移動してもいいさ」

 

ルーモンドはタバコを再度、灰にすると、思いついたようにハンターに話しかけた。

 

「そうそう、連れだけどな。純粋な人間なんだが、ハンター嫌いだから気をつけろよ」

 

「ハンター嫌い?そう洗脳したのではないですか?」

 

「洗脳かどうかは自分の目で確かめるんだな。俺は一応忠告はしたぞ」

 

タイミングを計ったように門からフィリアが出てきた。

 

ルーモンドを見つけてすぐに駆け寄るが、目の前にいる男には警戒の表情を顕わにした。

 

「テスト、ちゃんと受けたか?」

 

「受けたよ。ルーモンド、この人誰?」

 

「ハンター協会所属のハンターだ」

 

「ハンター・・・」

 

ルーモンドに抱きつくと、それきり何も言葉を話そうとしない。

 

「俺を狩るつもりらしい。それで場所を移す。先に家に帰ってるか?」

 

「付いてく」

 

「なら、ちょっと離れろ。手を繋いでやるから」

 

大人しく手を繋ぐと、フィリアはハンターを視界に入れようとしない。

 

人目があるから騒ぎを起こせないという理由からハンターも黙って成り行きを見守る。

 

ケルベロスはアカデミーに害が無ければ、全て黙認だ。

 

「それで、どこまで行くんだ?」

 

「ここからすぐのところに廃墟の屋敷がある。そこなら問題無いだろう」

 

「分かった」

 

「・・・キミは何故、吸血鬼と共に居る」

 

「・・・・・・」

 

「吸血鬼は人間をエサとして見ているんだぞ」

 

フィリアの瞳には憎悪の色が宿り、嫌悪の瞳でハンターを見た。

 

そこに無いのは、殺気だけだとでも言うほどに敵意があった。

 

「人間と共に居るのが安全だとは思わない。・・・帰る」

 

「フィリア、道分かるのか?」

 

「・・・・・・・・」

 

筋金入りの方向音痴であることに加えて、ルーモンドに運んでもらっているからか、道をほとんど覚えていない。

 

「仕方ない、エヴィ」

 

『ハイ、マスター』

 

「フィリアを家まで送ってくれ」

 

『畏まりました。フィリア様、こちらです』

 

姿は見えないが、声だけがする。

 

風の精霊で、フィリアが子供の頃に拾った。

 

フィリアには召喚士の力が無いため、便宜上、ルーモンドが契約をしたのだ。

 

昔から一緒に居る精霊に促されて歩いて来た道を戻る。

 

「・・・子供を一人帰して、どうするつもりだ」

 

「別に俺を狩ろうとするのは良いが、フィリアにハンターを推奨する言動だけは止めて貰いたい。フィリアは家族をハンターに殺された」

 

「何だと?出鱈目だろ」

 

フィリアが居る間は吸っていなかったタバコに火を着けると紫煙を燻らす。

 

「フィリアの一家はハンターだった。優秀でな。全員が上級以上だった。それが協会は面白くなかったんだろう。吸血鬼に襲われたように偽造されて、同じ人間に殺された」

 

「まさか、十五年前のシーズベルト家のことか」

 

近年でハンター一家が全滅した話はそれしかなかった。

 

吸血鬼が脅威を感じて滅ぼしたと伝えられている。

 

「腹を空かせた吸血鬼が食い荒らしたようにするために細工され、誰が死んだか分からない状態だった。それをしたのはハンターだ。フィリアも家に居たが、風の精霊が隠し、殺されなかった。だが、全ての惨劇を見たんだ。ハンターを恨んでも不思議は無いだろう」

 

「それが事実だと言う証拠は無い」

 

「そうだ。全ての事実は秘匿され、捏造され、闇に葬られた。真実を知る者は枢機卿くらいだろう。あのときに関わった人間は全て枢機卿の手に因って殺されたからな」

 

ハンターが死ぬことは珍しくない。

 

五年生存率が十%以下の世界だ。

 

どんな手練れであろうとも死んで不思議は無かったし、誰も疑問にも思わなかった。

 

「俺は吸血鬼が死のうが、人間が死のうが、どちらでも良い。フィリアが自分の足で生きていけるようになれば」

 

「そこまで入れ込む理由は何だ」

 

「シーズベルト家はハンターが出来る前の吸血鬼と人間の在り方を知っているからだ。今は失われた。両者が手を取り助け合っていた頃のことを本能で知っているからだ」

 

「失われた?一体何のことだ」

 

「知りたければ今度の吸血鬼たちの食事に立ち会えば良い。面白いことが見られるぞ」

 

答えを言うつもりはなく、ハンターを殺すつもりもなく、ただただ、フィリアからハンターを引き離すためだけの時間稼ぎだった。

 

短くなったタバコを灰にすると、その手には魔力を固めて作った短剣が握られていた。

 

柄にも鞘にも精巧な文様が刻まれて、実用ではなく、装飾品の扱いに近いことが分かる。

 

「この短剣を持っておけ、中級クラスの者ならまず、近づいて来ない」

 

「そんな物を何故渡す?」

 

「今度の食事のときの守り代わりだ。人間なら誰でも良い奴らに際限なく襲われたらハンターと言え死ぬだろ」

 

言いたいことは終わったのかルーモンドは羽を広げて飛び立った。



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