家も無いのにメイドが家に来た。
僕の背中を雷が落ちた。
一番奥の部屋に居た見張りを斬り捨てた後、檻の中に居たのは裸同然の姿の美しい女性だった。
汚れてくすんでいるが、腰まで伸びたシルバーブロンドの長い髪、吸い込まれそうな碧い瞳、美を体現した整い過ぎた顔立ち、細っそりとした身体に似合わない急峻な膨らみを見せる胸、細く長い手足、まさに女神が降臨したようだと思った。
ユキトは慌ててローブを脱ぐと、檻の隙間から女性に投げ入れて表へ走った。
ユキトには、当然若い女性とコミュニケーションを取った経験はない。ユキトの周りは漏れなく爺ちゃん婆ちゃんばかりだったからだ。
廃坑の外に出るとルドラが跳び込んで来るが、ユキトはルドラを受け止め抱いたままノブツナ達の元へ走った。
「爺ちゃん、婆ちゃん!ちょっと来て!」
「どうした?何かあったのか」
「なんだい落ち着きな!」
ノブツナとバーバラに言われて、ユキトは廃坑の中であった事を話した。
「大方、奴隷商人の馬車でも襲って奪ったんだろう。何処ぞの貴族にでも売り込む積りだっただろう」
「それでお宝はあったのか?」
「そんなの見てる余裕なかったよ、ヴォルフさんが探してよ」
「その奴隷の女はどうしたんだい?」
「……エッ、どうもしてないよ」
「馬鹿だね早く助けに行くよ!案内しな!」
僕と婆ちゃんは、再び檻の前まで戻った。
「アンタ少し檻から離れな!ユキト、檻を斬りな!」
ユキトは少し腰を落とし大刀を抜き放つ。
シュン! キン! バタンッ!
刀を鞘に収めると、檻の鉄格子が倒れた。
「もう大丈夫だから出ておいで」
婆ちゃんに言われて、檻から女性が出て来た。僕は生活魔法のクリーンを掛けて汚れをとってあげる。
するとシルバーブロンドの髪が、美しく輝き抜ける様な白い肌が現れた。若い女の人なんて初めて見たな、何歳位なんだろう20歳位かな?
「おや、あんたエルフかい。この付近にエルフの集落なんてあったかねぇ」
あっ、本当だ耳が尖ってる。エルフなんて初めて見たな。
「助けて頂いてありがとうございます。サティスと言います」
サティスと名乗ったエルフの女の人は、何故か僕の顏を潤んだ瞳でじっと見つめている。えっと、自己紹介した方が良いのかな。
「えっと、僕はユキトこっちがバーバラ婆ちゃん、まだ外に爺ちゃんとヴォルフさん、アイザックさんとドノバンさんが居るから後で紹介するね。盗賊は皆んなやっつけたから安心して良いよ」
クルルッ!ルドラが足下で自分を忘れるなと抗議の声をあげる。
「あぁ、ゴメンゴメン。この子がルドラ僕の召喚獣だよ」
ルドラを抱きあげて、撫でてあげると機嫌を直してくれた。
サティスと名乗ったエルフの女の人が、ルドラに気が付き目を見開いて驚いている。
「さて、あんたどうするね、奴隷紋があるから奴隷契約は済んでるんだね。そうなるとちょっと厄介だね」
婆ちゃんが、難しい顔で考え込んでいる。
「婆ちゃん何が厄介なの?」
「サティスだっけ、この子は今暫定的にユキトの物なんだよ。以前の持ち主が死んでるからね」
「僕の物って……そうだアイザックさんなら奴隷契約を解呪出来るよね。奴隷契約は呪の一種だったよね、解呪出来たらサティスさんも家に帰れるんじゃないの」
「ふむ、そう単純な話じゃないんだけど、解呪は可能だね。サティスはそれで良いかい?」
婆ちゃんがサティスさんに聞くと、首を横に振り。
「解放されても帰れません」
一度奴隷に落とされたエルフは、二度とエルフの集落に帰る事が許されないらしい。他種族の異性に身を任せたエルフは、集落に帰ることができない掟があるそうだ。サティスさんは幸いにも高く売る為に、その身を穢されることはなかったが、奴隷紋を刻まれた時点でダメらしい。黙ってれば分からないんじゃない?と僕が聞くとエルフは精霊の声を聞けるらしく、どれだけ遠く離れて居てももう既にサティスさんが奴隷に落とされた事は精霊を通じて知られているらしい。
「うーん!じゃあ解呪だけして何処かの街か村で暮らす?」
「それも難しいだろうね」
「エッ、なんで?」
「ユキト良く考えてご覧、珍しくて美しいエルフの価値を、バカみたいな値段で売れるエルフが普通に街や村で暮らせるかどうか」
確かに、こんな綺麗な人がいるだけで、厄介ごとが寄って来るだろうな。
「ユキト様、このまま私をユキト様の奴隷にして頂けませんか」
「……エッ!良いの?解呪出来るんだよ!僕はまだ子供だし」
「どうせ、このままでは私は、何処にも行くところがありません。それに助けて頂いたユキト様の奴隷なら街や村でも暮らせます」
「それが良いだろうね、既に誰かの奴隷ならまだ街や村でも普通に歩けるしね」
「僕じゃなくても、爺ちゃんや婆ちゃんでも良いんじゃないの?」
「既にサティスはユキトの奴隷なんだよ、アタシ達と契約するには街で奴隷商へ行って書き換えなきゃいけないんだ面倒だろう。それにサティスもジジイやババアより若いユキトの奴隷が良いだろう」
サティスさんがなんか顏を赤くしてモジモジしてる。サティスさんが良いなら良いか。
「分かったよ、それで如何すれば良いの?」
「今は仮契約だからね、サティスの首に奴隷紋があるだろ、契約の内容をイメージしながらそこに血を一滴垂らしな。契約の内容は全ての制限無しで良いだろう。あとユキトが死んだら解放でいいんじゃないか。奴隷契約と言ってもサティスを護る為のものだからね」
そこでサティスが、待ったをかける。
「待って下さい。ユキト様が死んだら私も殉じる様にして下さい」
「良いのかい、エルフは長寿なんだからユキトが死んでからの時間の方が永いよ」
「どうせユキト様が居なくなれば、私も独りでは生きてはいけません。それならせめて死ぬ時は一緒に」
「まぁ、そこまで言うなら何も言わないよ。ユキトの魔力量はエルフなんて目じゃ無い位多いから寿命は永いだろうけどね」
初めて知ったけど、魔力量が多いと老化が遅いらしい。
僕は言われた通りナイフで指を少し切って、サティスさんの首にある奴隷紋に契約の内容をイメージしながら魔力を込めて血を垂らす。すると奴隷紋が光りサティスさんとの繋がりを感じ契約が成立した事が分かった。
「おう!結構溜め込んでやがったぜ!」
ヴォルフさんがニコニコしてやって来た。
「ヴォルフさん、こちらはサティスさんです」
「おぉ、綺麗な姉ちゃんじゃねぇか、ユキトの奴隷にしたのか?」
「なんかそうなっちゃいました」
「エルフや兎人族なんかは、外に出て普通には暮らし辛いからな、まぁユキトの奴隷ならマシだろう。ユキトは優しいからな」
ヴォルフさんが言うには、獣人族は親と子供の姿は遺伝しないらしい。親が犬人族で子供が猫人族なんて事は、普通にある事らしい。そこで問題になるのが兎人族なんだそうだ。基本的に獣人族は、身体能力が高く戦闘職に適した種族特性だが、兎人族の身体能力は人族並で性質も穏やかで戦いに向かないらしい。
しかも兎人族は、例外なく容姿が優れているのでエルフ同様奴隷狩りの標的になるらしい。
「ユキト様の奴隷のサティスです。ヴォルフ様よろしくお願いします」
「サティスさん、様は止めて下さい。僕は歳も下ですしユキトで良いですよ」
「そうだ、様付けで呼ばれるとこそばくなる」
「いえ、そこはケジメですから。私の事はサティスとお呼び下さい」
「分かったよ、サティス」
「ユキト様、よろしくお願いします」
「じゃあ、取り敢えずサティスはユキトのメイドでもして貰おうか。そろそろ行くよ」
盗賊達のステータスカードを回収して土魔法で死体を埋めてから外に出た。
僕はサティスを鑑定してみる。
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サティス 20歳 女 エルフ
1.精霊術士Lv21 2. 狩人Lv9
レベル:26
称号 :ユキトの奴隷
HP :800/800
MP :28,000/28,000
筋力 :120
耐久 :140
敏捷 :300
知力 :400
魔力 :800
スキル
魔力回復強化 身体強化Lv3
隠密Lv3 気配察知Lv3 直感
回避Lv2 弓術Lv8 投擲術Lv2 短剣術Lv5
魔力感知Lv6 魔力操作Lv6 生活魔法
精霊魔法Lv4 水魔法Lv5 風魔法Lv5
土魔法Lv5 氷魔法Lv3 回復魔法Lv4
時空間魔法Lv2 鑑定Lv5 料理Lv4
アイテムボックス
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比較する相手が、爺ちゃん達しかいないから分からないけど、弱くはないよね。
馬車に戻って、爺ちゃん達にサティスを紹介する。
「こっちが僕の爺ちゃんでノブツナ爺ちゃん、その神父さんがアイザックさん、髭のドワーフがドノバンさん。バーバラ婆ちゃんとヴォルフさんはさっき紹介したよね」
「皆様、ユキト様の奴隷にして頂きましたサティスと申します。よろしくお願いします」
「ふむ、災難じゃたな」
「まぁでも、変態貴族のオモチャにされる事を思えばまだマシだろう」
「ふむ、儂はドノバンじゃ。嬢ちゃんの装備も儂に任しとけ」
「私はアイザックです、よろしくお願いしますね」
「それじゃあ乗った乗った。寄り道して遅れてるんだ、サッサと行くよ」
街道に戻り先を急ぐ。
サティスは何か考え込んでいる。
「サティス、どうしたの?」
「間違っていたら申し訳ありません。もしかしてノブツナ様、バーバラ様、ヴォルフ様、アイザック様、ドノバン様と仰ると6英雄様ですか?」
「昔の事じゃ、そんな大した物じゃないわい」
「普通にしておくれ」
「ユキト様は、英雄のお孫様だったんですね」
「英雄なんてものじゃないですよ、私達は世間の柵から逃げた唯の年寄りです」
「それで、これから何処へ向かってるのですか?」
「ロンバルド都市同盟の中心都市、ロンバルドに行くのですよ。ユキト君も12歳ですからロンバルド高等学院に通う為です」
「ノブツナ様はお祖父様だから分かるのですが、皆様は如何してご一緒に行かれるのですか?」
「そりゃ俺は、ユキトの体術全般の師匠だからな」
「アタシは、この子が赤ちゃんの頃から魔法を教えてるからね、孫も同然だよ」
「私は、回復魔法や光魔法と一般常識を教えています。私は一緒に暮らしては居なかったんですが、ロンバルドは通うには距離がありすぎますからね」
「ユキトの装備は、全部儂が作った物じゃ。当然メンテナンスは儂がせねばなるまい」
「ユキト様は英雄様達の弟子?!」
サティスがなんかブツブツ言ってる。
「ロンバルドに着いたら、先ず家を借りるか買わないといかんな」
「庭は広くなくちゃ駄目だぞ!」
「儂は工房が欲しいのじゃが」
「部屋数はそこそこ多くないとダメね」
「それよりも途中の街で、サティスの服を買わないとダメだよ」
「そういえばそうだね、ユキトのローブの下は裸みたいなものだからね」
その後暗くなるまでに次の街に着いた。
街と言うより、少し大きな村といった感じだ。
「オーッ!街ってデケェー!」
「およし、田舎者がバレるよ」
街の大きさに僕がはしゃいでると、婆ちゃんに叱られた。
「私は宿を取って来ますね」
アイザックさんが、宿を取りに行った。
サティスはフードを目深に被り、僕の後を付いて来る。僕はキョロキョロ周りを見ながら服屋を探していた。
「サティス、アタシに付いておいで」
婆ちゃんが古着屋を見つけてサティスを連れて行ってしまった。
僕は爺ちゃん達と馬車で待っていた。
「宿を取ってきましたよ」
暫くすると、アイザックさんが戻って来た。
バーバラ婆ちゃんとサティスが、まだ帰って来ないので、僕が待ってる事になった。宿の場所をアイザックさんに聞いて古着屋の前で暫く待ってると、彼方此方から視線を感じて見渡すと、何故か僕のことをチラチラ見て行く女の人が多い。結構な時間待たされて、やっと婆ちゃんとサティスが出てきた。サティスは濃いグリーンのローブを着ていた。
「ユキト様、お借りしていたローブです」
サティスからローブを返して貰って直ぐに羽織る。
フードも目深に被る。
「ユキト、どうしたんだい?」
「あぁ、婆ちゃんなんか変なんだ。店の前で立ってるとチラチラ僕のことを見られるんだ」
婆ちゃんとサティスは顏を見合わせる。
ユキトは、母譲りの綺麗な容姿に気づいていない。
「まぁ、うん、仕方無いね」
「ハイ、フードを目深に被っていれば大丈夫です」
何が仕方ないんだろう?フードを被り、婆ちゃんとサティスと連れだって宿に向かった。
宿に入るとアイザックさんが待って居てくれた。
「ユキト君は、僕達と同じ6人部屋を男5人で使うからね。バーバラとサティスちゃんは 2人部屋を取ってあるから鍵を渡しておくね」
「じゃあ、部屋に荷物を置いたら食事にするかね」
その後、宿の酒場で食事を済ませて、その日は寝ることした。僕はルドラを送還して部屋に戻りベッドに入ると、直ぐに眠気が来てそのまま朝までぐっすり寝むった。