大陸に衝撃走る
イオニア王国 国王執務室
コンコン!
「失礼します」
「何かあったのか」
朝から大量の書類をさばき、今も報告書に目を通していたイオニア王が、書類から目を離し入って来た宰相に何があったか聞く。
「ブランデン帝国とロンドバル都市同盟の間に、ラスケスと言う小国があったのを覚えていますか?」
「ふむ、湖が側にある美しい王都であったな。しかし前回の大氾濫で亡びたのではないのか」
「はい、ラスケスは魔物の領域に近い位置にありましたので前回の大氾濫で亡び魔物の領域に呑み込まれ旧ラスケス王都は魔物の領域となっていました。今回その魔物の領域が氾濫を起こしたのです」
宰相の持って来た報告に、思わず大声で宰相に聞き返すイオニア王。
「なに!大変ではないか。我が国は影響を受けないだろうが、たしかロンドバル高等学院には有力貴族の子弟が通っていたはずじゃ」
「はい、氾濫の情報を掴んだ貴族家では帰国の指示を出したそうです。間もなく帰国するでしょう」
ほっとした、イオニア王は思わず浮かせていた腰をおろす。
「よかったではないか、何が問題あるのだ」
「えぇ問題なのは氾濫が既に終息している事です。氾濫は起こったその日のうちに全ての魔物は殲滅され、終息したそうです」
「そんなに小規模な氾濫だったのか?」
宰相の報告に、違和感を感じながら聞く。
「いえ、2万を超える魔物が溢れたそうです」
宰相から返ってきたこたえに、イオニア王国 国王アクリシオスは絶句する。
「……それは、間違いないのだな。2万を超える魔物をどうやって撃退したのだ」
「陛下は以前話題にのぼった、ロンドバル高等学院の平民の少年を覚えてますか?」
「うむ、たしか武術大会を優勝した少年だな。まさかその少年が、魔物を撃退したとか言うのではないな」
アクリシオスが冗談まじりに言うが、宰相から返ってきた応えは、アクリシオスの理解を超えていた。
「当たらずとも遠からずです陛下、かの少年と六英雄が2万を超える魔物を殲滅したそうです。あの少年は六英雄の一人、剣聖ノブツナの孫でした。今ロンドバルでは吟遊詩人が少年の英雄譚を歌い。街中が湧いています」
宰相の報告に考え込むイオニア王。
「……いくら六英雄とはいえ、7人で2万は無理じゃろう。六英雄とはそれほどのものか」
ことはアクリシオスの理解を超えていたため、想像する事も難しかった。
「ユキトと言う少年は、伝説級の魔物を複数使役するそうです。どちらにせよ2万の魔物を殲滅したのは紛れも無い事実、目撃者も多数いる様です」
「なんとか取り込めないものか」
「難しいでしょうな、前回、六英雄の時に失敗しましたから。ですが、なんとか接触出来ないか考えてみます」
パルミナ王国 執務室
執務室で仕事をしていたパルミナ国王ヘルムートの前に、黒ずくめの男が音もなく現れる。
「ヘルムート陛下、氾濫が起きました」
執務中のヘルムートに、全身黒ずくめの男、パルミナ王国諜報部の責任者が報告する。
「ロンドバルの被害はどうだ」
様々な報告書に、目を通しながら顔を上げることもなくヘルムート王が聞く。
「……被害は無しです」
「被害が無いだと、予測よりも魔物の数が少なかったのか?いや、少なくとも被害が無い筈はないな」
予想外の報告に、顔を上げ男を見て先を促す。
「氾濫は当初の予測通り、2万を超える魔物が溢れ出したそうです。が、その日の内に総て撃退した模様です」
「……その日の内に総て撃退だと?」
ヘルムート王は、訝しげに聞く。
「正確には殲滅です」
「……それが本当だとして、我が国の軍でそれは可能か?」
「全軍を動員すれば可能かもしれませんが、やはり難しいと思われます。魔物の中にはオークの上位種やオーガ、トロールといった中隊規模で当たる魔物も多く含まれていたと聞きます。オマケに地竜やワイバーンの様な亜竜まで居たそうですから10万の兵を以ってしても撃退出来るかどうか」
「それ以前に10万の軍を動かせるのかどうか」
「まあ、無理でしょうな」
「で、ロンドバルはどんな手品を使ったんだ」
「正面から叩き潰したそうです、それも10人にも満たない人数で。ロンドバルは今、お祭り騒ぎだそうです。六英雄と一人の少年が、2万を超える魔物を殲滅したそうです」
続けて報告された情報に、ヘルムートがうなる。
「六英雄……まだ生きて居たのか。その少年とは何者だ」
「六英雄の一人、剣聖ノブツナの孫だそうです」
「いかに六英雄とて可能なのか?」
いまだ信じられないヘルムートの疑問に、それ以上詳しい報告は、得られなかった。
「30年前、各国がこぞって取り込もうとしただけの事は、あったと言う事でしょう」
「慎重に対応を考えねばなるまい。10人にも満たない人数相手に国を滅ぼされては堪らんからの」
「有り得る話だから厄介ですな」
「詳しい情報を集めよ、性格や好み何でも構わん」
ヘルムートが指示を出すと、次の瞬間には黒ずくめの男は、その場から音も無く姿を消した。
ケディミナス教国 教皇執務室
華美な椅子に座り、ワインを飲んでいた教皇に、部下が報告に訪れた。
「教皇様、氾濫が起こりました」
「我が領の被害はどうだ」
椅子の背にもたれ掛かりながら教皇が聞く。
「200程の魔物が流れて来ましたが、我が領の被害は50人ほどです」
「で、ロンドバルはどうなった」
想定内の被害に頷き、先を促す。
「はい、およそ2万の魔物がロンドバル方面へ溢れ出した様です」
「2万か、ロンドバルは壊滅したであろう。気の毒にのう」
ワインを一口飲みニヤリと笑う教皇だが、報告はそれで終わりではなかった。
「いえ、教皇様。ロンドバルに被害者は一人も出ていません」
「避難してたのか?それでも被害者が無いと言うのはオカシイぞ」
部下の報告する内容に、意味がわからないと説明を求める。
「いまロンドバルの酒場では、とある少年の英雄譚を吟遊詩人が歌い大変好評を得ている様です」
「英雄譚?……英雄が現れたのか?」
「はい、嘗ての六英雄と一人の少年が、2万の魔物を殲滅した様です」
目を見開き驚く教皇は、我にかえると部下に指示を出す。
「教会を通じて情報を集めなさい」
「かしこまりました」
ブランデン帝国
ドカドカと廊下をブランデン帝国宰相シイツが走っている。
ドガッ!
「閣下!一大事です!」
「何事だ、シイツ!」
「旧ラスケス王国の魔物の領域で氾濫が起きました。氾濫の規模は、オーガやトロールなどの大型種、そして地竜やワイバーンなどの亜竜を含む、およそ2万を超える魔物が溢れた模様です」
報告を聞いたマインバッハ三世はニヤリと笑った。
「ほう、かなりの規模だったようだな」
「閣下、勘違いなさってる様ですな」
「勘違い?如何いうことだ」
「ロンドバルは被害を受けていません」
「なに!ケディミナスに流れたのか?」
2万の魔物が溢れ出し、被害を受けてないと言う。シイツの謎掛けの様な報告に、マインバッハには訳が分からなかった。
「ケディミナスにも極僅か魔物が流れた様ですが、殆どの魔物はロンドバル方面に向かいました」
「まさか……撃退したのか」
「冒険者ギルド経由の確かな情報があります。冒険者ギルドが調査依頼を出していて、丁度冒険者パーティーが現場に居合わせたそうです」
「………話せ!」
「冒険者達が現場に到着した時、ロンドバルの自警団50人を連れたロンドバル高等学院長 フィリッポスが居たそうです」
「フィリッポスといえば、六英雄の一人のエルフじゃないか。だが例え六英雄の一人と言えど、自警団50人を率いただけでは撃退は無理だろう」
「自警団は戦闘には参加していません。問題はその後到着した者達です」
「前置きはいいから先を話せ!」
マインバッハは、イラつき怒鳴る。
「その場に現れたのは剣聖ノブツナ、拳王ヴォルフ、爆炎の魔術師バーバラ、聖人アイザック、神匠ドノバンそう賢者フィリッポスを含めると六英雄がその場に揃ったのです。その六英雄と共に居たのがユキトと呼ばれた少年です」
「……六英雄だと、何故このタイミングで」
「冒険者の話によると、ユキトと呼ばれた少年は漆黒のグリフィン、キラーエイプの上位種のキングエイプ、白銀の狼カイザーウルフ、スケルトンロードを引き連れ現れさらに白銀と漆黒のゴーレムを出現させたそうです。いずれも伝説級の魔物です。
先ず戦端は、賢者フィリッポスの魔法で始まったそうです。その後、波の様に押し寄せる魔物を見て、冒険者達は生を諦め絶望したといいます。
その時、少年が押し寄せる魔物の波に、隕石を大量に落としたそうです。冒険者は何の魔法か知らないようでしたが、私も帝都図書館で調べて初めて知りました。《メテオ》と言う魔法のようです。
その後、バーバラ、フィリッポス、アイザック、少年の従者のエルフの少女がファイヤーストームとウインドストームを放ち、併せて少年がファイヤーストームを同時に二本放ち炎の竜巻を動かして魔物を焼いたそうです」
「ファイヤーストームを同時に放って動かすだと、そんな事が可能なのか?」
「我が国の宮廷魔法士に聴いてみたのですが、あり得ないと言われました」
「そのユキトと言う少年は魔法使いなのか?」
「最初の魔法攻撃で、約半数の魔物を殲滅したそうです。そして剣聖ノブツナと拳王ヴォルフと共に少年は、魔物の群れへ駆けだしたそうです。巨大な赤龍を使役しながら」
「ドラゴンだと…………」
次々と聞かされる、信じられない報告にうなることしか出来ないでいるマインバッハ三世。
「その後は一方的な蹂躙だったそうです。Aランクの冒険者がパーティーで討伐する様な魔物を、抵抗を許さず斬り捨て、少年の刀が一閃するたびに複数の魔物が斬られていったそうです。ロンドバル方面に一匹の魔物も通さなかったと冒険者が証言しています」
「それだけの魔法を使っておいて、魔法使いではないのか、いったい何者だ?」
「身元に付いては判明しています。ロンドバル高等学院二年生、剣聖ノブツナの孫だそうです」
マインバッハ三世は考え込む。このままロンドバルに攻め込むのは悪手だろう。大軍で攻めても魔物の二の舞になるだけだ。暗殺するか、だがそれが難しい事もマインバッハ三世は誰より知っていた。何故なら前回の大氾濫後、自国になびかない英雄達に刺客を送り、逆に手痛いしっぺ返しを受けたのだから。
考え込むマインバッハに、宰相のシイツが話を続ける。
「報告はまだあります。今回の氾濫があった旧ラスケス王都跡に、城塞都市が出来上がりつつあると報告があがっています」
「城塞都市だと?!何日もたってないだろう」
「偵察に出た兵が確認しています。深い堀と高い城壁が、3キロ四方を囲む堅牢な城塞都市だと報告を受けました。」
「何をすれば数日で城塞都市が出来上がるのだ。そこに六英雄とユキトとか言う少年は居るのか?」
「城壁の中は、流石にうかがい知れないので不明です」
「……一度一当てしてみるか、兵の数では圧倒的に我が国の方が多いのだ。獣人奴隷部隊を肉の壁にでもして攻めてみるか」
「その獣人奴隷部隊ですが、200名総て消えました」
「消えた?何を言ってる奴隷だぞ。勝手に逃げられる訳がないだろう」
「いえ、奴隷契約を解呪したのでしょう。その証拠に帝都に居た違法奴隷を扱う奴隷商人が何名か死にました」
「どういうことだ?何故、奴隷商人が死ぬことが証拠なんだ」
「奴隷契約は一種の呪いですから。その呪いを無理矢理解呪されれば、呪いは術者にはね返り、呪詛返しにあいます。その結果奴隷商人は、死んだものと思われます」
押し黙ったマインバッハが、やがて口を開く。
「今、その城塞都市を攻めて勝てると思うか?」
「……難しい選択ですな、最低限の兵を残し、今すぐ我が国の動員出来る兵の数がおよそ10万です。全軍で攻めて勝てれば良いのですが、我が国単独で攻めるよりパルミナ王国と連携すれば挟み撃ち出来るのですが……」
「あぁ、パルミナ王国のヘルムート王は俺に次ぐ野心家だからな、しかも曲者だ。信用できぬな」
「同感ですな、横から餌を掠め取る様な事を平気でしそうですな」
ロンドバルは読めんな、先にイオニアを狙うか。
ケディミナスはイオニアが背後に無ければ怖くない。ロンドバルから攻めて来る事はあるまい。
「ロンドバルを攻めるにしてもイオニアを攻めるにしても、ロンドバルの状況を見極める事が先だな」
「出来る限りの情報を集めてみます」
魔物の氾濫を利用して版図を拡大しようと画策したマインバッハ三世の思惑は、最初の一歩でつまずく事になる。
?????
暗く明かりの射し込まない部屋の中で蝋燭の灯りが揺れている。黒いローブのフードを目深に被った男が、同じ様な黒いローブ姿の部下から報告を受けていた。
「???様、実験は一部成功しましたが、全体として結果は思う様にいきませんでした」
部下の男は、悔しそうに報告する。
「本来の実験の目的とは異なるが、魔物の領域に魔素を集めて、氾濫を起こすことには成功したのだ。なに、実験に使える魔物の領域は大陸中にまだまだある。それで魔道具は、誰にも気づかれることなく回収できたのか」
「はっ!それはぬかりなく」
「ただ、まだ改良の余地があるな、魔素を集めるのにも時間がかかり過ぎるな」
「もう少し改良に時間が必要だと思われます」
「魔道具の改良を進めると同時に、実験用の場所を選定しておけ」
「はっ!了解しました」
黒ずくめの男は、部下が去ったあと、楽しそうに含み笑いし呟く。
「クックッ……つかの間の平穏を味わうがいい」
暗い部屋の中に男の笑い声が響く。




