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平穏な日々の裏側で

 イオニア王国 フォルムバッハ子爵領


「ゲッペルト様、手配していた兎人族の奴隷が手に入りませんでした」


 書斎に居たゲッペルトに、家宰の初老の男が報告に訪れた。


「なに!どういう事だ!」

「奴隷商が何者かに襲撃され、商品の奴隷が連れ去られたようです」

「もう一度手配すれば良いではないか」

「それが……大変申し上げにくいのですが、窓口になっていた組織と連絡が取れない状態でして、何があったのか調査する為に人を手配しましたが、何分ロンドバルまでは少々時間がかかりますので」

「忌々しい、せっかくゲルトへのプレゼントにと思ったものを、詳しく調査して知らせろ。連絡が取れるようなら、慰謝料代わりの奴隷をよこせと伝えろ」

「かしこまりました」

「替わりの奴隷を見つけんとな」





 イオニア王国 執務室


「ふむ、その平民の子供はそれ程のものか」

「はっ!報告によりますと去年の武術大会では上級生を含め誰も剣を合わせる事なく敗れた様です」


 イオニア王が、宰相の報告を聞いていた。


「接触はしたのか?」

「いえ、どうやらフォルムバッハ家の四男が同じ学年らしいのですが、少々トラブルを起こしまして、その後、その者は殆ど教室にいる事はなく学院長の研究室に篭っているそうです。

 不思議な事に、学校への登下校の際に接触しようと試みたのですが、いまだ成功していません」

「授業も受けずに引き篭もるとは、そんな事では卒業はおろか進級も難しかろう」

「いえ、かの者は武術と魔法に一般教養まで単位を免除されていまして、学院長の研究の手伝いをしている程の天才のようで、余り学院に顔を出さずとも首席を譲ったことがないそうです」

「確か姫騎士が同じ学年に居たと記憶しているが、彼女と比べてどうだ」

「マリア・フォン・ロアール、ロアール伯爵家の娘ですな。彼女も優秀な事は疑いようの無い事実ではありますが、比べるのは可哀想かと」

「それ程の人財是非とも欲しいな、他国に遅れを取らぬよう接触できぬものか」

「詳しく調査致します」






 パルミナ王国 会議室


「犯罪奴隷以外の奴隷が、入荷せぬとはどういう事だ」


 パルミナ国王ヘルムートは訝しげに宰相に聞く。


「ここの所戦争もありませんし、経済的にも各国とも順調ですから、借金奴隷が少ない事もありますが、一番の理由はロンドバルで違法奴隷の仕入れを一手に引き受けていた組織が、何者かの手で壊滅した事が原因でしょう」

「壊滅しただと?組織全てが壊滅したと言うのか?」

「ロンドバル都市同盟の各都市にあるアジトが、同時に壊滅したそうです」

「ロンドバルの自警団にそこまでの力はなかった筈だが……至急調査して報告を上げろ」

「報告がもうひとつ、帝国がキナ臭い動きを見せています。どうやら軍を国境に配備している様です」

「ふむ、詳しく話せ」

「帝国とロンドバル都市同盟の間に、ラスケスと言う小国があったのを憶えていますか?」

「あぁ30年前の大氾濫で滅んだ国だったかな」

「現在は魔物の領域になっていますが、魔素の濃度が上がっているのが確認できました。

 そこが近い内に氾濫を起こす様です。

 氾濫した場合魔物が流れるのはロンドバル方面」

「氾濫でダメージを受けた街を、そこを掠め取るつもりか、帝国がロンドバルを取ると厄介だな」

「我が国は帝国に比べ、ロンドバルまで距離がありますから簡単には手を出せません。ロンドバル都市同盟の我が国寄りにあるペトラを攻めるという手はありますが」

「ロンドバル都市同盟全てが堕ちてからでは遅いが、かと言ってどのタイミングで仕掛けるか難しいところだな。帝国の動きに注視しておいてくれ」







 ブランデン帝国 


「陛下、獣人奴隷の仕入れ先が潰されたようです」


 執務室に宰相のシイツが報告に訪れた。


「それは不味いな、奴隷部隊の中でも獣人奴隷の部隊は精強だからな」

「前回の大氾濫で疲弊した我が国が、30年かかって漸く打って出る準備を始めた矢先に痛手ですな」

「いま獣人奴隷部隊は二個中隊か?」

「はい、200人集めて訓練中です」

「広大な穀倉地帯を有するロンドバル都市同盟を攻め墜とせれば、我が国の食料事情も解決し大陸統一も見えてくるからな」

「大規模な港湾施設も魅力ですな」

「あそこは人族以外の種族も多いから、奴隷の補充にもなるからな」

「それと関連した報告がごさいます。わが帝国とロンドバルの間に嘗て小国があった場所が魔物の領域になっているのをご存知ですか?」

「ラスケスだったか、前回の大氾濫で国が壊滅したところをわが帝国の版図を広げようとして手痛いしっぺ返しを受けたな」

「はい、元々魔物の領域に近い場所にあった為に魔物の領域に呑み込まれました。その際我が軍も少なくない被害を受け撤退しています」

「おかげでロンドバルを攻めるのに迂回せんといかんからな」

「その魔物の領域の魔素濃度が高くなっているようです」

「……大氾濫か?」


 ブランデン帝国皇帝マインバッハ三世の顔が青くなる。


「ご安心下さい。大規模な氾濫ではなく局地的な氾濫ですから、恐らく多くても2万程かと思います」

「2万だと!大変ではないか我が領に近いのだぞ!」

「心配はないかと思います」


 シイツが地図を広げて見せる。


「地図にあるように、かの地は北から西に森が広がり西から南に三日月状の湖があります。更に湖から南へ川が海に流れています。森と湖と川に囲まれた土地が旧ラスケス王都です。そして南と東はさえぎる物はありません」

「空を飛ぶ魔物以外はほぼロンドバルへ向かうのだな」

「はい、しかもロンドバル都市同盟の最大の都市ロンドバルへ向かうでしょう」

「これは好機だな、ロンドバルが魔物に蹂躙されて魔物が東へある程度抜けてから進軍すれば被害も少ないだろう」

「魔物の領域の監視を強化して置きます」






 ケディミナス教国 大聖堂


「教皇様、南の魔物の領域になっている森の様子がおかしいようです。他の魔物の領域に変化はありませんでしたから局所的な氾濫が起こると予測されます」

「我が領への被害予測はどうなっている」

「森から溢れる魔物は一定数いるでしょうが、森と我が領の間には山がありますから大半は開けた南へ流れると思われます」

「ロンドバルか、神よりも金を信じる奴等に天罰じゃな。いい気味じゃ!」

「神殿騎士団を動かしますか?」

「森に近い国境を護れば良いじゃろう」

「ではそのように指示を出しておきます。それともうひとつ報告があります。帝国の動きがきな臭くなってきています」

「あの男は野心の塊だからな。狙いはロンドバル都市同盟か?」

「恐らく間違いないかと」

「一応警戒しておいてくれ」


 肥って動き辛い身体を、豪華な椅子にあずけて、指示を出す教皇。






 ロンドバル高等学院


 ユキトは何時ものように、フィリッポス先生の研究室で犬獣人のダンさんの義手の製作をしていた。外側はドノバンさんにお願いして、ミスリル合金製の軽くて丈夫なガントレットを改良した物を作って貰っていた。ガントレットの中には、やはりミスリル合金製の骨格が入っている。筋肉の代わりにサンドワームの外皮を編み込んで弾力と強度を両立している。今ユキトは、最後の仕上げにコントロールコアを取り付けて術式を書き込んだ。


「相変わらず手先が器用ですね」


 フィリッポスが、感心する。


「ドノバンさんに鍛えられていますからね」

「師匠が多いと多才になりますね」

「よし、これで帰ってからテストして貰おう」


 アイテムボックスに義手を入れ、テーブルの上をかたずける。


「フィリッポス先生、帰ります」

「ハイ、お疲れ様です」


 研究室を出て帰る途中、背後から声を掛けられた。


「君、ちょっと良いかな」


 ユキトが振り返ると、見上げる程の巨躯をした獣人がいた。熊の獣人だろう醸し出す雰囲気は武人のものだった。


「君は二年生Sクラスのユキト君だね。私は三年生Sクラスのハンスだ」

「はい、僕がユキトですが、何か御用ですか?」

「あぁ俺は、去年は怪我で武術大会に参加出来なかったから、今年こそは君と戦えるのを楽しみにしてるんだよ」

「……えっと、ハンス先輩には申し訳ないんですけど、僕は今年は出ませんよ」

「何だと!……どうして出ない!」

「いや、去年はフィリッポス先生に強制的に出場させられましたから。まあ武術の授業が免除になったからそれは良かったんですけどね」

「何!君は武術の授業に出てないのか?先生の教えを受けた方が良いと思うぞ」

「……あのー、先輩は去年の大会を観られました?」

「いや、観ていないがそれが何か在るのか?」


 いや、強者ってねぇ……どうしようかな。


「そうだ、ハンス先輩。今から模擬戦しましょうか」

「あぁ望むところだ!」


 ハンス先輩と格技場へ移動する。

巨大な大斧を担いでハンス先輩が現れた。身体には鉄の胸当てを着け籠手を装備していた。


「ユキトと呼ばせてもらうが、ユキトの武器はどうした。防具も着けてないじゃないか」

「大丈夫です。直ぐに分かりますよ」

「俺は手加減が苦手だぞ」

「本気でかかって来て下さい」

「いくぞぉーーーー!」


 ハンス先輩が脇構えに大斧を構え、走り寄り横薙ぎに大斧を振る。ユキトは一歩前に出て大斧の柄を左手で受け止める。


「グッ、クッ、フンッ!」


 ハンスが唸りながら力んで、大斧を押し込んだり引こうとしたりしているが、ユキトが左手一本で掴んだ大斧はピクリとも動かない。ハンスが大斧を引くのに併せてユキトが大斧を放すとハンスがバランスを崩して後ろえ転げる。


 ハンスは茫然とするが、気を取り直し立ち上がると大斧を大上段から振りおろす。ユキトはまた少し間合いを詰めると今度は右手で大斧の柄の部分を受け止める。


「グォォーーー!!!」


 ハンスが大斧を押し込もうとするが、大斧は前にも後ろにも動かない。


「もう、良いですよね」


 ユキトはそう言うと、大斧を掴んだまま体をずらしハンスを投げ飛ばした。


 ズダンッ!


「グッ!……参った」


 ユキトはハンスに歩き寄り、手を取って引き上げ立たせる。


「大丈夫ですか?」

「あぁ大丈夫だ、随分手加減してくれた様だな。ユキトは体術が専門なのか?」

「いいえ、普段は刀か槍を使って戦うことが多いですかね。でも武器を持つと手加減が難しいんですよね」

「ユキトはどこで、そこまでの強さを身に付けたのだ」

「そうですね 、3歳からだったかな。剣術や槍術なんかは爺ちゃんに、体術はヴォルフさんに鍛えて貰ってます」

「ヴォルフとは、狼獣人の英雄ヴォルフ殿か!」

「ヴォルフさんは、ヴォルフさんですけど」

「ユキト!ヴォルフ殿に合わせて貰えないか?是非ご指導を仰ぎたい」


 ヴォルフさんは獣人族に人気あるな~。


「家の場所、地図描きますから何時でも来て下さい」


 驚いた事に、ハンス先輩がそのまま僕に付いて来た。


「ただいま」


 僕の声を聴きつけ、サティスとティアが迎えてくれる。二人共ロング丈のメイド服を着ている。


「「おかえりなさいませユキト様」」


 仕事中だったのか、遅れてイリスが迎えてくれる。


「おかえりなさいませ。お客様ですか?」


 サティスが、背後にいるハンス先輩を見て僕に尋ねる。


「あぁ学校の先輩なんだ」

「ユキトおにいちゃーん!おかえりー!」

「キューキュー!」


 エリンを抱いたアメリアが、飛びついて来たのでエリンごと抱き上げる。


「ただいまアメリア。ただいまエリン」


 背後を振り向くと、ハンス先輩が口を開け固まっている。


「ハンス先輩!ハンス先輩!聞いてます?」

「あ、あぁ、こちらの女性は?」

「サティスと申します。ユキト様の一番奴隷です」

「ティアと申します。ユキト様の二番奴隷です」

「なぁっ!ど、奴隷、ユキトの奴隷だと?」


 何か誤解しそうなので、サティスとティアの事情を説明しておいた。


「なるほど、それは気の毒でしたね。そうだ!それならどちらかお一人、いや二人共私が面倒見ましょうか?ティアさんは獣人同士ですし」


「「ゴメンなさい」」

「サティスは、ユキト様に身も心も捧げていますから」

「ティアも一緒です。貴方では無理です」


「ウワァァァァーー!!顔か?顔なのかぁーー?!」


 ハンス先輩が叫びながら走り去って行った。

 ヴォルフさんに会いたくて来たんだよな?


「熊のおじちゃん帰っちゃたね」

「アメリアおじちゃんは、可哀想だよ」


 皆んな連れ立って家に入る。

 イリスにダンさんを呼んで貰う。


「ユキト様お呼びですか?」

「ユキトで良いですよ。」

「滅相も無い、ヴォルフ様のお弟子様を呼び捨てには出来ません」

「まあ良いか、ダンさん左腕出して下さい」


 ダンさんの肩からベルトで固定していき、義手を取り付けていく。取り付け終わると術式を書き込んだ魔石に魔力を流す。


「ダンさん、動くか試してみて」


 ダンさんが手を握ったり開いたり手首を動かしたりしている。


「……は、ははっ、動く、動きます。凄い!自分の手を動かしているみたいだ!」

「うん、良いみたいだね。暫く付けてみて不具合が有れば教えてね」

「ユキト様、有難う御座います」

「戦闘に耐えるかもテストしておいてね」


「父の為に有難うございます」


 ティアが瞳を潤ませユキトに礼を言う。

 ユキトは、ティアの頭を撫でる。


「さあ、夕飯にしようか」


 皆んなで食堂へ行く。うん、人に喜んで貰うのは良いな。最近嫌な事が多かったからよけいに思うのかもな。早く皆んなが幸せに暮らせる環境を作らなきゃ

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