猿王と屋台の卵と獣人の家族
春になり、ユキトがロンドバル高等学院の二年生になって三カ月が過ぎ、初夏の気配を感じる様になった頃。ユキトは、前々から準備していた魔法陣による召喚に挑戦する為に、ロンドバルの街から離れた荒野に来ていた。
慎重に手元の羊皮紙を見ながら、地面に魔法陣を描いていく。魔法陣による召喚は、術者の技量で制御できる魔物が出て来るが、どの魔物が召喚されるかはわからない。召喚されてお互いに納得したうえで契約となる。
「こんな感じかな……うん、間違いは無いな」
召喚の準備を済ませたユキトの周りには、サティスと召喚獣のルドラとバルクが見守っている。
「じゃあ、バルクはサティスの護衛を頼む」
『お任せ下さい』
ユキトは魔法陣に魔力を流し始め、召喚魔法を発動する。魔法陣が光り始める。やがて一際強く光るとそこに現れたのは、2m50cm を超える体長の大猿だった。獅子の様な立て髪と全身を覆う金色の体毛、鎧のような筋肉。その内包する魔力からかなり強い個体なのが分かる。
直ぐに鑑定するとキングエイプ Lv40 。
キラーエイプの上位個体か、レベルが高いな。
『我を召喚せしは其方か、我を従えたくば力を示せ!』
「やっぱりそうなるよな。話し合いで済ませてくれたら楽で良いのに」
ユキトはそう言いながら、魔力と気を練り上げ身体能力を爆発的に跳ね上げる。
次の瞬間、ドンッ!キングエイプが地面を蹴る音が聞こえユキトに迫る。一方のユキトは流れる様な体重移動を使い、周りで見ていたサティスには一瞬消えた様に見える程の速度で走り出す。ユキトとキングエイプがお互いに走り出し、一瞬で間合いを喰い潰す。キングエイプの繰り出す拳がユキトを襲う。ユキトの頭が撃ち抜かれたかに見えた次の瞬間、キングエイプの鳩尾にユキトの肘打ちが突き刺さり震脚の音が響く。キングエイプが、怯み苦しみながらも拳を連続で叩き込む。ユキトは、キングエイプが放つ拳撃の全てを受け流すと同時に全ての拳撃に合わせてカウンターで拳や掌底を叩き込む。
ズダァーーーン!!
キングエイプが吹き飛び倒れ込む。ふらつきながら立ち上がったキングエイプがユキトに襲いかかるが、ユキトは流れる水の様にキングエイプの攻撃を避けながら、逆に攻撃をキングエイプに叩き込む。崩れ落ちる様に倒れたキングエイプがよろけながらも立ち上がり膝をつく。
『……グッ、小さき者よ汝は力を示した』
ユキトが召喚魔法を発動する。
魔力のパスが繋がり、キングエイプの身体が光り始める。
『我に名を贈ってくれぬか』
「……ジーブル、お前の名前はジーブルだ!」
『承知した……』
キングエイプが光りに包まれ消える。
ユキトはジーブルをもう一度召喚する。
『我はジーブル、主の盾となり矛となろう』
「あぁ、宜しくジーブル。僕の大切な仲間たちを紹介するよ。彼女がサティス、グリフィンのルドラ、スケルトンロードのバルク、あと家に帰れば僕を育ててくれた爺ちゃん達がいるけど後で紹介するよ。あぁ、忘れてた、ゴーレムのタイタンとギガスが門番をしてくれているんだ。仲良くしてくれ」
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ジーブル 280歳 雄 キングエイプ
レベル:40
称号 :猿王
HP :2000/2000
MP :600/600
筋力 :830 (+50)
耐久 :1020 (+50)
敏捷 :800 (+50)
知力 :480 (+50)
魔力 :300 (+50)
スキル
体力回復強化 身体強化Lv8 体術Lv6
棒術Lv6 威圧 剛腕 剛脚 再生
気配察知Lv7 直感 頑強
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流石のステータスだな。
「ジーブルは武具とか使えるのか?」
『棒術を嗜むので、重めの棒と防具は胸当てを頂ければ有難い』
「分かった、帰ったらドノバンさんに相談してみるよ。じゃあサティス帰ろうか」
ユキトはルドラ達を送還してから、サティスと家に転移して帰った。
今、裏庭では二箇所で模擬戦が行われている。
片方はヴォルフさんとジーブルが組手をし、もう片方ではバルクと僕が木刀と木剣で模擬戦をしている。
ジーブルの拳撃をヴォルフさんが受け流しながら受け身の取れない投げを放つ。
ズダンッ!
『流石は主の師匠殿、見事な腕前感服致した』
「おう、ジーブルって言ったか中々やるな、力任せ過ぎるところを直せばもっと良くなるぜ」
『助言かたじけない』
変わってバルクと対峙するユキト。
バルクが木剣を袈裟に斬りつけるが次の瞬間ユキトの木刀がバルクを撃つ。
『グッ……主、今のは?』
「奥義【#転__まろぼし__#】まだ完璧じゃないけどね」
『私では主の相手に成りませんな』
「相性の問題もあるしね。でもだいぶ良くなってるよ」
ユキトの速さは、既にノブツナ・ヴォルフ、クラスでないとついて行くのも難しくなっている。
その後も相手を変え得物を変え模擬戦を続ける。
「アンタ達、その位にしときな!ユキトもサティスと風呂に入ってきな、直ぐに夕飯にするよ」
婆ちゃんに声を掛けられ鍛錬を終える。
「ジーブルの分の御飯を出して置くね。ルドラと一緒に食べて」
バルクを送還してルドラを召喚する。
「サティス、行こうか」「ハイ!」
もうサティスと一緒に、お風呂に入るのも普通の事になっている。ユキトも14歳になり身体も大きくなり背の高さもサティスより高くなっている。
「ユキト様、お湯をかけますね」
サティスに身体を洗って貰うのも習慣になった。お返しにサティスの身体を洗うのはユキトだ。ふたりは出逢って二年ユキトが14歳になった時、初めて男女の仲になった。お互いの身体を洗いあってお風呂にふたり浸かる。ふたり抱き合いながらお湯に浸かる。
「明日のお祭り楽しみだね」
「三年に一度のお祭りですからね」
「色々屋台を廻ろうね」
夕飯を食べて部屋に戻り、ベッドにサティスと向かい合わせで座り両手を繋ぐ。
お互いに魔力を練りながら、片方の手から魔力を流し、反対側の手から相手の魔力を引き込む。
サティスの負担になり過ぎない様に調節して循環させる。暫く続けてサティスが疲れてきた所で止める。
「有難うございます、ユキト様」
「だいぶスムーズになってきたね」
「ハイ、魔法の発動するスピードが速くなった気がします」
「……じゃあ、寝ようか」
「……ハイ」
「……………………」
翌朝、何時もの鍛錬を終えて、皆んなで朝食を食べている。
「ユキト、祭りでおこずかいがいるだろ爺ちゃんがあげようか?」
「いいよ、自分で魔物を狩った時の素材とか魔石を商業ギルドで売って来るから」
「ノブツナ、あんたユキトに甘過ぎるよ」
「まあ良いじゃねぇか、ユキトは普段お金を使うこともないからな」
「そうですね、村では買いたい物も無かったでしょうし」
「そうだな、要るもんがありゃ儂が作ってるからのう」
「まあ、高くて買えない物があったら爺ちゃんに言うんだぞ」
朝食を食べた後、サティスと出掛けたんだけど爺ちゃんとヴォルフさんも付いて来た。商業ギルドで素材を売ってから屋台を見て廻る。
屋台で買い食いしながら歩いていると変わった屋台を見つけた。卵が一杯並べてある。
「爺ちゃん、あれなに?卵が一杯あるけど」
「あぁ地竜の卵売りじゃな、地竜は馬車を引いたり騎竜にしたりするからの」
「そうだ、馬車を引かせれば馬なんか比べ物にならん位重い荷を運ぶからな」
「じゃあ皆んな馬じゃなくて地竜を使わないの?」
「地竜は一応魔物だからな、魔物使いのテイムか召喚術師じゃないと扱えないからの」
「ふーん、まぁ其れはそうか」
何気なく卵を鑑定してみる。
《地竜の卵》《地竜の卵》《地竜の卵》
《地竜の卵》《青龍の卵》《地竜の卵》
……なんかとんでもないのが混じってる。
「爺ちゃん、これ買っても良い?」
「なんだ、地竜が欲しいのか?地竜なら成竜を買った方が値は高いが手っ取り早いぞ」
「これにするよ、爺ちゃん」
ユキトは、《青龍の卵》を取って値段を聞く。
「おじさんこの卵欲しいんだけど、値段は幾ら?」
「なんだ坊ちゃん地竜の卵欲しいのか、金貨10枚するから坊ちゃんには無理じゃねえか?」
「金貨10枚だね、ハイッ、これで良いね」
「おぅ坊ちゃん金持ちなんだな、好きなの選んでくれ」
「これにするよおじさん。じゃあね」
ユキトは、青龍の卵を選ぶと屋台を後にする。
「どうしたんじゃユキト、その卵に何かあるのか?」
「爺ちゃん、これ地竜の卵じゃないよ。鑑定したら青龍の卵ってなってる。鑑定なレベルが低いと竜の卵としか分からないと思うよ、何故だか分かんないけど軽い隠匿が掛かってたから」
「どこで間違って混ざったんだろうな」
「龍の卵は自然にある魔素を吸収して孵化するんだが、親の龍は基本卵は産んだら産みっぱなしだからな。その卵が間違って混ざったんだろ」
「まあユキトなら問題無いじゃろ、安い買い物したのう」
その時僕等を馬車が追い抜いて行った。
ヴォルフさんの雰囲気が変わる。
「ノブツナ違法奴隷だ!後を追うぞ!」
ヴォルフさんが馬車を追って歩き始める。
「ヴォルフ、確かなのか?」
「あぁ兎人族の匂いがした。他にも犬人族と猫系の獣人の匂いもしたな。匂いが似てるから家族だろう、然も血の匂いがしやがる」
「ふむ、獣人族は自給自足の生活をしておるから借金のせいで集落の外に出て自ら奴隷に堕ちる事は無いからの、間違いなく攫われた違法奴隷じゃな」
「あぁ獣人族は、優れた狩人だからな」
「どうするのヴォルフさん」
「違法な奴隷商人は、俺がぶっ潰す!」
その奴隷商は街外れにあった。
「ここか、街外れで商売しやがって怪しいですって言ってる様なもんじゃねぇか」
「では行くか」
爺ちゃんが先頭に建物に入って行きヴォルフさんが後に続く。
「いらっしゃいませ。今日はどういった奴隷をお探しで?生憎、只今在庫が少なくなっていまして。ご希望に添えれば良いのですが」
肥った店主が出て来て応待する。
「兎人族の奴隷が、さっき運び込まれたと思うが見せて貰おうか」
「お客様、申し訳ありません。あの子は既に貴族様の買い手が付いていまして」
「貴族の注文で攫ったのか」
「言い掛かりは止めて貰おうか、冷やかしなら帰ってくれ!」
「他にも獣人が居るだろ、何処の集落を襲った!」
「……チッ、おい出て来いこのジジイ共を叩き出せ。うんっ、後ろのガキとその横に居るのはエルフか?これは付いてるぜ、ガキとエルフは傷付けるなよ高く売れるからな!」
奥からガラの悪い男達が出て来た。獣人の集落を襲った奴等だろう。でも爺ちゃんもヴォルフさんも勿論僕も我慢の限界だった。サティスをイヤラシイ目で見やがって。
爺ちゃんとヴォルフさんから濃密な殺気が放出される。僕も威圧を込め殺気を放つ。
バタァーン!!
濃密な殺気に当てられた奴隷商人達が泡を吹いて失神して倒れた。
「ユキト手伝え、ふん縛るぞ!」
手分けして全員を縛り付けて転がして置く。ヴォルフさんが匂いを頼りに攫われた奴隷のもとへ急ぐと、檻の付いた部屋の中に10人の獣人が入れられた部屋と、人族の女性ばかり6人集められた部屋があった。全員をひと所に集めて、
「この中に借金奴隷は居るか!」
ヴォルフさんが聞くが誰も返事をしなかった。
「じゃあ、この中で攫われて来た奴は居るか!」
すると全員が手を挙げた。あの野郎完全に犯罪組織じゃないか。
「ユキト、こっちへ来るんじゃ」
爺ちゃんに呼ばれて行くと、兎人族の少女と母親らしき猫の獣人と父親らしき犬の獣人が左腕の肘から先を失い包帯だらけになって、苦しそうに唸っている。
「ユキト、回復魔法を頼む」
爺ちゃんに言われて回復魔法を使う。
「エクストラヒール!」
犬の獣人族の男性の身体を魔法の光が包み込み、一瞬で身体中の傷を癒す。
「御免ね、大きな欠損は治らないんだ」
「有難う御座います。このご恩は一生忘れません」
「夫を治して頂き、有難う御座います」
「お父さんを助けてくれてありがとう」
その後、怪我をしている人や弱っている人に回復魔法を掛けていく。
「この中で解放されたら、帰る場所のある奴は居るか!」
獣人族の内、兎人族の少女とその家族以外の7人は帰る集落がありロンドバルからも近い為、後でヴォルフさんが送って行くことになった。人族の女性は全員ロンドバル都市同盟の人間だったが4人は、帰る場所があるみたいだが、15歳と6歳の2人の姉妹は奴等に攫われた時に両親を殺されていて、頼る親戚もなく帰る場所がないそうだ。兎人族の家族は集落が焼かれて帰る場所を無くしていた。
「ユキト、兎人族の女の子以外全員解呪してくれるか」
「兎人族は街中で首輪を外して歩けんからの」
「……分かった」
僕は順番に隷属契約を解呪していく。ついでに全員にクリーンを掛けて汚れを綺麗にする。
「今日は取り敢えず家に泊まって貰うか。ユキトは食器や寝具と着替えを調達してくれるか」
「俺はこいつらを自警団に突き出して来るからユキト、バルクとジーブルを貸してくれ」
「分かった、今呼ぶね」
ユキトがバルクとジーブルを召喚する。
「バルクとジーブル、悪いけどヴォルフさんとこいつらを連れて行くのを手伝ってくれる」
『『承知した』』
ヴォルフさん達が、奴隷商人達を連れて行くのを見てからユキト達も移動することにした。
「じゃあ、爺ちゃん後はよろしくね。僕は色々買ってから帰るから」
「うむ、気をつけるのじゃぞ」
爺ちゃんと別れてサティスと買い物に出掛けた。