表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/5

3.噂に踊らされる人たち



 二人の男を手玉にとっているという噂があったのを覚えているでしょうか。その噂は消える気配もなく、今、私は三人の男を手玉にとっているそうです。

 やだなぁもう、増えちゃってるよ。



 原島さんちの後継者争いが再燃したらしい。しかしながら、渦中の人たちである隆一と功一は、今日も仲良く弁当を囲んでる。蓋を開けた瞬間におかずの大きさ比べをしたりして、ぱっと見、仲良しさんである。

 偽情報に踊らされているのか、目の前の二人が化かし合いをしているのか。私には全く判断がつかないです、原島さん。



 昼休み、弁当を堪能しながらのお喋りにて、お家騒動について質問すれば長々と説明をしていただけた。二人分の説明を聞くから、どうしても長くなるんだよね。

 要約すれば、隆一と原島さんとの間で見解の相違があったということ?

 


 ………、時々難しい言葉を使うよなと、隆一が口ごもったところに入るのは、馬鹿な割には、という一言に間違いはないだろう。


 馬鹿な割には


 私のことを噂したり揶揄したりする時に枕詞としてよく使われる。


 馬鹿な割にはもっと馬鹿というつなぎ方はしない。

 馬鹿な割には授業中まじめだよねとか、馬鹿な割には校則違反しないよねとか、馬鹿な割にはまともだよねとか。

 頭が底辺の私を最終的に持ち上げるためのあげあげ枕詞だ。私はそう思うことにしていた。

 だから隆一も、口ごもらずに使ってくれていいから。どうぞ、どうぞ。


 

 馬鹿な割に私が使いこなしている難しい言葉は、ほぼ読んだ本からの受け売りである。覚えたての難しい言葉はつい使いたくなるもの。

 読書が趣味ですと言えば、件の枕詞がお喋り相手の瞳から必ず発せられる。

 読書が趣味は、今でこそで、昔は苦手も苦手の筆頭だった。母の教育のたまものなのです。


 小学校に入ってすぐに始まったありえないほどの低空飛行を続ける成績の私に、母は、苦慮し続けた。あまりの出来なさに、読み書きそろばんという初等教育の基本をどんどん削ぎ落とし、とうとう最後に残ったのが読みだった。

 読みさえなんとかすれば、生きていけるはずと決断したらしい。


 元々、絵本を眺めるのは苦痛ではなかった私である。母の叱咤激励の中、渋々というか泣きながら、文字を拾い拾い読み続けた。

 『ラチとらいおん』という絵本を知っているだろうか。初めての夏休み、母が図書館から借りてきた絵本の一つだった。ひらがなと少しばかりのカタカナで、小学一年生にうってつけの絵本だと借りてきたのだ。


 自力で読み終えた時、2時間近くが過ぎていた。私の脳みその低空飛行ぶりのほどが知れよう。泣きながらそれでも意地になって読んだのは、それが読書感想文に必要だったからだ。夏休みの宿題でなければ、投げていた。



 読みに苦労し、書くことに苦労し、計算につまずいた。

 繰り返される反復練習で読みだけが辛うじてものになったのだ。血のにじむような努力をすれば、報われるものもあるということを身をもって知った。

 だから、がむしゃらに突き進んで行く人に対して、ついつい肯定的に見てしまう。



 そういうわけで、私の中で原島さんの生き方は是である。彼は、成り上がりの人である。一代にして身代を大きくした人。そして未だに破竹の勢いらしい。

 でもここにきて、進むべき道を吟味したのだそうだ。

 会社をさらに大きくして、もっと成り上がって行くのか。それとも、現状維持に甘んじて、今の身代を堅実に守って行くのか。



 原島さんの中で、後継者に功一を選べば堅実路線。隆一なら拡大路線。

 後継者選びは、会社の将来を選ぶことでもあったらしい。それを聞いて、どっちを選んでも堅実路線だと思うんだけど、だった。



 原島さん、私の言葉に驚きの表情が隠せていない。



 私の考えを詳しくと、言い張ってくるので述べてみる。

 功一は周囲に助けられて堅持していくでしょ。隆一は余分なものを切り捨てて現状維持を目指すと思うのです。


 二人とも大きくする気はないのかと、呆然というか諦めきれない口調にほだされて、これはもうリップサービスしとこっかな。



 会社のことを何も知らない私の見方だから、原島さんの成り上がり上等の考えを選ぶ人が多そうと言えば、嬉しいのか表情がゆるんだ。



 余りに嬉しそうなのでいそいそと、とっておきの切り札を教えてしまおう。


 あと、男同士の絆とかで変わってくるんだと思う。

 功一が会社を大きくしたいって言い出したら、隆一の考えも変わるんじゃないかな。功一の考えが決め手になると思う。



 功一の考えを転向させる難しさなんて、原島さんからすればお茶の子さいさい……じゃないの?

 最大の難関門って、嘘。あの付和雷同、流れるように生きている功一が? 本当に?


 説得してくれって頼まれても無理だと何度も言ってるよね。



 ということが、ここ毎日繰り返されてるの。放課後、仕事で忙しいはずの原島さんが時間をとって聞いてくるわけ。今日の隆一と功一はどうだったって。

 メールでいいと思うのに、重要な案件は顔を見て報告をうけるのが会社の基本らしいよ。時間をとって悪いねって、敷居の高いお店に互いに出向いて流行のスイーツをいただきながらのご報告。


 あのさ、いい加減、私を伝言板扱いするの止めて欲しいんだけど。三人の言ってることきちんと覚えるの、かなり大変なわけ。

 それから、この前、企業乗っ取りのお色気本を読んでしまって、お口がうずうずしちゃって仕方がないんだよね。

 この一言を付け足せば肉親の相剋半端ないことになるかもとか、リアル泥沼間近で展開とか、魅力的な誘惑が多過ぎて私に伝言板はもう無理。


 お色気本の結末がどうなったかって、これから読むかもしれない本の結末を先に知ったら面白くないと思うけど。絶対に読まないと思うって、読むかもしれないよ。

 わかった、教えてあげるわよ。

 結末ね、牝狐に会社潰されておしまい。清廉潔白だったのに、明朗快活だったのに、経験豊富だったのに、男たちが、牝狐の手練手管にお金と色欲に塗れて面白いくらい坂を転げるように墜ちていくの。

 ……言ってみたい科白が目白押しで、やばい。



 というわけで、三人で、頭付き合わせてきちんと話しあって下さい。もうこの際、面罵りあってもいいよ。


 今、盛んに流布されている私が親子丼してるって噂、本当に早く消えて欲しい。せめて、私の耳に入らないような配慮をしてくんないかな。 




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ