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2.胃袋をつかみそこねた女たち

 

 隆一に関して流れていた噂の一つに、いつも首をかしげていたものがある。


 坂下くんって味覚音痴なんだってと、女の子の耳から耳へと囁かれる噂。


 最初に聞いたのはいつだったのか。

 私の頭ってもの覚えに大層弱くてね。もう記憶にすら残っていないけれど、その噂は消えること無く流れ続けていた。たぶん5、6、7年もの。消えたかと思えば、定期的に浮上してくるのだ。

 小学校、中学校って地元の子どもばかりだから最初の噂をただひきずっているんだろうなぁと思っていた。

 そう言えばそうそう坂下くんてねーみたいな具合で、女の子たちの口にのぼるんだろうと。


 完璧人間の隆一が見せる欠点らしきものに、女の子たちは心惹かれたんだろう。今で言うギャップ萌えの走りだったに違いないと、思っていた。

 


 それが高校生になった今、その噂を聞くことになるとは。目の前でお弁当をがっついてる隆一の舌が馬鹿舌?

 そのがっつきぶりは、母のお弁当の美味しさを堪能してるよね。無理に美味しそうに食べてるわけじゃないよね。そこまで仮面をかぶれる人じゃないよね?

 どこからその噂を仕入れたんだろう。

 卒業した中学からこの学校に進学したの、私と隆一しかいないんだよね。これって、女子高校生つながりなのかな。

 それってすごい。女の子のおしゃべりって本当にすごいと思う。井戸端ネットワーク。



 私が二人の男を手玉に取っているという噂は、これ見よがしにささやかれたりしたんで、私の耳に入ってる。

 じゃあ、隆一の味覚音痴は、本人の耳に入ってるのかというと入ってないみたいなんだよね。

 女の子同士の内緒話。隆一にその噂は聞かれたくない、ちょっと後ろめたい感じでささやかれている。



 私としては噂が流れる度に、本当のところはどうなんだろと気になっていたので、聞いてみた。

 無神経かなとも思いつつ、だって、女の子たちが真相を聞いてくるんだもん。坂下くんって、舌が不自由なのかしら?って。

 舌が不自由って、何それ。言い得て妙で、笑ってしまった。


 あと隆一の馬鹿舌の噂のおかげで、母の作ったお弁当の味に疑惑がもたれるのって許されないと思わない!?

 あのお弁当って、本当に美味しいのかしらって隆一のクラスの女の子が言ってるらしいわよって、教えてくれたのも女の子。

 母のお弁当は最高ですって宣言すれば、あなたが作ったのではないのですか?と聞き返された。違うわよと答えれば、そうなのと慌てて自分のクラスに戻っていた。

 これって勝ったの負けたの、どっち?



 まあ言うなれば、母のお弁当にかけられた濡れ衣を晴らさずにはいられなかったのよ。だから正直に答えて。



 隆一の回答は、味覚音痴ではない、だった。当然だよね。私も隆一の味覚は普通だと思う。じゃあどうして、あんな噂が流れ続けてるのかしら。



 隆一がぼそぼそと話した言によれば、彼の舌は、料理本どおりの計量で作られたものを、受け付けないみたい。それって、どれだけ偏向舌なんだと思ったのだけれど。


 坂下のおばさんは今でもレシピ通りの料理を作り続けているらしい。どんな食べ慣れた料理でも、いつも正確に計量してるんだって。自分の作った料理以外は食べないとかそういうわけではないんだけれど、手料理は必ず計るんだそうだ。

 季節によって食材の味がかわるけれど、量は本どおり。台所に簡単レシピの料理本が何冊か常備されていて、毎日、計量して作り上げた時短料理が食卓に上がる。

 一度気になってしまうと、そればっかり気になって、そういうところ血がつながってるよなと、ため息をつかれてしまった。

 自分のことは置いといて、計算高い女は苦手だそうだ。味覚音痴の話しから、苦手な女のタイプにまで話しがふくらんだ。

 


 隆一の過去話の続きを促せば、同級生の女の子から初めて手作りのお菓子をもらってその場で食べさせられたとき、その味が一緒だったんだそうだ。母親が作ってくれたのと。

 一口食べて、吐きそうになったらしい。それが、噂の発端。

 作った女の子にしてみれば、吐かれそうになるほどの自分の料理下手が世間に知られるより、隆一の馬鹿舌が原因の方がいいに決まってる。それに、料理下手じゃなくてただ作り慣れてなかっただけだよね。レシピ通りに仕上がっているから、味は合格してるだろうし。それを考えれば、好きな男の子に吐かれかけるって不憫としか言いようが無い。

 それにしてもなんと言う偶然。その女の子が頼った簡単レシピ本と隆一の家にあったの、同じ本だったのか。



 えーっと、お菓子の材料は計量通りに作らないと美味しくならないし……。初めて作るお菓子は簡単なものじゃないかなーなんて思うよ?



 うん、わかってるよねそれぐらい。



 隆一の馬鹿舌の噂の出元はそこだとしたら、女の子たちが手作り料理を貢ごうとする限り消えないよね。

 味覚音痴の噂をもつ奴に、手作りを食べてもらおうなんてそろそろ思わなくなる筈だしっていうけれどさ、私が治してあげると、頑張る女の子も出てくるよ。絶対に。



 眉をひそめる隆一に、舌が肥えてるから簡単レシピの料理はお呼びでないみたいよと、女の子たちに流しておこうかと提案すれば、絶対に流すなと釘をさされた。

 凝ったものとか、奇のてらったものを作られてそれが本当にまずかったらどうするんだと、止められた。

 現状維持でいいなんて、若くないと思う。暴走料理も体験してみればいいのに。


 でもまあ、長年の噂の真相が明かされて、ちょっとすっきり。




 大人しく側で私達二人の話しを聞いていた功一が俺に関しての噂って何かあんの?と、何を期待しているのか身を乗り出してきた。



 噂っていうより、断言?をされたことがあることを教えてあげた。

 功一は本当は賢いけれど、それを隠しているらしい。不憫な異母弟のために、能ある鷹は爪を隠しているんだって。

 感謝しなさいよねっ!!てのが、最後の捨て台詞だった。



 感謝?と、隆一と功一の声が重なった。見事な和音。

 言ったの誰?も重なった。思い出したら教えるねと、少し大きな声で答えておく。

 早く思い出してねと、功一。



 あと誰それと付き合っていたとかは、噂じゃないんでしょ?と、教えてもらった女の子たちの名前をあげていく。あげる度に、ああ付き合ってたと律儀に功一がうなずくので、笑ってしまった。


 さて和んだところで、ここからが本題です。


 久方ぶりのフリーと称している功一ですが、本命の彼女とお付き合いの真っ最中という噂が流れているそうです。


 真偽はいかに!?




 ……内緒。




 功一の小さな告白に、教室が揺れた。





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