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1.胃袋をつかまれた男たち

 坂下隆一は、そこそこの顔立ちであったけれど、頭脳明晰。運動もできる。人当たりも良い。

 となれば、幼少のみぎりからとてもおモテになる。それも男女問わず。

 嘘です。特に女性によくもてる。



 隆一の母親と私の母親はいわゆるシングルマザーで、古びたアパートの隣同士に住んでいた。

 母は夜の仕事に精を出し、なんというか、客からお金を搾り取るのが本当にうまかった。お金をがめつく貯め込んで、開店資金をコツコツ準備して私が高学年になった頃に酒付き一膳飯屋を営み始めた。私としては自慢の母である。


 隆一の母親は、本当に堅気な人だった。真っ当な会社に勤めながら、隆一の成長だけを楽しみにしている人。そして、私の母の仕事を凄く見下していた。

 子どもだからわからないと思っているところが、本当に無神経だった。水商売に長けていた母にその気持ちがばれないと思っていたのだろうか。


 隆一に、私と遊ぶのは止めた方がいいとかなんとか物心つく前から言い続けてたり。聞こえてるし。

 そういうことを言うくせに、隆一が熱を出して保育園に預けられないとなると、母をあてにする。

 母を頼るのは、苦渋の選択だったに違いない。でも、頼るようなことをするのなら日頃の態度を改めればいいのに、それすらできない女性だった。

 堅気の仕事をしている自分を助けるのは当然などと思っていたのだろうか。



 そんな性格だから、隆一の父親に捨てられたんだよ。

 それで、捨てられたまんま。

 いまでもそう言い返したい態度を、見せてくる。……わからないでも無い状況なので我慢しているけど。



 隆一には、同い年の異母兄がいる。名前は、原島功一といって、いわゆる正妻さんが産んだ子。この子がまあ、性格は凄くいいんだけど、それだけ。

 頭の出来が私と同レベルという時点で、終わっていると思う。父親が経営している会社の跡取りとしてはアウトだよね。

 本人も、自覚していて継ぐのは隆一でいいんじゃないのと公言してはばからない。数百人を超す従業員への責任とか、自分の頭ではとても背負えないよと明言。


 今の世の中、補佐する人間がしっかりしていればいいというものではないらしい。それに、功一を補佐しようとする人たちって、企業倫理が低くて話しにならないんだって。

 そういう人を見る目があれば大丈夫じゃないのと思うんだけど、功一からすればしがらみにがんじがらめなんだそうだ。楽を知ってるから更に駄目なんだって。



 で、なんでこんなに原島家の内情に私が詳しいのかというと、母が後妻として入ったからに他ならない。

 二人の父親が、母の切り盛りしていた一膳飯屋の常連客となり、あっという間に恋に落ちて、真面目に求婚してきて、強引に入籍までもっていってしまった。

 私は、原島家の籍に入らずに済んだ。頑張ったよ、私。これまでの人生の中で一番、頑張った。で、あとがおろそかになって色々と寄り切られてしまった。



 功一の母親は離婚されてしまい実家に戻されて大荒れ。

 隆一の母親は今度こそ自分が正妻になれると思い込んでたらしく、当然のことながら大荒れ。

 私の母親は店の切り盛りができなくなって大荒れ。お店と私が生き甲斐だったから、そりゃ荒れる。



 両親が離婚する原因となった私達母娘に対して、功一は大らかだった。夫婦仲は破綻してたから、老年に入る前に清算できて良かったらしい。はっちゃけて遊び回っているのを見るのは子供心に楽しかったらしい。なのに母親が実家の姓に戻らず、原島姓を名乗っているのを笑ってた。その笑いはちょっといただけないと思うよ?

 存外に思い切りの悪さを見せられてちょっと幻滅の笑いだよと、弁明してた。


 隆一は、父親に認知されたからいいんだって。荒れてる母に関しては、どうでもいいんだって。ただ、私に向かって泥棒猫と言ってきた時、盗人そのものは自分だろうと指摘して怖かった。……親子仲、悪くなっちゃってるみたい。

 隆一が、品行方正に頑張っていたのは母親のためかと思ってたんだけど、違ったのかな。


 そして私は……私だけが機嫌が悪かった。


 中学を卒業したら、母の店を手伝おうと目論んでいたのに、ぽーんと高校生になることが決定してしまったから。もう、勉強は中学までで十分やり尽くしたと思ってたのに。小学校に入った瞬間から、勉強に限界を感じてたもん。報われないものに向かっていくほど、私は努力家じゃない。

 なのに進学先は私立の名門校。私の学力からするとどこでも名門校になるんだけど。学力なんて到底届かないのに、原島さんが寄付金の力で底上げしたの。

 原島の籍に入らない代わりに押し切られてしまったんだよね。入学式で周囲の人たちの賢い顔つきを見て、場違いなところに来たと本当に後悔した。原島さん、どれだけ寄付金を積んだんだろう。

 まあ言うなれば、私は寄付金特待生。実は、功一もそうらしくて、


「俺なんか、幼稚部から小学部に上がった時からだ」


 金の無駄遣いだと、二人で笑いあった。いくら勉強しても賢くならない子どもっているんだよねという事実を、功一と分かち合う。

 高校は卒業して欲しいと母がずっと言い続けてたから、これからの三年間、卒業を目指して頑張ることにする。

 まずは、皆勤賞だよねと言えば功一が爆笑してた。散々笑ったくせに私の皆勤賞をに、功一も付き合うんだそうだ。

 一緒に住んでるから、連れ立って登校すればいいだけのことだった。朝、起こさないと駄目とかそんなのは一切なし。

 私より先に朝食の席に着いて、母の手料理を一心不乱に食べてる。その食いつきたるや、原島さんにそっくり。味覚って遺伝するんだ。

 


 隆一は外部組の首席入学だった。もう別世界の人である。入学式は外部組が固まって座らされていたから、私の周りが全てインテリだと感じたのは正解だった。

 功一の周辺だったら、私も浮かなかったと思う。



 原島家の愛憎劇を抜きにすれば、隆一と私との接点は、昔同じアパートに住んでいたということだけだった。

 それも隆一が病気になったときだけ、近しくなるだけの関係。保育園に預けられなくて、うちに連れてくる。

 横に寝さしておいてくれるだけで良いからとか何とか。母の出勤前までには、引き取りにくるからと慌ただしく押しつけてくる。

 出勤のぎりぎりまで睡眠をとろうとする母と、病気でしんどくて布団にくるまっている隆一。

 寝ている二人を起こさないよう、静かにそばで遊ぶのが私だった。ちらしに絵を描いたり、折り紙したり、図書館で借りた絵本を眺めていたり。

 そんな数ヶ月に一度あるかないかの接点が繰り返されていたが、それも年長ぐらいからは一人で留守番することも隆一は身につけざるを得なかったみたい。



 小学校、中学校と同じクラスには一度もならずに済んだ。学校でのつながりは皆無。あちらは殿上人で、私は地べただったから。放課後は、学童保育で遊びほうけてた私と毎日が進学塾の隆一。

 ただ、母が一膳飯屋を始めたので、そこに食べに来てたりしたようだ。私は、下ごしらえの手伝いが終わればアパートに帰されてたから、塾返りの隆一が店にやって来てたなんて、全然知らずにいた。

 母の肉じゃがとポテトサラダと麻婆豆腐を食べたときから、その献立を母親にリクエストしなくなったそうだ。うん、あれは絶品。

 大抵残り物をもって帰ってきてくれるんだけど、母の手にその献立があるとテンションが上がったものだった。翌朝食べる分だとわかってても、ついあともう一口の献立だった。



 隆一と私は、そんなこんなでほぼ接点のなかった9年間を経ていたわけ。高校もそうなると思ってたんだけど、甘かった。

 隆一は、私を蚊帳の外に置くのをやめることにしたようだ。


 私のことを幼馴染みだと公言し、母を恩人だと思慕するんだよね。


 幼少の頃の「我が家にお預かり事件」は、隆一の心に深く根が下ろされてしまっていた。病気になった自分を置いていく母親と、添い寝してくれる人。過去を美化し過ぎてると思うよ、それは。母は添い寝してたんじゃない、本当に寝てたの。それはもう、ぐっすりと安らかに。

 休めない仕事があったんだろうし、坂下のおばさんが働かなければ誰が稼ぐのさとか格好のいいことを言ってみる。人が良すぎるとか言われても、ううん、かばっているわけじゃないし。

 あと病人食も美味しかったらしい。うん、おじやは絶品だよね。あんまり食べられない隆一を尻目に、がっついたことを思い出した。いつも早い者勝ちして、ごめんね。

 

 同じ体験を持っていると、いつの間にか気安い関係になったりする。

 あの時は本当にありがとうって、隆一が言ってきたらうなずくしかないじゃない?


 こういった隆一との関係の変化もまずかったのだと思う。


 功一の母方の親戚のお子様達が私をロックオンしてきた。原島家に居座っている牝狐母娘に制裁しないと功一が可哀想だとかで、陰湿な嫌がらせにあった私は本当に可哀想。

 原島家を乗っ取ろうとしている隆一と私の仲がそれなりに良いというのも、彼女達のやる気に油を注いだ。

 皆勤賞を目指したけれど、好きでやっている高校生活じゃないから速攻、退学する気満々で原島さんにぶちまけたら、嫌がらせは霧散することになった。原島さんたら、こわい。

 同時期に、原島家の跡取りは隆一にほぼ決定などという噂が流れて、功一の親戚は私への嫌がらせどころではない混乱に陥ったらしい。


 気概を持てとか出せとか散々なてこ入れがあったらしく、功一がぐったりしていた。気概で賢くなるわけないだろうと、出すのはため息ばかりだった。


 その頃の隆一は、着々と学校内と原島グループの足固めに勤しんでいたらしい。

 高校生なのに、お疲れさまである。


 嫌がらせがなくなって、平穏無事な高校生活を送り始めていたら、満を持しての隆一参上と相成った。

 来なくてもいいのに、お昼休みに私と功一の教室にやってくる。

 クラス分けが成績順なので、功一と私が同じクラスなのは当然である。

 ちなみにこのクラスの寄付金特待生率とても高いです。だから、金銭感覚がおかしい人ばっかり。でも、頭の出来が私と一緒だから本当に気が楽。

 そんなクラスに堂々と入ってくる隆一。学年トップ様のご来臨ですよ。


 目当ては母のお弁当。


 保温機能ばっちりハイテクお弁当箱を机の上に三組だす。景品でもらったお弁当箱しか見たことが無かった私には衝撃的なお値段持ちのお弁当箱様に、隆一と功一の好物が詰まっている。


 母よ、原島家の男達の胃袋をしっかり掴んでると思うよ。素晴らしい食べっぷり。


 見た目が全然違うのに、二人が兄弟だってわかる。おかずの食べる順番が同じだったのを見た瞬間、噴き出しかけて喉が詰まって大変だった。



 しっかり食べるこの風景というか、食事を邪魔されるのをとことん嫌がる二人に女の子達は遠巻きである。

 私もそちらに交ざりたい。

 初めてみた時、それだけで足りるのと驚いてしまった小さなお弁当を広げて談笑しあうその島に入れて欲しい。


 原島さんが、私達の昼食時風景情報をどこかから仕入れてきて先手必勝の陳謝してきたからますます抜け出せない。

 母親が違うとは言え、兄弟。気心知れぬ仲になるとまではいかないだろうけれど、美味しい食事を一緒にしたという記憶は負の遺産にはならないからとか。その橋渡しをして欲しいと頭を下げられてしまった。

 隆一と功一が母のお弁当を食べたがっている間だけですよと、念押しして原島さんのお願いを了承した。



 そんな事情なので、二人の男を手玉にとっているなんて噂、早く消えないかな。





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