愛する嫁
間もなく、バブル期が来たんだ。
あんときゃあ、良かったなあ。
毎年、兄達の家をタダで建ててやった。合計で三軒だ。羽振りが良かったからなあ。ところがどうよ、今はよ、自分の家のローンで四苦八苦だぜ。
嫁には嫌みばかり言われるしよ。
それでも社長してた頃にはよ、女に不自由しなかったぜ。
ある時、ラブホテルから出てきたら、前から兄貴が来て、「おー、お前、こんなところで何しとる!」って言うから、こっちも言ってやった。「お前こそ、何してる!」ってよ。
ラブホテルの前で、何してるも何もあるかってんだ。
その時の女は、俺の会社の事務員よ。
嫁?
ばれたりするもんか。上手くやってたさ。
けどよ、あの頃は、まあ、よく遊んだなあ。
スナックの梯子なんてざらだ。日常茶飯事だな。毎晩よ。
会社の若いもん、連れて飲み歩いて午前様。同業者と飲み歩いて午前様。
ある日よ、良い調子でウチに帰ると、鍵が掛かっている。まあ、深夜だから当たり前だな。で、ドアをドンドンと叩いて「おーい、ワシや、開けてくれぇ!」って言ったらな、嫁が、「どちらのワシですか?」って、ぬかしおった。
俺にしてみりゃ、「なにー!」ってなもんよ。腹が立つから、「ワシはワシじゃ!」って言ったのよ。
そしたら、嫁のヤツ、「ウチには、ワシと言う名前のものは、おりません」って、こうだぜ。
あったまにきて、ドアを足でボカンって蹴飛ばしたんだな。そしたらよ、穴が開いちまった。前の家の玄関は木製だったからな。
くそ腹立つことよ。俺は大工だから、次の日、自分で直したさ。腹立たしいったら、ねえぞ。だいたい、ウチの嫁ときたら、俺に何でも逆らいやがる。俺に喧嘩、売ってきやがるからな。
俺よ、嫁と一緒に鍋、食うのが嫌なんだ。
あいつは、「あなた、これ煮えたから、早く食べて」だの、「あなた、肉、火が通ったから、早く食べて」だのつって、それを箸でつまんで、俺の取り皿に入れやがるだぜ。
世話しねえったら、ねえんだ。俺は、「自分で取るから、放っておいてくれ!」って、言うんだ。
これが、毎回だぞ、鍋やるたびに毎回だ。全く嫌になるぜ。
だいたい、あいつは鍋の中を触り過ぎるんだ。「触るな!」って言うさ、俺は。でも何度言っても、同じことさ。全く腹立たしいったら、ねえ。食欲失くすってんだ。
会話?
そんなもんあるか!
鍵の字に座って、エルの字よ、エル。こうだ。こっち人差し指、長い方に俺の場所があるんだ。短い方、親指側が嫁の場所だ。
テレビを見るにゃあ、大事な場所よお。
そのエルの字に座って、テレビを見ながら、食ってるんだ。何を喋れってんだ?
俺はよ、子供の時から、飯は喋りながら食うもんじゃないって、教わったんだぜ。飯は黙って食えとな。だから黙って食うんだ。
何?
ここでは喋りながら、食ってるってか?
あはははー、でもな家では喋りながら、食っちゃならねえんだ。そういうもんさ。




