第六話
その店は東欧のレストランのような外観で、真鍮製の何かの言語の筆記体の文字看板で店の名前が書いてあるのだが、全く読めなかった。
どうやら会話の自動翻訳らしきものは文字を見ることによっては発動してくれないらしい。
しかしそれよりも仁は、リサの言った事の方が気になっていた。
「錬金術師かぁ…」
錬金術師の集まる店、アルケーム。
錬金術師は史実では卑金属から貴金属、つまりより価値の低い金属から金や銀等の価値の高い金属を作ったり、不完全な様々な物質、若しくは生命や魂をもを完全な存在にしようとする試みを行っていた人達の事であり、その人物たちの発見は現在の「化学」に多大な貢献をもたらした。
最も漫画やアニメ、若しくはゲームで錬金術師というと一番最初に思い浮かぶのは賢者の石、とかエリクサー、等と言った物品であるが、史実では成功しなかった、とされている。
…魔法×錬金術…胸が熱くなるな…等と仁が考えているとリサが、
「錬金術師がどうかしたの?」
「ああいや、あんまり錬金術には詳しくないからね。入ってもいいものかと」
「だいじょーぶ!これでも私、錬金術師なんだよ!」
えっへん、と胸を張る。しかし魔術師って言っていなかっただろうか?
「魔術師でもあり錬金術師でもあるんだよー」
「錬金術は一人だときついから、意見の交換とか共同研究とかをここでやるんだー」
と、リサ。どうやら口から漏れていたらしい。
そこで再び奴がグゥー、と鳴き声を上げる。
「ん、店の前で立ち話も何だし早く入ろっか…」
リサは気にしていない様相で店に入ったが、肩が震えているのを仁は見逃さなかった。
…いつから腹の虫はこんなに正直者になったんだろうかと思いつつ、仁も店に入った。
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そのブースに入る前にマスター(っぽい人)から渡された「当店のルール」と書かれた紙をチラッと再確認し、リサと中に入る。
その紙には当店を知覚出来たものに会員権を付与とか偽名登録可とか成果報告義務とか色々書いてある。正直どういう事かさっぱりである。
ブースに入るとリサが入口から机をはさんで反対側に座っている二人…自分と同年齢に見える2人の男女に向かって口を開く。女性は深緑色のローブを着ており、中性的な男性は白衣姿である。
「初めまして、私は『湖の魔女』。この人は私の友達の…」
自己紹介しろ、という事だと判断して名を名乗る。
「赤崎仁です。どうぞお見知りおき下さい」
リサは二つ名を名乗ったが、特に自分は必要もないと判断し本名を名乗る。
しかし昨期の会話から察するにリサは二つ名を嫌っているようだったが…?
「えーっと、ジンさんと『湖の魔女』さんですね、私はラサ・フレア。どうぞよろしく」
「私はここでは『薬師』と名乗っている。よろしく頼む」
女性と男性がそう自己紹介する。男性の方は外見にたがわず高く澄んだ声をしている。
リサと仁は空いている2人掛けの椅子に腰掛ける。
「貴女方はどんな研究をしているの?」
と、リサ。この二人は多分リサの言っていた「共同研究」という奴をやっているのだろう。
「冒険者用の総合回復薬の開発及び安定的量産方法の開発です」
さらっとラサが言ってのける。総合回復薬って一体何なんだろう、と仁は思って質問する。
「総合回復薬とはどの様な効能を持つ物を開発しようとしているのですか?」
「肉体の疲労・傷・魔力の消耗全体の回復を目的とした薬品です」
と、ラサ。ゲームで言うところの「エリクサー」等にあたる物だろうか。
ゲームでは中盤あたりに出てくるボス戦用の薬剤といった役どころである。
「材料は何なんです?」
「肉体の傷を癒す効果のある『マンドラゴラの根』、食べれば眠らず活動できると言う茸『チカラノコブ』、膨大な魔力を蓄える植物『夜空草』…主な材料はこれら3つだ」
今度は『薬師』と名乗った白衣の男が答える。マンドラゴラはゲーム等では抜くと聞くものを殺す叫び声を上げる植物という設定だった気がする。
しかし『チカラノコブ』は何となく分かるが、『夜空草』については聞いたことがない。
「その3つは希少性が高かったり市場に余り出回らなかったりするのですか?」
「マンドラゴラは引き抜く際の手間がかかるので少し高めですが、そこまでではありません。チカラノコブはこの辺りでは多く見つかるので市場にもよく出回る品です。」
「問題は夜空草だ。莫大な魔力を内包する植物で需要も高いが、かなりの魔力濃度の場所でもない限り滅多に見つからん。この辺は魔力濃度が高いが、それでも見つかるのは希だ」
仁の再度の質問にリサと『薬師』が答える。
つまり問題は魔力の回復源、夜空草であるということか。
横のリサが脇腹をつついてくる。ちょっといい?と小声で言われ、発言をリサに譲る。
「夜空草ってコレのことだよね?」
椅子の下に下ろした自身の肩掛け鞄から取り出した“それ”をリサは机の上に置く。
それは蒲公英の葉っぱの様な、ほうれん草のようなギザギザした細長い形状をした向こう側が透けて見える鮮やかな黄緑色の草で、1枚の葉に対して5つほどの細かな黄色い粒が散在し、それは摘み取られた今も1等星の如く眩い光を放っていた。
それを見たラサと『薬師』の二人が驚愕といった顔つきになる。
「馬鹿な、薬剤師ギルドには取引報告がなかったぞ」
「しかもこれ、普通見かけるものよりずっと色艶も良いし“星”の数も多い…」
どうやら夜空草というのは相当な希少品で、目の前のこれはラサの言い方からして状態も良いらしい。
食い入るように見ている目の前の二人は放っておき、リサに小声で尋ねる。
(何で持ってるの?)
(ちょっとこの後も色々買いたいものがあってさ、薬剤師ギルドで換金しようかなーと)
(相当珍しい物らしいけど…?)
(ウチの畑にちょっとだけ育ててるんだよ)
その最後のリサの言葉を『薬師』は聞き逃さず、リサに詰め寄る。
「そんな、君は…夜空草の栽培に成功したのか!?」
栽培も難しいレア植物を換金すれば確かに結構な金額にはなるだろうが、そんな事をすれば色々と厄介な事になるだろうというのは仁にも分かる。
例えばゲーム序盤、イモムシのような敵しか出てこない至って平和な村があったとしよう、その村の店にゲームの終盤で手に入るがパーティーに必要のない武具を売るとする。
ゲームであれば店主は何の疑いもなく見合った多くの金と引き換えるだろうが、現実であれば先ず買い取るだけの金が無い、若しくは買い取れてもそれを商品にしたところで買う人は居らず、ロクに警護も居ない店に強盗が入るのがオチだ。
そしてそんな物を売りはらった人物もまた、金目の物を持っている、と狙われるだろう。
あんまりにも価値がありすぎる物は逆に売りづらいのだ。
特にその物の価値が万人に分かりやすい物であればあるほど。
……その後2時間ほど仁とラサは蚊帳の外に置かれ、『湖の魔女』と『薬師』はそれぞれの名義で夜空草の定期売買契約の契約書を二人して作っていた。
余談ではあるが放っておかれた間、昨期のマスターが持ってきた料理と紅茶を美味しくいただきつつ仁が錬金術について質問してラサが答える、と言う事をやって終わる頃には二人は割と仲良くなり、錬金術についても仁は詳しくなった。
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入口のカウンターでリサが精算し、店を出る。
その時の金貨袋は服を買った時よりもかなり大きく膨らんでいた。
結局あのリサが持っていた夜空草の現物は薬師が現金で買い取っていた。
その後食材やら何かの薬草やらを大量に買い込み、来た時と同じ様にして家に帰る。
行った時と同じままの部屋に到着し“穴”は閉じる。
「ジンの鞄はちょっとそこに置いて、地下の保存庫まで食材と薬草の袋持ってー」
はい、とリサが両手に持っている袋のうち片方を渡してくる。
仁は今日買った服の入った学校の鞄を降ろし、既に薬草の入った袋を持っている手とは逆の方で受け取る。
今日の買い物を入れているこの袋は植物の繊維を編んで作った巾着袋の様な物だ。
しかし二階建ての上に地下室もあったのか、と思いつつそれを持って先導するリサの後について階段を下りる。
地下はヒンヤリとした空間で壁は石のレンガで出来ており、壁には燭台らしきものの上に光るビー玉(?)のような物が設置されている。多分水晶球だろう。
酒樽やらが隅の方に置かれていたり、天井に何かの草や花がぶら下がって乾燥させられたりしている。
下ろしていいよー、とリサが言うので両手の二つの袋を下ろす。
リサはそれぞれの袋を指差しながら何かを呟くと、光る霧状のものに袋が包まれ、内容物が食材はそれぞれの酒樽に、薬草は天井から吊り下がっているフックに自ら吊るされていく。
まるで魔法みたいだ、と思ってそういえば魔術だった、と思い返す。
それを仁同様に見つめていたリサはくるりとこちらに向き直る。
「今日は買い物に付き合ってもらってありがとうね」
「いや、礼を言うべきはこっちだよ…服とか買ってもらったし色々お金出させちゃったし」
「それでも、ありがとう。私こんなふうに買い物に行ったの久しぶりだったから」
そう言ってリサは笑う。しかしその表情には、底の見えない寂しさと言うか、そんな物が一瞬見えた気がした。そんな表情を見て仁は押し黙る。
目の前の気まずそうな表情に気がついたリサは慌てて誤魔化して、幾つかの薬草を天井から取り外して上に登っていってしまう。
…今日は割と色々あって忘れていたが、リサは友達になって欲しい、と言う前に君にしかできない仕事と言っていたのを仁は思い出す。
昼間の夜空草の件にしても魔術師としては多分かなり上の方の実力を持っていることは確かで、そして能力を持つ者は崇められるか疎まれるかである、と理解していた。
あんな顔をさせないようにしたい、と仁は思った。
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さて、自室に戻ってきたが特にやることもないのでどうしようか、と部屋を見渡す。
床を見れば、既にあのワープ用らしいカーペットは片付けられていた。
次に机を見て、「現状まとめ」の紙が目に入る。
それを手に取って今日町に行って気がついた事やラサから教えて貰った錬金術の事について軽く記していると、ふと机の上の小説に目が行く。
それは鷹崎と一緒にマトンで買ってきた「ホワイトゴーレム」一~六巻である。
それを見て、現実世界に戻れるようになるにはどれだけ時間がかかるのかなー、とか別に戻らなくてもいいかなー、とかでも親心配してるかなー、とか考えつつ、一巻を手に取る。
…こちらの世界に来て以来、知識としての耐性がある故に魔法のような出来事やそのものに余り驚かずに済んできたが、一巻の表紙を見た仁は初めて度肝を抜かれる事になる。
「…ん?…んー?……え?」
一巻の表紙にはギザギザしたフォントでホワイトゴーレムと書かれ、どこかの景色を背景に少女の絵が描かれていた。そこまでは良かった。
その背景は正に今日行ってきたエフェリアの景色であり、その少女とは、砥茶色のローブに身の丈ほどの杖を持ち、金髪に蒼い双眸を持つ…鷹崎が買ったフィギュアそっくりな、
「…リサ?」
その絵は、十中八九リサの絵だった。