自供「ゆめ」
たぶん世界は自供する
私たちは机に座っています。
テストのようです。
前に立っている彼は、いえ、彼なのかはわかりません。
なにせ見える範囲の顔は黒い穴で、ぼさぼさの茶髪は黒い帽子から覗いているだけ。
その上、体はといえば細い出来の悪いマネキンに襤褸布を被せたよう。
僅か見えるその手はといえば、その僅かに見えるだけでも十分すぎるほどに分かる干からびたもの。
そんな彼は喋らずにテレビを、そう、テレビの電源を入れたのです。
するとそこには画像が映りました。
当たり前といえば当たり前の事。
けれども映るは異様な映像。色合いは自然ながら、そのバランスにおいてどこか不安を感じる混合の"それ"が告げます。
「紙を見て」
耳当たりの良い音と気味の悪い映像が教室を広がります。
私は手元の紙に目をやりました。
黒い解答用紙に白い文字で問題がプリントされていました。
「問1.ゴスペリャの声は何色か」
意味が分かりません。
するとテレビから情報が紡がれました。
「見ること。聞くこと。そして答えること」
すると映像が、声が、流れ始めました。
周囲が解答用紙に爪を当て、なぞり始めました。
そういえば黒い紙にはシャープペンでものは書けない。
周囲は、そう周囲は見えるのです。だけれどこの部屋はどのくらい広いのか見当が付きません。しかしその底知れない広さの住人がほぼ同時期に回答を掻き始めたのです。
だからというわけではないのです。しかし私は自然に、そう自然に周囲に倣い爪で掻きました。
「赤」と。
ゴスペリャとは何か。それに関する事は情報の中に一切含まれていないように思えました。少なくとも私が感じる中には。
けれども「赤」なのです。命、力、狂気、危険、抑圧、衝動。
そういったものを何故か私の指先は描いたのです。
すると映像が別のものを映しました。
声も別のものを語りました。
「問2.彼のパッチワークの形を、君の背を伸ばしその糸と指と針で紡ぎなさい」
机には針がありました。その糸は見当たりません。その意図は悟ることが出来ません。
彼とは何か。今映像に流れている、語られている男性の事なのか。
前でテレビのスイッチを押したままの体勢で画面を(目がないからおかしい話ですが)凝視している彼なのか。
語られる男についてはなにやら断片的な映像と記憶しか語られません。
しかし、それなのにも関わらず私は男が「よくないもの」だと感じたのです。
僅か後その男性の頭にタコが、そうそれは灰色の小さなタコとしか形容のし難いものが飛び掛り、その頭にあった白色の結び目を奪い去りました。
すると男は解れていったのです。
するすると、するすると。パッチワークの糸が、糊が外れたように。
結末は見えませんでした。しかし私は紡ぎました。針で、糸で。そのイメージを。だから私は、いつの間にか手の内にあったその糸が何か気にも留めなかったのです。
背を伸ばし、縫いとめます。
意外なほどあっけなくそのイメージは紙に縫いとめることが出来ました。
「花」。私が描いたのは8つの花びらを持つ花のような幾何学模様でした。
その色は青です。孤独、未熟、失望、理性、最後に静寂。
縫い終え、そのまま視線を次の問題があるべき場所に移します。
そこに問はありません。けれど一言書かれていました。
「君が私から倣うことは無い」
「ならばこそ」
「問3.オルトロニスの歌を紡げ」
文面が目の前で書き換えられました。
しかし映像と声は終わってしまっています。
彼は(一体どこから発しているのか分からない声で)述べました。
「これは困った。1.37倍速で流れていたよ」
そういうと彼はテレビを少し乱暴に叩きました。
すると音に画にノイズが走り、割れたのです。
ぴしり、と。確かな音を立てて、教室とテレビは割れたのです。
だから私たちも割れたのです。箱は割れたのです。中身は外に撒かれたのです。
黒です。辺りは黒でした。割れても私は私のままのようです。
歌が聞こえました。しかしこれは歌と呼ぶべきなのでしょうか?
自然に流れているあらゆる音が規則的に、あるいはばらばらに響いているのです。意図も何も感じません。あるいは感じ得ないのかもしれません。
だけど私は見えない爪に力をいれ、掻きました。
黒と。
「短いし長すぎる。及第点だけど」
意味の分からない倒置法と共に見覚えのある部屋が見えました。
テストのようです。
私はベッドで目が覚めたのです。
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けれども意味は分からない