俺は彼女と幼馴染の間で板挟みになっている
「夕也くん、一緒に帰ろ」
「お、おう」
とある放課後。
最近付き合い始めたばかりの小夜から、そう誘われた。
クラスメイトたちからの生暖かい視線に耐えながら、そそくさと帰り支度をする。
平凡だった俺の人生は、小夜と付き合い始めてから、劇的に変わった――。
「えへへー」
「おい、小夜……!」
校門を出て少ししたところで、小夜が俺の左腕に、コアラみたいに抱きついてきた。
「周りの人に見られてるって……!」
小夜はしょっちゅうモデルとかアイドルの事務所にスカウトされるくらいの美少女なので、そんな小夜が俺みたいな平凡な男に抱きついている様はかなり異様で、道行く人たちがみんなこちらを振り返ってくる。
「えー、別にいいじゃん見られてもー。私たちは付き合ってるんだし!」
「……まあ、そうだけど」
付き合う前の小夜は、どちらかというと大人しい子だったのだが、付き合い始めた途端、人が変わったようにベタベタ甘えてくるようになった。
そんな小夜のことを愛しく思う半面、未だに本当に俺は小夜と付き合ってよかったのだろうかという罪悪感にも似た何かが、常に心の奥に沈殿しているのも事実だった――。
「じゃあ、また明日ね、夕也くん!」
「うん、また明日、小夜」
いつも通り、俺の家の前で小夜と別れる。
小夜はブンブン手を振りながら、トテトテと走って行った。
「あ、そうだ、今日は月曜日じゃん」
ジャンプを買うのを忘れてた。
どうにも小夜と一緒にいると、他のことに頭が回らなくなっちゃうからなぁ。
俺は踵を返し、近所のコンビニに向かって歩き出した。
「ただいまー」
「おかえり夕也。陽菜多ちゃん来てるわよ」
「――!」
ジャンプを買って家に帰ると、開口一番母さんがそんなことを言ってきた。
陽菜多のやつ……、またかよ……。
「うん、わかった」
「おやつにシュークリーム買ってあるから、後で取りに来なさい」
「あいよ」
二階の俺の部屋の前まで行き、フウと一つ息を吐いてから、扉を開ける。
すると――。
「あっ、おかえり夕也。もしかしてジャンプ買ってきたの? アタシにも見して見してー」
幼馴染の陽菜多が、俺のベッドで横になりながら、先週号のジャンプを読んでいた。
「お前なー、いい加減、勝手に俺の部屋に入るのやめろよ」
「えー、なんでだよー。昔は毎日ここで二人で遊んでたじゃん」
「……それはあくまで子どもの頃の話だろ。俺たちはもう高校生なんだし、それに……」
「今の夕也は小夜の彼氏だから?」
「……!」
……こいつ。
「ああ、そうだよ。だからいくら陽菜多だって、こうして部屋で二人きりになるのはよくないんだ。それはわかるだろ?」
「さーてねー、アタシは英語苦手だから、その辺の感覚はよくわかんないなー」
「英語は関係ないだろ……」
陽菜多はゴロリと寝返りを打って、俺に背を向けてしまった。
……まったく。
「……アタシのほうが先だったのに」
「……!」
ボソッと陽菜多がそう呟いた。
……陽菜多。
「……陽菜多、俺は」
「あっ、そうだ、アタシ用事があったんだった」
「え?」
陽菜多がガバリと起き上がった。
「じゃあね、夕也」
「お、おう」
そそくさと俺の部屋から出て行く陽菜多。
何だったんだよ、あいつ……。
一階から母さんの、「あらー、陽菜多ちゃんもう帰っちゃうのー?」という甲高い声が響いてきた。
「ねえ夕也くん、今週の土曜日って、空いてる?」
「え?」
翌日の放課後。
いつも通り(左腕に抱きつかれながら)小夜と二人で帰っていると、不意に小夜がそんなことを訊いてきた。
「ああ、別に予定はないけど」
「やった! じゃあ二人で、三丁目の花火大会行こうよ」
「ああ、あれか」
昔はよく、陽菜多と二人で行ったっけ……。
「うん、いいよ。行こう行こう」
「えへへー! 楽しみだな楽しみだなー。私浴衣着てくね!」
「お、おう」
小夜の浴衣かぁ。
どんな感じなんだろう。
陽菜多は一度も、浴衣は着たことなかったしな。
俺はソワソワしながら、週末を待った――。
「お待たせ、夕也くん!」
「――!」
そして訪れた週末。
俺が自分の家の前で待っていると、小夜は待ち合わせの時間ちょうどに現れた。
宣言していた通り、小夜は浴衣姿だった。
淡い水色が基調で、ピンクの花柄がところどころに入っている浴衣は、清楚な小夜にとてもマッチしてる。
しかも普段は下ろしている長い黒髪も、今日はアップにしているので、雰囲気も大分大人っぽくなっている。
思わず俺の胸がトクンと一つ跳ねた。
か、可愛い……。
「? どうしたの夕也くん、ボーっとして?」
「……いや、浴衣似合ってて可愛いなと思って」
「っ! あ、ありがと……」
途端、耳まで真っ赤になる小夜。
そんな様もなお可愛いと思ったが、これ以上言うと小夜がどうにかなってしまいそうで怖かったので、すんでで堪えた。
「じゃあ、行こっか」
「うん!」
俺の左腕に抱きついた小夜は、満面の笑みを浮かべる。
俺はいろんな意味でドキドキしながら、小夜と花火大会の会場へと向かった――。
「んん~、わたあめおいひぃ~」
会場の屋台でわたあめを買った小夜が、それをあむあむと食べながら感動で打ち震えている。
はは、本当に可愛いな、小夜は。
……そういえば、陽菜多も毎年この花火大会で、わたあめ買ってたっけ。
「あっ、そろそろ花火始まるよね。あっち行こ、夕也くん」
「お、おう」
小夜は俺の手を引き、会場から離れて行く。
こ、この方向は――!
「うん、ここなら花火がよく見えそうだね」
「……」
そうして小夜に連れて来られたのは、人気のない小高い丘。
ここは毎年、陽菜多と二人で花火を見ていた秘密の場所だ。
……まあ、そりゃ、小夜も知ってるか。
「……ねえ、夕也くん」
「ん? 何だ」
小夜が真剣な顔で、俺の真正面に立った。
「……ん」
「――!」
そしておもむろに目をつぶり、プルっとした唇を突き出した。
こ、これは――所謂キス待ち――!
……そうだよな。
今の俺たちは恋人同士なんだし、そりゃキスくらいするよな……。
彼女なんて出来たのは俺も初めてだったので、今日まで尻込みしていたが、小夜がここまでしてくれたんだ、俺も男を見せねば――。
「……小夜」
俺は小夜の肩を抱き、そのまま小夜の唇に――。
「――ダ、ダメええええええ!!!」
「っ!!?」
その時だった。
突然小夜に突き飛ばされ、俺は思わずこけそうになった。
なっ……!?
「……小夜、どうしたんだよ」
「やっぱりダメ! いくら小夜でも、夕也は渡せないッ!」
「――!!」
こ、この感じ……。
「……お前、陽菜多か?」
――陽菜多と小夜は、二重人格の同一人物なのだ。
元々の人格は陽菜多だけだったのだが、今から三年ほど前、とあることがキッカケで小夜というもう一人の人格が生まれた。
そして紆余曲折あった末に、俺は小夜と付き合うことになったのだ。
……正直小夜と付き合うことに対して、葛藤がなかったと言ったら噓になる。
だって小夜の身体は小夜だけのものじゃない。
小夜は陽菜多でもあるのだから……。
――でも、それでも俺は小夜と付き合うことを選んだ。
だから俺は、生涯小夜を愛し続けることを固く誓ったのだ――。
陽菜多もこのことについては、納得してくれていたのだが……。
「……夕也、アタシ、子どもの頃からずっと――夕也のことが好きだったの」
「……! ……陽菜多」
陽菜多がボロボロと涙を零しながら、そう告白する。
……陽菜多の俺に対する気持ちには、何かと鈍感な俺でも流石に気付いてはいた。
むしろ俺だって子どもの頃は、陽菜多のことが好きだった――!
――だが、今の俺はあくまで、小夜の彼氏なんだ。
だから――。
「……ごめん、陽菜多。陽菜多の気持ちには、応えられない……」
「――!! クッ! それでもアタシ、絶対諦めないからあああああああ!!!」
「ひ、陽菜多!?」
陽菜多は浴衣をたくし上げ、陸上部みたいな綺麗なフォームで走り去ってしまった。
「……陽菜多」
その時、ドーンという轟音と共に、夜空を大輪の花火が彩った。
「……どうすりゃいいんだよ、俺は」
花火にそう訊いても、当然ながら答えが返ってくることはなかった。
拙作、『戦争から帰って来た婚約者が愛人を連れていた』がコミックグロウル様より2026年3月6日に発売された『選ばれなかった令嬢には、本命の彼が待っています!アンソロジーコミック』に収録されています。
よろしければそちらもご高覧ください。⬇⬇(ページ下部のバナーから作品にとべます)




