第7話 最終決戦・前編
夜の帳が、これまでにないほど深く街を覆っていた。
赤い提灯の灯りが揺れ、空の奥では巨大な影が脈打っている。
生まれかけている――巨大虚無獣。
それは、誰かの感情が限界まで膨れ上がった証だった。
「……来るぞ」
タジの低い声が響く。
次の瞬間、地面が震え、黒い霧が爆ぜた。
虚無獣が一斉に現れる。
街の景色が歪み、戦場は完全な裏の世界へと変わった。
*
ソウは剣を構え、前へ踏み出す。
だが視線の先にいたのは、虚無獣ではなかった。
白い衣装。
夜風に揺れる髪。
マナが立っていた。
互いに言葉を失う。
「……どうして、ここに」
ソウの声がわずかに揺れる。
マナは静かに目を伏せた。
「……あなたたちは、敵でしょう」
淡々とした口調。
けれど、その奥に迷いが滲んでいる。
ソウの胸が痛む。
理由はわからない。
それでも、剣を向ける手が重かった。
虚無獣が咆哮し、二人の間に影が落ちる。
戦いが始まった。
*
別の場所では、リョウコとアキトがタジと対峙していた。
「……あんた、本気なのね」
リョウコが静かに構える。
タジは大きく息を吐いた。
「……本当は、こんなことしたくねぇんだがな」
その言葉に、アキトが眉をひそめる。
「敵が何言ってんだよ!」
拳がぶつかり、衝撃が走る。
力任せに突っ込むアキト。
それを受け止めるタジ。
まるで、どこかで見たことがあるような動き。
リョウコの胸の奥が、わずかに揺れた。
(……なんで、懐かしいの)
だが、その違和感はすぐに戦いの熱に飲み込まれていく。
*
戦場の中央。
ルイはゆっくりと歩み寄った。
その視線の先には、セイヤ。
「……ここまで来たら、もう止められないでしょ」
軽い口調。
けれど、笑ってはいない。
セイヤは静かに微笑んだ。
「止める必要はありません。これは……正しい形です」
「本気で言ってんの?」
ルイの声が低くなる。
夜の帳がさらに歪む。
巨大虚無獣の影が、二人の背後で膨れ上がる。
「……全部、あんたの感情が作ってるんだよ」
その言葉に、セイヤの目が揺れた。
一瞬だけ。
ほんのわずかに。
「……違います」
否定の声は、かすかに震えていた。
ルイはため息をつく。
「……なぁセイヤ」
静かな声。
「もう終わりにしようぜ。あんた、限界だろ」
その瞬間、空気が爆ぜた。
見えない力が衝突する。
二人の戦いが始まった。
*
マナとソウの戦いは、どこか噛み合わなかった。
剣が振り下ろされる。
歌が響く。
だが、互いに致命的な一撃を避けてしまう。
「……どうして」
マナの声が震える。
「どうして、あなたを傷つけたくないの」
言葉にした瞬間、胸が締めつけられた。
ソウの動きが止まる。
「……僕もだ」
低い声。
虚無獣が背後から迫る。
ソウは反射的にマナを庇った。
その瞬間。
頭の奥に、光景が流れ込む。
笑い合う日々。
並んで歩く夜。
歌声。
「……マ……ナ……?」
名前が、唇から零れた。
マナの目が見開かれる。
涙が、静かに頬を伝った。
*
戦場全体が揺れ始める。
巨大虚無獣が、完全な姿へと変わろうとしていた。
それは怒りのようで、悲しみのようで。
そして、どこか寂しげな影だった。
夜の帳が限界まで歪む。
戦いは、もう後戻りできない場所まで来ていた。
それぞれの想いが交差しながら――
決着の瞬間が、すぐそこまで迫っていた。




