第6話 覚醒の兆し
夜の帳が、これまでにないほど濃く街を覆っていた。
赤い提灯の灯りさえ、どこか鈍く見える。
空気が重い。
息を吸うだけで、胸の奥がざらつくような感覚。
「……妙だな」
タジが低く呟く。
視界の先には、これまで見たことのないほど巨大な虚無獣の影が蠢いていた。
それはまだ完全な形を持っていない。
だが確実に、何かが生まれようとしている。
「来るぞ!」
ソウが剣を構えた。
次の瞬間、地面が割れ、無数の虚無獣が溢れ出す。
戦いが始まった。
*
一方、ステージの上。
マナはマイクを握ったまま、歌い出せずにいた。
観客の歓声。
スタッフの合図。
すべてが遠く感じる。
(……歌えない)
胸の奥が締めつけられる。
いつもなら自然に出るはずの旋律が、喉の奥で止まってしまう。
――あの人は、今、戦っている。
理由もなく、そう思った。
ソウの姿が脳裏に浮かぶ。
優しい目。
少し照れた笑顔。
思い出した瞬間、胸が強く震えた。
「……わたし」
小さく息を吸い、目を閉じる。
そして――。
歌声が、夜へと解き放たれた。
*
戦場。
マナの歌が届いた瞬間、ソウの動きが一瞬止まる。
「……この歌……!」
胸の奥が熱くなる。
剣を握る手が震えた。
懐かしい。
痛いほどに。
虚無獣が襲いかかる。
だがソウは無意識に前へ踏み出した。
守らなければならない。
理由はわからない。
それでも体が動く。
*
別の場所では、リョウコとアキトが虚無獣を押し返していた。
「数が多すぎるわ……!」
「チッ、終わりが見えねぇ!」
そのとき、歌が強く響く。
二人の動きが軽くなる。
「……なんだ、この力」
アキトが目を見開く。
リョウコは空を見上げた。
「……歌姫……?」
胸の奥が、わずかに痛む。
知らないはずの懐かしさ。
*
そして――。
戦場の中央。
セイヤとルイが向かい合っていた。
虚無獣の影が背後で揺れている。
「……もう限界ですよ、セイヤ」
ルイが静かに言う。
いつもの軽い笑みはない。
「あなた、気づいてるでしょ。これ……あんたの感情に引っ張られてる」
セイヤは微笑んだ。
「何のことかわかりませんね」
穏やかな声。
だが、その奥に隠しきれない焦りが滲んでいる。
空気が歪む。
見えない力が広がる。
その瞬間、ルイは小さく息を吐いた。
「……やっぱりな」
周囲の歪みが、彼だけを避けるように揺れる。
改ざんが、効いていない。
「……どうして」
セイヤの声がわずかに揺れた。
初めて見せる、明確な動揺。
「さぁね。相性かな」
ルイは軽く笑った。
だがその目は真剣だった。
「……もうやめろよ。これ以上やると、あんた壊れるぞ」
言葉が、静かに突き刺さる。
セイヤの瞳が揺れた。
その瞬間。
空の奥で、巨大な影が脈打つ。
未完成だった虚無獣が、ゆっくりと形を持ち始めていた。
*
戦場の端。
ソウは虚無獣を斬り伏せながら、遠くのステージを見つめていた。
歌が、胸に届く。
断片的な光景が浮かぶ。
笑い合う仲間たち。
隣で歌う少女。
――マナ。
「……っ」
頭が痛む。
膝が揺れる。
それでも剣を握り直す。
「……守りたい」
誰を?
答えはまだわからない。
それでも、その言葉だけが確かだった。
*
ステージの上で、マナの歌が変わっていく。
空っぽだった旋律に、温度が宿る。
観客は気づかない。
だが、夜の帳の中では確かに何かが変わり始めていた。
歌は、誰か一人に向けていた。
まだ名前を呼べない、その人へ。
夜空の奥で、巨大虚無獣が完全な姿を現そうとしていた。
それは、もうすぐ訪れる決戦の予兆だった。




