第5話 決裂
夜の帳が降りる。
赤い提灯の灯りが揺れ、街は再び裏側へと滑り込んでいく。
マナはステージの上に立っていた。
観客の歓声。
完璧に整えられた照明。
いつも通りの光景。
けれど――。
(……どうして、こんなに苦しいの)
歌い始めた瞬間、胸の奥が軋んだ。
声は出る。
音程も揺れない。
なのに、どこか噛み合わない。
視線の先に、ソウの姿が重なる。
昼間の笑顔。
「また会えるかな」と言った声。
思い出した瞬間、歌がわずかに震えた。
客席では誰も気づかない。
だが、舞台袖に立つセイヤだけが、静かに目を細めていた。
*
ライブが終わった後。
控室の扉が開く。
「……最近、外出が多いですね」
穏やかな声。
振り返ると、セイヤが立っていた。
「少し、気分転換よ」
マナは淡々と答える。
その声に、セイヤはわずかに微笑んだ。
「そうですか。……ですが、危険です。敵組織も動いている」
「わかってるわ」
短い沈黙。
セイヤの視線が、ほんの一瞬だけ鋭くなる。
「……誰と会っているんですか」
その問いに、マナの心臓が跳ねた。
「……ただの知り合いよ」
嘘ではない。
けれど、本当でもない。
セイヤは何も言わず、ただ静かに頷いた。
その背中を見送りながら、マナは小さく息を吐く。
(どうして……隠してしまうの)
自分でも理由がわからなかった。
*
一方、別の場所。
ソウたちは夜の帳の中で虚無獣と対峙していた。
だが、いつもより空気が重い。
「……今日は妙だな」
タジが低く言う。
虚無獣の数が増えている。
しかも、形が歪んでいる。
まるで、感情が暴走しているかのように。
ルイが軽く笑う。
「誰かさんが、余計なことしてるんじゃない?」
意味深な言葉。
だが、ソウもタジも気づかない。
*
戦闘の最中、再び敵組織が現れる。
リョウコとアキト。
そして、少し遅れてセイヤ。
互いに視線を交わす。
以前よりも、明らかに敵意が濃い。
それは改ざんが強まり、感情が歪んでいる証でもあった。
「……もう遠慮はいらないわね」
リョウコが静かに構える。
「今度こそ、終わらせる!」
アキトが飛び出す。
戦闘が激化する。
だが――。
ソウの動きは鈍かった。
頭の中に、マナの声が残っている。
(……戦いたくない)
理由はわからない。
それでも、剣を振るうたびに胸が痛んだ。
*
その頃。
マナはステージ裏で一人、椅子に座っていた。
歌ったばかりなのに、心は満たされない。
「……わたし、何のために歌っているのかしら」
小さな呟き。
五年前からずっと感じていた虚無感。
けれど今は、それがはっきりと痛みに変わっていた。
――あの人といると、歌いたくなるのに。
ソウの顔が浮かぶ。
思い出した瞬間、胸が締めつけられた。
*
戦場では、戦いがさらに激しくなる。
セイヤの能力が広がり、空気が歪む。
見えない圧力が、記憶を押し潰していく。
ルイだけが、その異変に気づいていた。
(……やっぱりか)
軽くため息をつく。
そして、わざとらしく笑った。
「ねぇセイヤ。最近、やりすぎじゃない?」
セイヤが静かに振り返る。
「何のことでしょう」
穏やかな声。
だが目だけが冷たい。
その瞬間、二人の間に見えない火花が散った。
*
戦闘が終わり、両組織は距離を取る。
誰もが疲弊し、言葉を失っていた。
ソウは拳を握りしめる。
「……なんでだよ」
戦えば戦うほど、胸が痛む。
敵のはずなのに。
戦う理由が、わからなくなっていく。
遠くで、マナの歌が再び響く。
その旋律が、歪んだ夜をわずかに震わせた。
だが同時に、空の奥で黒い影が膨らんでいく。
巨大な虚無獣の気配。
それは、誰かの感情が限界に近づいている証だった。
夜の帳が、さらに深くなる。
物語は、もう引き返せない場所へと進み始めていた。




