第4話 真実の影
夜の帳が降りる直前。
タジは一人、街外れの屋上に立っていた。
遠くでマナの歌声が響いている。
透き通った旋律。
けれどどこか、足りない。
「……あの子の歌、こんなだったか?」
独り言のように呟く。
胸の奥がざわつく。
理由はわからない。
だが――。
歌を聞くたびに、忘れている何かが指先から零れ落ちていくような感覚があった。
背後で足音が止まる。
「タジ、何してるの」
振り返ると、ソウが立っていた。
「少し考え事だ。……お前こそ、顔色が悪いぞ」
ソウは言葉に詰まる。
昼間の出来事が頭から離れなかった。
マナの笑顔。
婚約者がいると告げたときの、揺れる瞳。
「……なあ、タジ」
「なんだ」
「敵ってさ、本当に“敵”なのかな」
その問いに、タジはすぐには答えなかった。
長い沈黙。
やがて、低く言葉を落とす。
「……俺にも、わからん」
だが、その表情はどこか苦しげだった。
*
その頃。
別の場所で、セイヤは静かに歩いていた。
表情は穏やかなまま。
だが心の奥では、激しい感情が渦巻いている。
――どうして。
――どうして、また彼なんですか。
ポケットの中で、あの写真がくしゃりと音を立てる。
五年前。
本来なら、マナとソウが結ばれるはずだった日。
祝福の準備。
笑顔。
そして、自分だけが取り残された感覚。
その記憶が、断片的に浮かび上がる。
「……あなたは、私のもののはずだった」
小さな声。
誰にも聞こえないほどの囁き。
次の瞬間、空気が揺らいだ。
能力が静かに広がる。
記憶の奥へ、見えない指が伸びていく。
*
夜。
虚無獣の気配が強まっていた。
守護団が現場へ急行すると、そこには既に別の組織の姿があった。
リョウコとアキト。
そして、少し遅れて現れるソウたち。
空気が張り詰める。
以前よりも、敵意が強い。
それはセイヤの改ざんが、静かに影響を広げている証でもあった。
「……来たのね」
リョウコが静かに構える。
アキトは苛立ちを隠さない。
「今度こそ、決着つけてやるよ」
その言葉に、ソウの胸がわずかに痛む。
理由はわからない。
ただ、争いたくないという感覚だけが残る。
虚無獣が咆哮し、戦闘が始まった。
*
戦いの最中。
タジはふと、マナの歌声が遠くから響いてくるのを感じた。
その瞬間、視界が揺らぐ。
断片的な記憶。
笑い合う仲間たち。
同じ場所に立っているはずの、二つの組織の姿。
「……っ」
頭を押さえる。
そして、確信に近い感覚が胸に落ちた。
「……あの歌姫」
タジは低く呟く。
「……敵なんかじゃない」
だが、その言葉は誰にも届かなかった。
*
戦闘が一段落し、互いに距離を取る。
その場に重たい沈黙が落ちる。
ソウは、ふと空を見上げた。
歌声が胸に響く。
懐かしい。
苦しいほどに。
そして――。
タジがゆっくりと口を開いた。
「……ソウ」
「ん?」
「もしもだ。もしも……あの歌姫が、敵じゃなかったらどうする」
突然の問いに、ソウは目を見開く。
「……何言ってるんだよ」
「わからん。だが……俺の中で何かが引っかかってる」
その言葉は、戦場の空気をさらに揺らした。
遠くで、ルイが静かに笑う。
すべてを見透かしているような目。
「……やっと気づき始めたか」
小さく呟く。
その視線の先には、まだ何も知らないセイヤの背中があった。
夜の帳が、ゆっくりと深くなっていく。
真実は、もうすぐそこまで来ていた。




