第3話 揺らぐ旋律
夜。
赤い提灯が揺れるステージの上で、マナは歌っていた。
静かな旋律。
完璧な音程。
けれど、その歌にはどこか温度がなかった。
観客は魅了されている。
拍手も歓声も、確かにそこにある。
それでも――。
マナの胸の奥は、ずっと空っぽだった。
*
同じ頃、別の場所。
ソウは夜の帳の中で虚無獣と戦っていた。
剣を振るうたび、遠くから歌声が届く。
「……まただ」
耳に残る旋律。
初めて聞いたはずなのに、胸がざわめく。
「ソウ! 集中しろ!」
タジの声に、ソウははっと我に返る。
虚無獣が跳びかかる。
剣が光を裂き、影を払いのけた。
戦いは続く。
だがソウの意識の一部は、ずっとその歌声に引き寄せられていた。
*
ライブが終わる。
歓声の余韻の中、マナは静かに息を吐いた。
ステージ裏へ戻ると、リョウコが腕を組んで待っている。
「……ねぇ、マナ」
「なにかしら」
「あんた、最近ちょっと変わったわよね」
マナは目を瞬かせる。
「そうかしら」
「歌よ。少しだけ……昔に近い感じがした」
その言葉に、マナの胸がわずかに揺れた。
昔。
その響きに、説明できない寂しさが滲む。
「……気のせいよ」
そう言いながらも、自分でも否定しきれなかった。
*
翌日。
昼の中華街。
マナは無意識のうちに、あの路地へ足を向けていた。
そして、そこにソウがいた。
「……やっぱり、来たんだ」
ソウが少し照れたように笑う。
「偶然よ」
「うん。偶然ってことにしとこう」
軽い会話。
自然な距離。
マナの笑顔が、少しずつ増えていく。
歩きながら、他愛のない話を続ける二人。
ふと、マナが立ち止まった。
ショーウィンドウに映る、自分の姿。
――こんな顔、久しぶり。
穏やかで、どこか柔らかい表情。
「……どうしたの?」
「なんでもないわ。ただ……」
言葉が続かない。
ソウの隣にいると、胸の奥が温かくなる。
理由はわからない。
けれど、それが怖かった。
*
少し離れた場所。
人混みに紛れて、セイヤが二人を見つめていた。
無表情。
だが瞳の奥だけが、冷たく揺れている。
「……なるほど」
低く呟く。
ポケットから一枚の写真を取り出した。
色褪せた集合写真。
そこには、笑い合う仲間たちの姿がある。
中央で並ぶマナとソウ。
セイヤの指先が、写真の端を強く握りしめた。
くしゃり、と音がする。
「……ここまでしても」
声は穏やかなまま。
だが、その奥に抑えきれない感情が滲んでいた。
次の瞬間。
空気が微かに歪む。
見えない何かが、静かに書き換えられていく。
*
夕方。
マナとソウは橋の上で足を止めていた。
風が吹き、提灯が揺れる。
「……君といるとさ」
ソウがぽつりと言う。
「なんか……懐かしいんだよね」
マナの胸が、強く脈打った。
「わたしも……」
言葉にしてしまった瞬間、胸の奥がきしむ。
頭の中に、断片的な光景が浮かぶ。
笑い声。
重なる手。
歌声。
――でも、思い出せない。
マナは思わず目を伏せた。
「……ごめんなさい」
「え?」
「わたし、婚約者がいるの」
空気が止まる。
ソウは一瞬だけ目を見開き、それから静かに笑った。
「……そっか」
無理に作ったような笑顔。
それでも、目は優しいままだった。
「でもさ、君が笑ってるなら、それでいい」
その言葉に、マナの胸が締めつけられる。
涙が、こぼれそうになる。
*
夜。
ステージに立つマナの歌は、わずかに揺れていた。
旋律の奥に、感情の欠片が滲む。
それを聞きながら、ソウは遠くで剣を握る。
「……この歌……」
懐かしい。
痛いほどに。
だが理由はわからない。
同じ空の下で、セイヤは静かに目を閉じた。
「……まだ、足りませんね」
低い声。
夜の帳が、さらに深く広がっていく。
旋律は揺らぎ始めた。
止まっていたはずの何かが、確かに動き出していた。




