#6 いにしえの時代
シグリッドの服問題(物理)をなんとか解決するため、俺は路地裏で上着を貸した後、ふと疑問に思ったことを尋ねた。
「そういえばシグリッド。お前、冒険者ライセンスは持ってるのか?」
「はい! 誇らしきFランクであります!」
「俺と同じだな。冒険者になってどのくらいなんだ?」
「もう半年になります! でも、依頼書を持つと緊張して紙を燃やしちゃうので、上がりたくても上がれないんです!」
彼女は胸を張って答えた。
「元気に言うな」
俺は思わずツッコミを入れた。
なんというポンコツだ。
依頼書を燃やす冒険者なんて、ギルドからすればただの放火魔である。
「いいか、シグリッド。冒険者のランクを上げるには、依頼をこなすのが一番だ。採取、護衛、雑用……色んな依頼があるが、一番手っ取り早くて上がりやすいのは『討伐』だ」
「討伐、ですか?」
「ああ。ギルドの規定だと、難しい依頼をこなせばこなすほど、一気にランクが上がる。飛び級だって可能らしい」
「なるほど! さすがアイナル様、博識ですね!」
「……いや、さっき受付のお姉さんに聞いたばかりだけどな」
俺たちは再びギルドの酒場に戻り、掲示板の前に立った。
先ほどのアルザス無双のおかげで、他の冒険者たちは露骨に道を空けてくれる。
張り出された依頼書の中から、俺は一枚の紙に目を留めた。
【依頼:凶悪盗賊団『牙の森』の壊滅】
【報酬:三百万エドル】
「三百万エドル……破格の報酬だな」
俺が手を伸ばしてその紙を剥がそうとすると、シグリッドが慌てて止めた。
「あ、アイナル様! それは難しい依頼ですよ!」
「どうして? ただの盗賊だろ?」
「見てください。他の依頼書は紙が新しいですけど、これは端がボロボロに風化してます。何回も画鋲で張り直された跡もある……つまり、それだけ成功者がいなくて、ずっと放置されてるってことです!」
「……なるほど。まあ、俺にはそういう方がいい」
俺はニヤリと笑い、依頼書を剥がし取った。
どうせやるなら、一番デカいヤマを狙う。その方が知名度も上がるし、経験値にもなる。
それが俺の国作りの第一歩だ。
カウンターに依頼書を持っていくと、受付嬢が目を丸くした。
「あ、さっき実技試験に合格したアイナル様ですね。早速依頼ですね……えっ、この依頼!?」
彼女の顔が青ざめる。
「高ランクのパーティーでも避けるような、とても難しい依頼ですよ!? 相手は数十人の武装集団です。いくらアイナル様の護衛が強くても……」
「構わない。俺が受注する」
「わ、わかりました。くれぐれも気をつけてくださいね」
無事に手続きを終え、ギルドを出る。
隣ではシグリッドが両手を握りしめてキラキラした目を向けていた。
「さすがアイナル様ですね! 迷いなく最難関の依頼を選ぶなんて、英雄の器です!」
俺たちは街を出て、依頼書に記された目的地──『牙の森』がいる森林地帯へと足を踏み入れた。
鬱蒼と茂る木々。昼間だというのに薄暗く、じめじめとした空気が肌にまとわりつく。
シグリッドが、道すがら集めた情報を説明してくれた。
「この森は、かつて滅びた小国があった場所なんです。盗賊団は、その廃墟と化した城を住処にしているらしくて……」
「城の廃墟か」
「はい。足場の悪い森に囲まれたこの場所は、まさに天然の要塞。かつての国の遺構が、そのまま凶悪な罠として機能しているそうです。誰にも落とせないとされた『不落の堅城』ですよ」
「なるほどな。なら、こっちも手駒を増やしておくか」
俺は立ち止まり、右手を突き出した。
魔力は回復し、また次のガチャが引ける状態だ。
「え? 手駒って……」
「来いッ! 先祖ガチャ!」
俺の呼びかけに応じ、空間が歪む。
現れたのは、まばゆい光を放つ『金色の扉』だった。
「ひゃあっ!? と、扉が空中に!?」
「驚くな。俺の血統スキルは、先祖を全盛期の姿で召喚する能力なんだ──」
シグリッドに制限や扉のことなども説明すると、彼女は口をアワアワ動かして動揺している。
「なんですかその反則スキル!? 強すぎますよ!」
重々しい音を立てて、金色の扉が開く。
中から現れたのは、見慣れない装束を纏った青年だった。
「……ん? ここが現代か」
青年はキョロキョロと周囲の森を見回し、それから俺に視線を向けた。
歳は二十代前半くらい。
黒髪を短く刈り込み、やけに身体にフィットした黒い服を着ている。
そして何より目を引くのは、彼が背中に背負っている『武器』だ。
剣のようだが、刀身が分厚く、柄の部分には複雑な管や歯車のようなものがゴチャゴチャと付いている。
「呼び出してくれてありがとう。よろしくな、子孫」
「あ、はい。俺はアイナルです。その、随分と見たことのない服と武器ですね」
俺が尋ねると、青年は気さくに笑った。
「この服は『レザージャケット』って言うんだ。そしてこの武器は『魔砲剣』。機械でできているんだぜ。ああ、申し遅れた。俺はサブロウ=サモンドール」
ジャケ……キカイ……?
聞いたこともない単語に、俺が首を傾げていると。
「──さ、サブロウ=サモンドール様ぁぁ!?」
隣でシグリッドが、鼓膜が破れそうなほどの金切り声を上げた。
「声出すな! 敵に見つかるだろ!」
俺は慌てて彼女の口を両手で塞いだ。
だが、シグリッドの興奮は収まらない。俺の手を振りほどき、鼻息を荒くしてサブロウに詰め寄る。
「知ってるのか、シグリッド?」
「もちろん! 謎に包まれた伝説上の人物ですよ! 偉業は残されているのに、その記録は断片的……まさかご本人に会えるなんて!」
「へえ、よく知ってるな」
「サモンドール家の人物は、ほとんど記憶しております!」
ふんすっと胸を張るシグリッド。
すげえオタクだ。
「ははは、照れるなあ」
サブロウは後頭部を掻きながら無邪気に笑っている。
その飄々とした態度は、とても謎に包まれた伝説の人物には見えない。
「そんなミステリアスな人物には見えないけどな」
「人柄の問題じゃありません! 古すぎる故に、記録が残っていないんですよ!」
「どういうことだ?」
「彼は新世暦ではなく……『旧世暦』の人物なんです!」
旧世暦。
その言葉を聞いて、俺もハッとした。
現在は新世暦1555年。
それより遥か昔……数千年から数万年前の時代を『旧世暦』と呼ぶ。
時代が移り変わる際、一度世界は滅びていると言われており、当時の記録はほとんど残っていない。
なぜ時代が変わったのか、世界が滅びた理由も不明のままだ。
だが、旧世暦は『非常に高度な文明を持っていた』とだけ伝えられている。
「へえ、今は時代が移り変わっているんだな」
サブロウは森の木々を見上げながら、感慨深げに呟いた。
「冥界からお前たちのことを見てたけどさ。飛行船も、車も、陸地を移動させる反重力駆動装置もないようだし……随分と文明が落ちてしまったんだな」
「す、すごい……! どれも発掘されておらず、文献でしか残されていない遺物ですよ!」
サブロウの口から飛び出す異常な単語の数々に、シグリッドの目が血走っていく。
「はっ!? もしかして、旧世暦の人物なら、歴史に埋もれた事実がわかるのでは!? 旧世暦の生き証人なんて、超・超・超重要な歴史的資料ですよ!!」
「お、おう……?」
「あああっ、凄いです! サモンドール家の秘密が今ここに!!」
ボッ!
シグリッドの肩から、文字通り火が出た。
興奮が頂点に達し、体温が急上昇して血統スキルが暴走し始めたのだ。
「熱っ!? おいバカ、服が燃えてるぞ!」
「歴史の真実を前に、私の心も体もバーニングですぅぅ!」
「脱ぐな! ていうか森を燃やす気か!」
俺が慌てて上着で火を消そうとドタバタしていると。
「──誰だ、そこで騒いでる奴は!」
草むらがガサリと揺れ、周囲から殺気が膨れ上がった。
現れたのは、野性的な毛皮の服を着た、汚らしい男たち。
手にはクロスボウや、毒の塗られた短剣が握られている。
「あぁ? 誰だこのガキどもは。まさか冒険者か?」
「身ぐるみ剥いで、女は慰み者にしてやるよ!」
『牙の森』の盗賊団。
どうやら、俺たちの騒ぎを聞きつけて囲まれてしまったらしい。
だが、俺に焦りはなかった。
「よし、行くか」
■サブロウ=サモンドール
血統スキル:霊体召喚
レアリティ:金(SR)
生没年:旧世暦3649年〜3779年(享年130歳)
生涯:当時世界最大規模であった『空中都市』を拠点とするサモンドール家の三男として誕生。
某極秘研究機関に所属するバトルエージェントの一員として、各地の紛争に介入し数々の武功を挙げた。
彼の霊体召喚は機械兵器に疑似的な魂を降ろし、自律機動させるという特殊な使われ方をされ、戦士としてだけでなく科学者としても多大な貢献を果たした。
晩年は完全な人工知能を搭載した人型兵器の開発に成功するなど、テクノロジーの粋を極めたが、生涯独身を貫き妻子は持たなかった。
彼が没した後の旧世暦がいつまで続いたのか、そしてなぜ高度な文明が滅んだのかは、現在でも歴史の大きな謎となっている。




