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#5 燃える少女

 冒険者ギルドを出て、俺たちはバルトランの大通りを歩いていた。

 ライセンスは無事に発行された。これで俺も正式な冒険者だ。まあ、Fランクのドベなんだが。

 隣を歩くアルザスは、相変わらず手ぶらで、散歩中の好々爺にしか見えない。だが、すれ違う冒険者たちは皆、俺達を見て道を譲っていく。

 先ほどの騒ぎは、もう街中に広まっているらしい。


「ふぁぁ……さて、そろそろ戻って二度寝でもしたいところじゃが」

「すみません、付き合わせちゃって」

「よいよい。久々に身体も動かせたしな」


 そんな会話をしていた、その時だ。


「おい、逃げるんじゃねえ!」

「待てよコラァ!」

「きゃあ! 離してください! わ、わざとじゃないんですぅ!」


 前方の雑踏で、怒声と悲鳴が聞こえた。

 見ると、ピンク色の髪をした少女が、数人の男たちに囲まれている。

 男の一人が、少女の腕を乱暴に掴んでいた。


「……揉め事か?」

「みたいですね」


 少女は必死に抵抗しているが、か弱い力では振りほどけないようだ。

 俺は眉をひそめた。さすがに、街中で女性に暴力を振るうのを見過ごすわけにはいかない。


「アルザスさん、頼みます!」

「あいよ」


 アルザスは短く答えると、音もなく地面を蹴った。

 次の瞬間には、男たちの間に割って入っている。


「ぬんっ」


 掛け声とともに放たれたのは、目にも止まらぬ高速の掌底。

 男たちは何が起きたのか分からないまま、鞠のように宙を舞い、石畳に転がった。


「ぐえぇ……ッ!?」

「な、なんだこの爺さんは……!」


 あっという間の出来事だった。

 アルザスは道着の裾を直しながら、ふぅと息を吐く。


「……む。そろそろ時間じゃな」


 見ると、アルザスの身体が足元から光の粒子になり始めていた。

 召喚のリミットだ。


「えっ、もうですか?」

「うむ。まあ、この程度なら坊主一人でもなんとかなろう。また会えたらよろしく頼むぞ」


 アルザスはニカっと笑うと、完全に光となって消滅した。

 残されたのは、気絶した男たちと、呆然と立ち尽くす少女。


「大丈夫か?」


 俺が声をかけると、少女はハッと我に返り、口をパクパクさせた。


「い、今の……召喚スキル、ですよね!?」


 少女が勢いよく俺に詰め寄ってくる。

 近くで見ると、ふわふわとしたピンク色のミディアムヘアに、宝石のような赤い瞳が印象的だ。年齢は俺と同じくらいだろうか。


「あのスキル! 光になって消える演出! 間違いありません、サモンドール家の召喚スキルですよね! うわぁぁ、生で見られるなんて!」

「え、あ、うん。そうだけど……」

「やっぱり! あ、自己紹介が遅れました!」


 彼女は早口でまくし立てると、ビシッと姿勢を正した。


「私はシグリッド=アンナローズ! 代々、偉大なるサモンドール家に仕えていた家系の者であります!」

「家臣の家系?」

「はい! サモンドールの人間に会えるなんて夢みたいです! あの、お願いです!」


 ズザァーッ! っと、シグリッドは、往来の真ん中で見事な土下座をかました。


「私を、あなたの従者にしてください!!」

「はぁ!?」


 いきなりの展開に、周囲の通行人が足を止めてヒソヒソと話し始める。

 これは目立つ。非常にまずい。


「お、おい、やめろよ! 顔を上げてくれ!」


 俺は慌てて彼女の肩を掴み、立たせようとした。


「あっつッ!?」


 触れた瞬間、火傷しそうなほどの熱が伝わってきた。

 慌てて手を離す。なんだこれ、人間か?


「あ、失礼しました! 私、興奮すると体温が急上昇して体がアツくなる血統スキルを持ってるんです!」

「なんだそのスキル!?」

「放っておくと服も燃えてしまうので、脱いで冷却を──」


 言うが早いか、シグリッドは自分のシャツのボタンに手をかけた。


「着替えますね!」

「待て待て待てェェッ!!」


 俺は全力で彼女の腕を掴み、阻止した。

 この子、正気か!? 街のど真ん中だぞ!


「人目があるから! とりあえずこっちだ!」

「え? あ、はい~」


 俺はシグリッドを引きずり、近くの路地裏へと駆け込んだ。


「ふぅ……涼しい……」


 路地裏の日陰で、シグリッドは上着をはだけさせていた。

 白い肌がほんのりと赤く上気し、湯気を上げている。

 すでに服の端が少し焦げ、溶けかかっていた。

 なんという燃費の悪い、いや、服に厳しいスキルだ。目にも毒だ……すごい着痩せするんだな。


「服、溶けてるぞ……」

「あはは、いつものことですから。それより、改めてお願いします! 私を従者にしてください!」


 半裸になりながら、シグリッドは再び頭を下げた。

 その瞳は真剣そのものだ。

 だが、俺は苦笑して首を振る。


「気持ちは嬉しいけど……俺はサモンドール家を破門された身だ。もう公爵家の人間じゃない」

「え……」

「ただの追放者だよ。給料も払えないし、従者を雇う余裕なんてない」


 自虐気味に笑う俺に、シグリッドはキョトンとし、それから「ふふっ」と笑った。


「奇遇ですね。実は、私もなんです」

「え?」

「私も、家を追い出されたんです。昔から能力の扱いが下手で、いつも怒られてばかりで……」


 彼女は焦げた服の裾をつまんだ。


「まあ、感情が高ぶって実家を全焼させて、家宝とか全部燃やしたのが一番の理由でしょうけど」

「……それは追い出されて当然だと思うぞ」


 思ったより妥当な理由だった。家と家宝を全焼て。


「待てよ? もしかして、さっき男たちに囲まれてたのも……」

「あ、はい。あれは屋台の人たちです」

「えっ」

「私が商品を触ったら、興奮して全部燃やしちゃったので……すごく怒ってました」


 俺は頭を抱えた。

 悪党に絡まれてたんじゃない。正当な理由で詰められてただけだ。

 悪いことしたな。あとで被害者の人たちに謝りに行こう。


「私、昔からドジで、何の役にも立たなくて」


 シグリッドは懐から一冊の本を取り出した。

 表紙はボロボロに擦り切れ、何度も何度も読み返された形跡がある。

 タイトルには『サモンドール家の歴史』と書かれていた。


「でも、この本に書かれている英雄たちが大好きだったんです。そんな偉大な方々に仕えていた家系に生まれたのが、私にとって唯一の誇りでした」


 彼女は本をギュッと抱きしめる。


「だから、自分もいつか……サモンドール家の召喚士様に仕えるのが夢だったんです。あなたを見た時、運命だと思いました」


 真っ直ぐな視線。

 その瞳には、一点の曇りもない忠誠心が宿っていた。


「…………」


 真剣な話だ。心打たれる話だ。

 だが──


「……あのさ、シグリッド」

「はい!」

「真剣な顔するのはいいけど……半裸だから全然話が入ってこない」


 今にもはち切れそうな胸元が気になって仕方がない。

 俺は溜息をつくと、自分の上着を脱いで彼女に被せた。


「あ、ありがとうございます……えへへ」

「しょうがないな……」


 彼女は上着を羽織り、期待に満ちた目で俺を見上げてくる。


「やっぱり、ダメですか……?」

「……従者にはしない」


 シグリッドの耳が、しゅん、と垂れ下がった気がした。


「そんな……やっぱり私みたいな落ちこぼれじゃ……」

「違う」


 俺は彼女の言葉を遮った。


「従者じゃなくて──仲間ならいいぞ」

「え?」

「俺も落ちこぼれの追放者だ。主従なんて柄じゃない。俺とお前は対等だ。それでもいいなら……ついてこいよ」


 俺が手を差し出すと、シグリッドはポカンと口を開け、それから──ぱあっと、花が咲くように顔を輝かせた。


「はいっ!!」


 彼女は俺の手を両手で握りしめ、ブンブンと振った。


「やりましたぁ! 仲間! パートナー! うふふ、これからよろしくお願いしますね、アイナル様!」

「様はやめろって……あと、また体温上がってないか?」

「あ、燃えちゃう! いただいた服が燃えちゃいますぅ!」


 こうして、俺の国作りパーティーに、とびきり騒がしい仲間が加わったのだった。

■アルザス=サモンドール

血統スキル:生体召喚

レアリティ:銀(R)

生没年:新世暦1220年〜1298年(享年78歳)

生涯:サモンドール家144代当主の次男。

生まれつき魔力が極端に少なく、召喚士としては三流以下とされた落ちこぼれだった。

しかし彼は諦めず、召喚獣に頼らず、己の肉体の一部を最強の召喚獣にするという独自の境地を開拓。

山に籠もり、熊や魔獣と素手で殴り合う修行を50年続け、ついに召喚術による身体強化と格闘術を融合させた召喚拳を編み出す。

晩年、村を襲った竜を、武器も持たず素手の一撃で粉砕した逸話は伝説となっている。

生涯独身を貫き、武の道を極めることだけに一生を捧げた求道者。

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