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#3 確率のお話

 黄金に輝く二つの扉。

 そこから現れたのは、対照的な二人の男女だった。

 左の扉からは、漆黒の外套を纏った黒髪の青年。

 歳は俺と変わらないくらい──二十歳前後だろうか。

 整った顔立ちだが、その瞳には歴戦の戦士のような鋭い光が宿っている。

 右の扉からは、純白のドレスに身を包んだ金髪の髪の女性。

 こちらは二十代半ばほどの、慈愛に満ちた美女だ。

 手には優雅な扇を持ち、キョトンと自分の手を見つめている。


「まさか、もう召喚されるとはな……む、その気配は」


 黒髪の青年が、隣の女性に気づいて目を見開いた。


「ミラン……ミランじゃないか!」

「えっ……その声……嘘、ミレンお兄様!?」


 女性──ミランと呼ばれた人が、扇を取り落として青年に駆け寄った。

 そのまま躊躇なく、彼の胸に飛び込む。


「お兄様っ! ああ、お兄様……! 会いたかった、ずっと会いたかったぁぁ……っ!!」

「お、おいミラン。離れろ、苦しいって! 子孫の前だぞ! ていうか、なんか雰囲気違うな。それが全盛期の姿か?」


 青年──ミレンは困惑しながらも、泣きじゃくる妹の背中を優しく叩いている。


「私はあれから百年近く生きたのですもの! ひ孫まで抱いたんですからね! でも、こうしてまたお兄様の温もりに触れられるなんて……ッ!」

「百年!? お前、そんなに生きたのか。そっか。俺の分まで、よく頑張ったな」


 感動の再会……なのか?

 どうやら兄妹らしい。しかも会話から察するに、兄は若くして死に、妹は長寿を全うしたようだ。それが全盛期の姿で再会している。

 俺は無知ゆえに二人を知らないが、きっと素晴らしい功績を残されたご先祖様なんだろう。

 しかし、もう二人同時に召喚できるなんて……これが進化?


「……おい、無視してんじゃねえぞコラァ!!」


 空気を読まない怒号が、感動の場面をぶち壊した。

 ナイフを持った男たちが、痺れを切らしてジリジリと距離を詰めてくる。


「何だか知らねえが、召喚スキルってことはサモンドール家の人間か!?」

「チッ、貴族のボンボンが調子に乗るなよ! 俺たちだってスキル持ちだ!」


 男たちが斧や剣を振り上げ、ミランに向かって走り出した。

 だが、ミランは扇で口元を隠し不敵に笑うだけ。

 身を守る素振りすら見せない。


「女だ! まずはそっちからやれぇ!」

「あ、危ないッ!」


 俺が叫ぼうとした、その時だ。


「ミランに指一本触れさせるかよ」


 風を切る音すら置き去りにして、ミレンが消えた。

 次の瞬間、ミランに飛びかかった男たちの動きがピタリと止まる。


「あ?」


 男たちが間の抜けた声を上げた時には、ミレンは既に彼らの背後に立っていた。

 その手には、いつの間にか一振りの剣が握られている。


「俺の宝剣コレクションを見せるまでもないな」


 ミレンが剣を鞘に納めた、その直後──五十人はいたはずの盗賊団全員が、糸の切れた人形のように崩れ落ちた。

 一瞬だ。瞬きする間に全員の急所を峰打ちで叩き、気絶させたのだ。


「これで片付いたな」

「す、すげぇ……」


 俺が呆然としていると、ミランがパチパチと拍手をした。


「さすがはお兄様。その剣術がまた見れるなんて……100年以上生きましたけど、結局お兄様以上の剣士は見ませんでしたよ」

「ふん。雑魚相手に本気を出すわけにはいかんだろ」


 ミレンは軽く肩を回すと、空を見上げた。

 廃墟の空は、既に夕闇に包まれ始めている。


「暗くなってきたし、今日はここで寝るとするか。おい大将、それでいいか?」

「えっ、あ、はい! でも、こんな瓦礫の山じゃ……」

「問題ない。少し退かすぞ」


 ミレンが手を振るうと、空中に身の丈の数倍はあろう超巨大な槌が出現した。

 彼はそれを軽々と操り、邪魔な瓦礫を一撃で粉砕し、更地へと変えていく。

 あっという間に、城が建てられそうなほどの綺麗な広場が出来上がった。


「ありがとうお兄様。助かりましたわ」

「おう。後は頼んだぞ、ミラン」


 ミランは優雅に一礼すると、目を閉じ、ゆっくりと両手をかざした。

 ふわり、と柔らかな光の粒子が舞い上がる。


「あの、彼女は何を……?」

「シーッ」


 俺が尋ねようとすると、ミレンが人差し指を口に当てた。


「静かに。集中を乱すなよ」


 光が集束し、何もない空間に巨大な輪郭を描き始める。

 柱が立ち、壁が生まれ、屋根が架かる。

 まるで早送りの映像を見ているかのように、一軒の立派な屋敷が具現化していく。


「嘘だろ……家が出てきた!? 」


 驚く俺に、ミレンが小声で解説を入れてくれた。


「通常、木材や石材を召喚するのは比較的簡単だ。雑多な木や石をイメージするだけでいいからな。だが、構造物となると話は別だ」

「構造物……?」

「ああ。少しでも油断すると崩れて、均一じゃない角材になる。曲がったり、歪んでいたりな。だから普通の物質召喚士は、素材だけ出して大工に組ませるのがセオリーだ。腕のいい奴でも、せいぜい椅子や机が限界だろう」


 ミレンの視線は、妹の背中に釘付けになっている。


「だが、家となると次元が違う。外観、床、家具、装飾品の一個一個……全てを脳内で完璧に設計し、緻密に組み立てなきゃならん。釘一本の位置すら狂わせられないんだ。一つでも意識が逸れれば、即座に崩壊する」

「それを、一瞬で……?」

()()し、()()する──まさに規格外だ。あいつは物質召喚の天才だよ」


 完成した屋敷の中に入ると、そこは別世界だった。

 広々としたリビングには高級なソファが並び、暖炉には火が灯っている。

 キッチンに行くと、なんと新鮮な食材まで揃っていた。


「さあ、召し上がれ」


 ミランが手早く料理を作ってくれた。

 温かいスープと、焼きたてのパン。

 久々のまともな食事に、俺は涙が出そうになりながら貪り食った。


「美味しいです……!」

「ふふ、良かったわ。さて、食事のついでに少しお勉強しましょうか」


 ミランは紅茶を飲みながら、羊皮紙を広げた。

 そこに書かれていたのは、【先祖ガチャ】の排出率リストだった。


「まずは銀色の扉。これは約2回に1回(55パーセント)出るわ。歴史に名を残すほどではないけれど、全員が一級品の召喚スキルを持つ熟練者たちね」

「半分は銀色か。頼もしいですね」

「次に金色の扉。私たちのような存在ね。これは約3回に1回(40パーセント)。歴史に名を刻む召喚スキルを持ち、一人で国を作れたり、また滅ぼすこともできるわ」

「3回に1回も!? ていうか、国を作れるレベルがそんなに出るんですか?」


 俺の驚きに、ミレンが苦笑する。


「サモンドール家に愚将なし──だが、上には上がいる」

「フフッ、見て」


 ミランが指差したのは、リストの一番上だ。


「次は虹色の扉。これは約20回に1回(5パーセント)。サモンドール家だけでなく、人類誰もが知るような真の英雄たちよ。一人で世界を創り、また滅ぼすことも出来る」

「虹色……そんな英雄を呼び出せるのか」


 俺はふと疑問に思った。

 ミレンもミランも十分すぎるほど凄いのに、なぜ虹色じゃないんだろう?


「お二人は虹色じゃないんですか? 十分伝説級だと思うんですけど……」

「ふふ、買いかぶりすぎよ。私たちなんてまだまだだわ」


 ミランは笑いながら首を振った。


「私は建造物を作るくらいだけど、あるお方は一瞬で国そのものを作るわ。文字通り、地図を書き換えるレベルよ」

「俺だって、命と引き換えに数万の軍勢を止めた程度だ。あるお方は、一人で軍勢を無傷で殲滅したとか。次元が違う」


 マジかよ。

 そんな化け物が、20回に1回も出るのか。


「そして……実は虹色の上があるの」

「えっ、まだ上が!?」

「ええ。そのお方のみが出てくる扉。今はまだ不可能に近い確率だけど、召喚を重ねて強くなれば、確率を変えることもできる。いつかお会いできるかもね」


 虹色の上──『???』と書かれている扉には、約1000万回に(0.00001)1回(パーセント)と書かれている。

 想像もつかないが、いつか会ってみたい。

 俺の胸が高鳴る。


「国を作るといっても、まず何をすればいいか分からないな……」

「焦る必要はないさ」


 ミレンが優しく俺の頭を撫でた。


「まずは世界を見てくるといい。自分の目で見て、何が必要かを知るんだ。それが王への第一歩だ」

「はい……! 俺、頑張ります!」


 満腹感と安心感で、急激に眠気が襲ってきた。

 ふかふかのベッドに潜り込むと、泥のように意識が沈んでいく。

 眠る俺を見守りながら、ミレンとミランは顔を見合わせた。


「いい子ね、あの子」

「ああ。末恐ろしい才能だ。俺たちの悲願、あいつなら叶えられるかもしれん」


 二人は微笑み合うと、手をつないだ。

 その身体が、光の粒子となって溶けていく。

 静寂だけが残った屋敷で、俺は久々に安らかな眠りについたのだった。

■ミレン=サモンドール

血統スキル:物質召喚

レアリティ:金(SR)

生没年:新世暦771年〜789年(享年18歳)

生涯:かつて大陸全土を巻き込んだ大陸戦争の英雄。

当時18歳という若さながら、撤退する味方を逃がすため、たった一人で殿を務めた。

あらゆる伝説の武器を召喚し、尽きることのない剣や槍の雨を降らせ、一人で数万の敵軍を三日三晩足止めした末、立ったまま絶命したと伝えられている。

その死に様は敵軍からも敬意を払われ、彼の死後、戦場には武器で作られた墓標が立てられた。

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