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#2 王国へ

「──それでエイシェさん。召喚スキルについてだけど」

「ねえ、アイナル。いつまでその堅苦しい喋り方を続けるつもり?」


 王都から少し離れた街道沿い。

 エイシェ……さんは、ふと足を止めて振り返った。

 俺の歩幅に合わせてゆっくり歩いていた彼女は、不満げに頬を膨らませている。


「えっ? いや、だって高名な高祖母様ですし……」

「ブッブー。その呼び方も禁止。お婆ちゃん扱いしたら許さないわよ?」

「じゃ、じゃあ……エイシェさん?」

「さんもいらないわ。ただのエイシェでいいの。私たちは血の繋がった家族でしょ?」


 家族──その言葉が、追放されて冷え切っていた胸に温かく響く。

 家族からゴミ扱いされ続けてきた俺にとって、それは何よりも欲しかった言葉だった。


「わ、わかったよ……エイシェ」

「よろしい。それで、さっきの話の続きだけど……本当に何も教わっていないの?」


 俺がおずおずと頷くと、エイシェは深いため息をついた。

 サモンドール家に伝わる召喚術の基礎。

 本来なら、物心がつく頃に叩き込まれるはずの知識だ。


「まともな教育は受けさせてくれなかったんだ。俺に教えるのは時間の無駄だって、父上が……」

「……そう。あの馬鹿曾孫、後で正座させて説教ね」


 エイシェは俺の頭に手を伸ばし、優しく撫でた。

 子供扱いされているみたいで少し恥ずかしいけど、その掌はとても温かい。


「いいわ、私が教えてあげる。サモンドール流の召喚術には、大きく分けて三つの系統があるの」


 彼女は指を三本立てて説明を始めた。


 一つ目は【生体召喚サモン・アニマ】。

 魔獣や幻獣、あるいは人間など、生きた肉体を持つものを呼び出し、使役する術。

 俺の姉上、『百獣の女王』ミリアが得意とするのがこれだ。


 二つ目は【霊体召喚サモン・スピリット】。

 死霊や英霊、精霊など、実体を持たない魂を呼び出す術。

 物理攻撃が効かない霊体を操る、長兄ガリウスの十八番だ。


 三つ目は【物質召喚サモン・マテリアル】。

 武器や防具、建物、あるいはゴーレムのような無機物を呼び出す術。

 父上が得意とする、戦争やインフラ整備に不可欠な力だ。


「普通はね、この三つのどれかに才能が偏るの。どれか一つを極めるだけでも天才と呼ばれるわ」

「……なるほど。言われてみれば、兄上も姉上も専門が決まってた」

「でも、あなたの【先祖ガチャ】は違う」


 エイシェは俺の顔を覗き込むようにして、真剣な眼差しを向けた。

 ガチャ……聞き慣れない言葉だ。


「生きた生体(アニマ)を持ち、過去の英霊(スピリット)であり、全盛期の装備(マテリアル)を持って現れる。あなたは、本来なら別々の才能が必要な三つの系統すべてを統合しているのよ」


 俺は驚いて自分の手を見つめた。

 ただの『ハズレ』だと思っていた力が、そんなデタラメな代物だったなんて。


「そんなのあり得るの……?」

「歴史上でも稀よ。でも、代償としてあなたは『狙ったもの』を召喚できない。あなたが召喚できるのは『扉』だけ。そこからどの先祖が出るかは運任せ」

「扉召喚……確かに、俺が呼んだのはエイシェじゃなくて、あの扉だった」

「ええ。それに今のあなたの魔力だと、召喚時間は持って一時間ってところかしら」


 一時間か。意外と短い。

 世界を支配するには短すぎる。


「試しにもう一度呼んでみて」


 言われて俺は魔力を練るが……扉は出てこない。

 スカスカと魔力が抜けていく感覚だけがある。


「あれ? 出ない」

「やっぱりね。まだスキルが進化したばかりで不安定だから、同時に呼べるのは一人までみたい。私が戻らないと、次は呼べないわ」


 なるほど。パーティー枠が一つしかないってことか。

 ちょっと不便だなと顔に出たのか、エイシェはクスクスと笑った。


「焦らないの。使えば使うほど器は広がるわ。いずれは大軍勢だって呼べるようになるから」


 そう言って、彼女は街道の先を指差した。


「まずは拠点が必要ね。グランフレア王国へ行きましょう?」

「王国って……ここから近いのか?」

「ええ。公国の隣にあるわ」


 道中、エイシェは公国と王国の関係について教えてくれた。

 かつて魔王を倒し、世界を救ったエイシェを他国に取られたくなかった当時の国王は、自分の息子を彼女に婿入りさせた。

 そして王家の血縁として『公爵』の位を与え、半独立国として統治させたのがサモンドール公国の始まりらしい。


「形式上は王国に従っているけれど、法律も税制も私たちが決める。実力も権限も王国に匹敵する、特別な自治区よ」


 エイシェの瞳が、懐かしむように細められる。


「花が咲き誇り、子供たちの笑顔が絶えない……それはそれは美しい国よ。私の自慢の故郷だわ」


 楽しそうに語る彼女を見ていると、俺までなんだか誇らしい気持ちになってくる。

 エイシェがそこまで言うなら、きっと素晴らしい場所なのだろう。

 やがて、街道の先に石造りの巨大な門が見えてきた。

 かつての大国の威厳を感じさせる、立派な凱旋門だ。


「……あ、そろそろ時間みたい」


 エイシェの体が、ふわりと光の粒子になり始めた。

 一時間のタイムリミットだ。


「えっ、もう!? ま、まだ何も……」

「大丈夫よ。あなたはもう一人じゃない。困った時は、また扉を開きなさい。次はもっと頼りになる人が出るかもしれないしね?」


 彼女は悪戯っぽくウインクすると、俺の背中をポンと押した。


「行ってらっしゃい、アイナル。私の愛した国を見てきて」


 光となって消えていくエイシェ。

 残された俺は、期待と不安を胸に、王国の門をくぐった。

 そこには、美しい街並みが広がっているはずだ。

 花が咲き、人々が笑い合う楽園が──


「…………は?」


 目の前の光景に、俺は絶句した。

 花? どこに?

 あるのは崩れ落ちた建物の残骸と、風化した瓦礫の山だけ。

 笑顔? どこに?

 人っ子一人いない。聞こえるのは風の音と、乾いた砂が舞う音だけだ。


「嘘だろ……?」


 スラム街ですらない。

 ここは、死んだ街だ。

 屋根は抜け落ち、大通りはひび割れ、かつて商店だったであろう場所には雑草が生い茂っている。

 エイシェが語っていた美しい国は、見る影もなく滅び去っていた。


「なんだよ、これ……エイシェの言ってた国は、もう存在しないのかよ……」


 呆然と立ち尽くす。

 王国グランフレアは、地図から消えていたのだ。

 俺は墓場に来てしまったらしい。エイシェ……知ったら悲しかっただろうな。

 ゾクリ、と背筋が寒くなる。

 人の気配がないはずの廃墟から、無数の視線を感じたからだ。


「……ヒャハハ! 見ろよ、久々のカモだぜ」

「こんな廃墟に、随分と上等な服を着たお坊ちゃんが迷い込んだもんだ」


 瓦礫の影、崩れた建物の二階、路地の奥。

 次々と人影が現れた。

 薄汚れた革鎧を纏い、錆びた剣や斧を手にした男たち。

 その数は三人や四人ではない。

 十……二十……いや、五十人はいるか。


「盗賊団……ッ!?」

「ようこそ、『旧王都』へ。ここは俺達の縄張りでねえ」


 リーダー格と思われる大男が、ニヤニヤと笑いながら鉄棒を肩に担いで近づいてくる。

 完全に包囲された。

 この廃墟を根城にする盗賊団だ。

 しかもかなり大規模だぞ。


「金目のもんは全部置いていけ……抵抗するなら、その綺麗な顔がミンチになるだけだぜぇ?」

「ひっ……!」


 俺は反射的に後ずさるが、背後にもすでに盗賊たちが回り込んでいる。

 逃げ場はない。


「や、やめろ……! 俺はサモンドール家の……っ」


 家の名前を出そうとして、虚しくなる。

 滅びた国の廃墟で、追放された家の名前に何の意味がある?

 ここでは力が全てだ。暴力だけがルールだ。


「あァン? 何ブツブツ言ってやがる。おい、やっちまえ!」

「ヒャハハハハ! いくぜオラァ!」


 男たちが一斉に襲いかかってくる。

 殺気と怒号の嵐──あ、死ぬ。

 こんな誰もいない廃墟で、誰にも知られずに殺される。


(ふざけんな……! 俺はまだ、何も成し遂げてないんだぞ……!)


 屋敷を追い出され、ようやく自由になれたのに。

 ここで終わってたまるか。

 俺は、俺の国を作るんだろ!?


「……助っ人が要るッ!!」


 俺は震える手で、残った魔力を全て注ぎ込んだ。

 誰でもいい。この絶望的な状況をひっくり返せる、最強の先祖が出てきてくれ!


「誰か……来いッ!!」

「あァ? 何叫んでやがる、往生際が悪いぞ!」


 男が斧を振り上げた、その瞬間。


「よし、召喚しよう……って、あれ!?」


 空間が激しく歪み、金色の扉が再び出現する──だが、その扉は二枚現れた。

 二つの扉が同時に開き、中から圧倒的なプレッシャーを纏った人影が出現する。

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