【短編】記憶を失っていても
氷雨そら先生、キムラましゅろう先生のシークレットベビー企画開催作品です( ´艸`)
第2弾
侍女が持って来てくれたお茶を飲んだ瞬間、酩酊するような感覚に襲われた。侍女が駆け寄ることはなく、見知らぬ白いローブを纏った者たちが部屋に入り込んできた。
(殺される……っ)
「これで──に運び込めば、任務は完遂する。急げ」
こんなことになるのなら、もっとアーデルヘイムに好きだと伝えておけば良かった。だって国の命令で私を押しつけられて、王都ではなく辺境の地に追いやられることになったのだもの。
恨まれて当然。
王家に忠誠を誓った国の剣だから。
お飾りの妻にも、義務的な責任を果たそうとしてくれた。
それが嫌で、苦しくて、腹立たしくて。
貴方に辛く当たってしまった。
ごめんなさい。
貴方だけは私のことを、王女でも、聖女でもなく、見てくれていると思っていたから──。
もっと一緒に居たいと強請れば、もっと素直になっていたら、貴方は昔のように笑ってくれた?
記憶と共に薄れていく中で、後悔ばかりが積もっていく。
アーデルヘイム。
私の騎士様。
***
「姫、もしなにか危険が起こったら真っ先に逃げること。そして集合場所は私と出会ったあの場所にしましょう」
夢を見る。
幼い頃の私と、傅く若い騎士。
木々の隙間から温かい木漏れ日が差し込んできた。
「わかったわ。約束よ。────」
淡い色合いの世界。
白いオルレアの花が一面咲き誇る。
私たちは白銀に煌めく木々の下で約束と取り交わす。何度も夢を見る。
まるで忘れるなと言うかのよう。
(私は何者だったのかしら……)
そう心の中で呟いても、答えてくれる人はいなかった。
***
グリオス国国境付近の孤児院。
そこに私たち親子は住み込みで働いている。現在いるシスターたちは高齢ばかりで、私が子どもたちや家事などの手伝いを引き受けている状態だ。
「お母さん! お花!」
「まあ、可愛い白い花ね。どこで見つけてきたのかしら?」
可愛らしい娘は金髪に、紫色の瞳を持った可愛い子だ。泥だらけになりながらも元気いっぱいに、森の中を歩き回る娘のハリエットはもう6歳になる。
私は7年前にアンギュロスの森付近で倒れていた所を、オズワルド神父に助けられたらしい。その前後の記憶は殆どなく、ハリエットが誰の子なのか、そして私が何者なのかも覚えていなかった。
『グリオス国の隣にあるガラジオス王国が何やらきな臭くてね。君のような亡命する人も増えている。あの国が落ち着く……いや記憶が戻るまでここに居て構わないよ。家事などの人でも足りなくてね。手伝ってくれると助かる』
そう言ってオズワルド神父が迎え入れてくれて、慣れない家事をこなしている間に妊娠が発覚。記憶が戻らないまま娘のハリエットを生んで、6年の月日が経つ。
一度、この森に囲まれた場所から街に出かけようとしたが、私がいると森が迷宮化してしまい、王都はもちろん隣の町や村に行くことが出来ない。
隣国のガラジオス王国は内戦の雰囲気があるとかで、国境を越えるのが難しいとか。
(この7年、森に囲まれた生活に慣れてしまった……)
時々、不思議な夢を見ることや何か思い出せそうな事があるけれど、そのたびに倒れてしまい数日寝込むことが続いた。
だから気付いたら思い出さないように心に蓋をしていた。ハリエットを心配させないためにも、無理して思い出すのはよくない。
気付けばそう思うようになっていた。
(私にはハリエットが何不自由なく暮らせるようにすること。まずはそのことを第一に考えないと。そのためにも新しい言語の文字の書き方なんかはそろそろ覚えさせないとだめよね……?)
ふと自分の時はどうだったか。私は孤児院にある本をほとんど読むことができる。少なくとも三カ国語は問題ない。これがこの国の基準だったか。思い返そうにも記憶は霧散してしまう。
(でも賢いほうが将来的に選択肢が増えるもの!)
「お母さん! あのね、あのね。ここから少し離れた場所に白い花が沢山咲いていて、あとお母さんに見せたいものがあるの!」
「なにかしら?」
「白銀色にきらきらした木があるの!」
「白銀色?」
白銀。なぜかその胸に響く。
ざわつく感覚に戸惑いながらも、娘を不安にさせないように微笑む。
「そうね、見てみたいわ」
「うん!」
「二人だけでは危ないので、私もついて行きましょう」
私たちの話を聞いていたオズワルド神父が声を掛けてきた。7年前と変わらず、若々しい姿で、石榴のような瞳を私たちに向けてくる。いつも穏やかで人当たりが良い神父様なのだが、今日に限ってはどこか強引な雰囲気があった。
(私の気のせい?)
「お母さん、日が暮れる前に行こう!」
「え、ええ」
***
鬱蒼とした森の獣道を歩きながら突き進むと、開けた場所に辿り着く。
さあ、と白い小さな花が咲き誇り、その中央に白銀の大樹が微かに光を帯びている。モミの木に似ているが、木々や枝に至るまで白銀に染まって発光しているように見えた。蛍火のように周囲が光り輝いてとても綺麗だ。
幻想的な光景。
それなのに、なぜか覚えがある。
(この光景を私は、誰かとみたことがある? 誰と?)
「ね。凄く綺麗でしょう!」
「え、ええ……」
「素晴らしい。魔力の根源となる世界樹の亜種がこんな所にあるだなんて!」
「!?」
その場で大はしゃぎして大声を出したのはオズワルド神父だった。まるでこの大樹を熟知し、求めていたかのようだ。
「オズワルド神父?」
「神父様?」
「いえいえ。長年探していたものが、こんな近くにあったなんて……。ああ、これでやっと、やっと」
ザッ、と森の中から甲冑を着た騎士風の人たちが姿を見せる。その尋常とは思えない数と雰囲気に、咄嗟にハリエットを抱きかかえた。
「お母さん……?」
「今まで匿っていた甲斐がありましたよ」
「なにを……?」
「まさか貴女ではなく、娘が見つけてくださるとは……奇跡の樹木、その枝一つからも凄まじい魔導具や杖が作れる!!」
今さらながらに何かとんでもない失態を犯した気がした。逃げようとした瞬間、視界がぐにゃりと歪み、痛みが走る。
「痛っ」
「お母さん!? お母さん!!」
騎士たちが近づき、私とハリエットに手が伸びる。
なぜかこの手に捕まってはいけない気がした。頭にノイズが走るも、瞬時に身体が動く。
(前にも、誰かに……っ)
ハリエットを抱えて駆け出そうとして足が動かず、その場に倒れ込んでしまう。なんとかハリエットを庇って背中から倒れたが、騎士たちの手から逃れる術はない。
「ハリエット、あなただけでも」
「お母さん、私走れるよ、一緒に、お母さん!」
(せめてこの子だけは──っ、誰か)
誰か。
ふと脳裏に誰かの姿が過るが、名前が出てこない。思い出せそうなのに、喉まで出かかっているのに──。
「ハリエット、逃げなさい!」
バサッ、とケープコートが揺れる音がハッキリと聞こえた。
空から人が降って来たかのよう。
真っ黒なケープコートを羽織った漆黒の甲冑姿の騎士が視界に入り込む。白銀の長い髪がなびき、白い花びらが舞い散る。
轟ッ!!
一閃、斬撃によって騎士たちが軽々と吹き飛ぶ。圧倒的な力を前に私は娘を力一杯抱きしめる。吹き飛んだ騎士たちは花畑や木々に叩きつけられて気絶。
オズワルド神父は見たことない鋭い視線を騎士に向けていた。
「何者ですか?」
「グリオス人、ここは我らガラジオス王国の領域だ。狼藉を働こうとするのなら、問答無用で蹴散らし、捕縛する」
オズワルド神父は両手を挙げて降参のポーズを見せる。
「申し訳ありません。そこの親子を回収させていただければ早々に撤退します」
「……」
黒衣の騎士はオズワルド神父の言葉に、手にしていた剣を下ろした。彼は私たち親子を助けたわけではなく、国境を越えたから実力行使に出ただけだったのだろう。私たちを保護することや、守ろうとしたように見えたのは勘違いなのだ。
「お母さん……、私が見たいって……いったから……ごめんなさい」
「ハリエットのせいじゃないわ」
この子だけはどうにかして守らなければ。奇跡の樹木がなんなのか覚えていない。それでもハリエットだけは──。
「黒衣の騎士様。この子は奇跡の樹木を見分ける力を持っています。どうか、この子だけでも保護を!」
「お母さん?」
「な、なにを……!?」
「!?」
黒衣の騎士の指先がピクリと動き、ゆっくりと私に向き直る。その瞳は美しいアメジスト色をしていた。瞳に輝きが宿る。
ふとどこかで見たこのある色をしていた。凄く身近で。でも遠い昔、似た色を見た。あれは──。
「……宝石のような瞳?」
「……っ、その声、その瞳は……まさか、シェシュティナ様!?」
黒衣の騎士様は身を翻して、すぐさま駆け寄る。そして片膝を突き傅いた。
「え、あ」
「髪色は違うが、金色の瞳、耳のほくろ。間違いない。シェシュティナ様だ」
(シェシュティナ? ……この人は私のことを知っている!?)
固まっている私とは違って、腕の中で身じろぎするハリエットは騎士様を見つめる。ふとハリエットの瞳の色が騎士様と同じだという事に衝撃を覚えた。そしてそれは騎士様も同じだったようだ。
「この子は……まさか」
(もしかしてガラジオス王国特有の瞳の色? 私はガラジオス王国人? この子の父親の親戚とか?)
「騎士殿、彼女はラチェルという平民の女性ですよ。そのような高貴な方では──」
「シェシュティナ様、失礼します」
「え、きゃ!?」
「わぁ!」
私とハリエットを片腕で抱きかかえると、筒状の物を空に向かって放つ。瞬時に信号弾が花火を炸裂させた。数分も経たずに、大狼に騎乗した漆黒騎士たちが姿を見せる。
その中でも灰褐色の大狼が私たちの前に現れて、私とハリエットを見返す。数秒後、私もハリエットも鼻先を押しつけられて、べろりと舐めてきた。
「ぐるるるる」
(こ、これは受け入れられている? それとも今夜の晩ご飯ってこと?)
ハリエットはキャッキャッと喜んで大狼の鼻先を撫で返していた。娘が肝が据わっている。絶対に大物になるわ。間違いない。
私たちが大狼と触れ合っている間にオズワルド神父たちは音もなく撤退していた。
「団長、緊急招集の理由は──」
「そのモミの木は奇跡の樹木なのだろう。ひとまずここに拠点を作り、グリオス国から樹木を死守するように。その間に教会に連絡を入れて対応する」
「「「ハッ!!」」」
部下の騎士と思われる方々に命じ、私たちは黒衣の騎士様に抱き上げられたまま、ガラジオス王国騎士団に保護された。
***
ガラジオス王国辺境領。
団長と呼ばれる騎士はアーデルヘイム様というらしい。国境から1時間ほどの場所に天然の要塞城があった。どこか見覚えのあるような、けれど都合良く記憶が戻ることはなかった。
しかし城の人々は私を見るなり、目に涙を浮かべていて困惑してしまう。私とハリエットは温かいお湯に浸かり、着替えをして豪華な客間に通された。お風呂から上がった後、ハリエットは疲れてしまったのか眠ってしまったので、部屋で休ませてもらうことに。
(怖い思いをさせてしまった。今後に悪い影響を与えないように、しっかりフォローしないと)
アーデルヘイム様、執事長と思われる初老の男性と向き合う形でソファに座った。贅沢品の紅茶や菓子を出してもらい、歓待ぶりに困惑してしまう。
(この方たちは……私のことを知っている……感じよね?)
「シェシュティナ様がこんな近くに……。ここから消えたのは、俺を捨てたからではなかったのか?」
「ぶっ!?」
あまりに直球な問いかけに、飲みかけていた紅茶を吹き出しそうになった。
「す、すて!?」
「旦那様、些か話が性急すぎるかと」
「しかし、シェシュティナ様を娶ったのも半ば強引な形を取った。表向き功績と王家との繋がりを強固にする印象を与えるため政略結婚と公表を先にしたこと。プロポーズの前に結婚が決定し、準備や結婚式も他の貴族連中に横やりを入れないためにすっ飛ばした。そのうえ初夜ではがっついて一週間は──」
「旦那様。落ち着いてください」
あまりにも情報量が多すぎてパンクしそうになる。話を聞いても他人事のようにしか思えず、人違いではないかと疑ってしまう。
「あ、あの……」
「俺が遠征に行っている間にいなくなった。置き手紙もなく、だ」
聞けば聞くほど情報量が多く、当時の私、シェシュティナ王女が、どうしてそのようなことを考えていたのか本当に謎だ。
「私は……その」
「もしや」
(あ、記憶がないって気付いてくれた!?)
「記憶を失ったフリをして、別人だと嘘を貫くつもりか? それほどまでに……俺と過ごすのは嫌か?」
「!?」
グッと前屈みに近づこうとして、執事長に止められていた。どうしてこんなにもぐいぐい来るのだろうか。なんだか大型犬に懐かれたような気分だ。
「ぐるる」
(あ、本物の犬……って子狼?)
ペタペタと灰褐色の狼たちが部屋に入ってきて、私の膝やソファに座りだらんとしている。
(なにこのモフモフな状況!? しかも子狼が可愛い!)
天国と地獄。モフモフと鋭い圧。
この要塞では狼は放し飼いのようだ。大丈夫なのだろうか。しかし狼は犬のように大人しいし、甘えてくる。
「おい、ロズ、ティー。俺の妻に馴れ馴れしいぞ。あ? お前と違って拒否されていないからいい……だと!?」
(ひゃああ!)
雷を落としたような怒鳴り声に、思わず子狼に抱きつく。ソレを見てアーデルヘイム様はますます不機嫌になってしまった。
「旦那様。奥様が怯えております」
「……っ、すまない」
「あ。あの……大変申し訳ないのですが、7年以上前の記憶がないのは本当です。……グリオス国の国境付近で倒れていたところをオズワルド神父様に助けていただいたそうでして……」
「あの娘は? あの神父の子どもではない──だろう?」
「は、はい」
圧がすごい。
「その、保護されたときには身ごもっていた……と」
「であれば、旦那様の子どもの可能性が高いですね。というかそれしかありませんでしょう。あの紫色の瞳はこの国でも旦那様のみの特別な色」
「特別?」
「そんなことも忘れてしまったか?」
どこか自嘲気味にアーデルヘイム様は呟いた。先ほど記憶がないと言ったのだけれど、それとは別で紫の瞳になにかあるのだろうか。
「不吉の象徴であり、死神と同じ瞳の色だという。それで恐れる者が多い。……貴女も……そう受け取るか?」
宝石のように輝くアメジスト色の双眸が私を捉える。
「いいえ。宝石のアメジストのように綺麗だわ。娘は少しスミレ色に近いけれど騎士様はヴァイオレットのように少し濃いのですね」
「──っ」
無愛想だったアーデルヘイム様が一瞬で顔が真っ赤になった。熱があるのかというほど真っ赤になるので、ビックリしてしまう。
(男の人が真っ赤になる姿を初めて見たかも?)
「貴女という人は……無自覚でそういうことをいうから……」
ごにょごにょと呟いている姿がなんだか可愛らしく見えてしまった。これが意外性というやつだろうか。なんだか私まで恥ずかしくなってしまう。
「ひとまずシェシュティナ様が本物かどうかは、教会の司祭が来られればすぐに分かります。それまでは城の中で生活をしていただければと」
「あ、あの……シェシュティナ、という人物についてまったく思い出せないのです。どのような人だったのか……教えて貰えないでしょうか?」
シェシュティナ・オルグレン第三王女。
奇跡の樹木の愛し子として、教会の慈善活動に参加して、国中に奇跡の樹木の種を芽吹かせた聖女。
金色の髪に、黄金の瞳。とても美しく、誰にでも心優しい女性だったという。そして辺境伯であり、狼騎士団長アーデルヘイム様に降嫁した。
つまり眼前にいる人が夫という。
(うん、ぜったいに私ではないわ。そんな高尚な考えなんてまるでないもの。ハリエットの幸せしか考えていないし……)
そもそも王女という柄ではないと思う。やっぱり他人のそら似では?
そう思っていたのだが──。
「シェシュティナ様で間違いありませんね。奇跡の樹木の種が芽吹かせています」
(嘘!?)
違うと思っていたのに、司祭様が曇りない眼で言い切った。しかも実際に奇跡の樹木の種に触れたら、芽が出たのだ。そんなにすぐ出るものかと驚いていたら、普通は触れてもこうはならないらしい。
(つまり、本当に私がシェシュティナ? 実感がないわ)
「あの、ですが髪の色は違うのでは?」
「恐らく出産や諸々環境の変化によるストレスでしょう」
「き、記憶を失ったのは?」
「精神的な抑圧、あるいは頭に衝撃があったのではないでしょうか」
私がどんなに否定しようとも、私には記憶がないからニセモノかどうかなんて分からない。周囲は司祭の言葉で完全に私が元第三王女だと確信したようだ。使用人や騎士たちから生暖かい視線がヒシヒシと感じられる。
娘のハリエットは、アッサリとこの状況を受け入れていた。「ご飯美味しい」とか「綺麗なおようふく」とか「おふとんふかふか」など精神力が強すぎる。お母さんのほうが受け入れられないのに、凄すぎる。
「お母さん、私のお父さんって騎士様だったのね!」
「そうみたい……」
「元気ないの。なでなでする」
「まあ、嬉しいわ」
娘に慰められるなんて大人失格な気がするが、撫でられると中々に心地よい。子狼たちが「さあ、撫でろ!」と引っ付いてくる理由がなんとなく分かった気がする。
「ハリエット、俺にも……仕事で疲れているので、頼めないだろうか」
「お父さんも苦労しているの?」
「ああ。絶賛癒しが必要なんだ」
「しょうがないですね! 特別です」
そう言ってソファの上に立ち上がり、夫のアーデルヘイム様の頭をなで始めた。本当に私の娘は以下略。
(私だけ受け入れずにいる。……でもそれは私に記憶がないから、私が本当にシェシュティナだと自信がない)
私自身の存在が不安で、常に薄氷の上を歩いているような感覚に陥る。周囲の表現、証は全てシェシュティナという存在が私だと指し示していた。でも私にはその実感がない。
(そもそもどうして私は記憶を失ったのかしら?)
***
二週間後。
ガラジオス王国とグリオス国との関係が分かってきた。まず奇跡の樹木だと気付くことが出来る人間は、魔力量が多い感知タイプか、聖女候補及び聖女のみだという。
アーデルヘイム様は感知タイプで薄らと分かる程度だとか。
そしてグリオス国は奇跡の樹木から魔導具や、強力な杖を作り出すための材料として入手を考えている。しかし奇跡の樹木の木を伐採すると、その場所を中心とした魔素が枯渇し、森は枯れて荒れ地や荒野になるという。
奇跡の樹木はその土地にとっての恵みの象徴であり、豊穣をもたらす。自然に折れた枝や、葉からでも十分に魔導具や杖として使えるらしいが、グリオス国は大量生産して地図を書き換えようと目論んでいるらしい。
そういった経緯もあり国境付近の辺境領には、独自の騎士団を持つ権限をもち、奇跡の樹木の番人として神獣を祖に持つ狼と共にこの地を守っている。
奇跡の樹木。その種を芽吹かせるのは波長があった人間のみであり、人と奇跡の樹木を結び付ける存在らしい。それを聖女あるいは聖人と呼ぶ。
(それが私……って、嘘だと思いたい……)
ここでの暮らしはとても素晴らしく、生活水準がぐぐっと上がった。
アーデルヘイム様の圧は相変わらずで、政務と見回り以外は私と娘との時間を捻出し、歩み寄ろうとしてくれている。それがヒシヒシと伝わってきているのに、私は自分のことが思い出せないことに焦っていた。
どうして思い出せないのか。自分が何者なのか確信が持てない今の状態はとても苦しい。
(アーデルヘイム様は圧が凄いけれど、妻として接しようとしてくださる。娘ともコミュニケーションをとっているし……。私だけが現状を受け入れきれずに困惑して足踏みしてしまっている)
前に進みたい。
それなのに一歩踏み出したら足場が崩れて、自分が消えてしまいそうなそんな不安でいっぱいになる。
気分転換にと中庭に出ると、かすみ草が咲き誇っていた。とっても可愛らしくて、口元がほころんだ。私の傍には子狼たちが付いて回る。そんなところも微笑ましい。ハリエットは大狼と一緒に昼寝を満喫しているようで、のびのびと過ごしていた。
(そろそろ私も踏み出さないと……いつまでも宙ぶらりんじゃ駄目だわ)
「そんなに不安なのなら忘れたままで、新しい人生を歩き出せば良いのではないでしょうか?」
「!?」
振り返ると、見知らぬ衛兵が佇んでいた。目を見開いて石榴色に輝いていることに背筋が凍り付く。
「(あの瞳の色は……まさか)オズワルド神父?」
「ええ、その通りですよ」
どうやってここまで来たのか。少なくとも衛兵や騎士団が常駐している中をかいくぐって来ているのだ。
「貴女は忘れてしまっているでしょうが、この牢獄から連れ出したのは私ですから」
「え」
「そしてそろそろ薬が切れる頃かと思い、参上した次第です」
「薬?」
そう聞き返した瞬間、立ちくらみがしてその場に膝を突いてしまう。酩酊状態に近い感覚に頭がぐわんぐわんとなって立ち上がることも出来ない。
「まったく媚薬や洗脳状態にするために薬を飲ませているのに、記憶を失うだけというのは……やはり聖女だから、あるいはそういう特別な体質なのでしょかね」
「なにを……」
とんでもない情報がさらりと出てくる。
「この7年。あの森から貴女をグリオス国王都に連れて行こうとすると、森が迷宮化してしまう。森が貴女を守っているのか、仕方なく貴女自身がグリオス国の人間として、役立つように記憶を上書きする予定でした。私の手を取り、共にグリオス国をより豊かな国にする。そう思わせるため調合したのに、奇跡の樹木の事まで忘れてしまうのですから想定外でした。しかも記憶の上書きは失敗」
(記憶の上書き……)
「まあ、貴女の娘は奇跡の樹木を見つけることができるので、役にたちそうです」
「──っ!? ハリエットは渡さないわ!」
「では娘を巻き込まないために、貴女が私の手を取ってください。情報によると種を芽吹かせることは出来るようですし……。こちらもグリオス国の王家から睨まれていまして、そろそろ成果を出さないとけされてしまうのですよ」
オズワルド神父はペラペラと自分の内情を語る。そして語ることが多ければ多いほど、彼の手に持っている本が怪しく煌めく。
(あの本は……良くない気配がする)
「がるるる」
「邪魔な」
子狼たちが唸り声を上げて私の前に佇むが、オズワルド神父に蹴られてしまう。
「きゃん」
「やめっ……」
「それなら契約をしてください。生涯、グリオス国の役にたつと」
「──っ」
「貴女には同情しているのですよ。王女でありながら政治的な駒として扱われ、王都から国境付近の鳥かごのような場所で囚われた。憐れな生贄王女。それにあの死神に嫁がされた。だから私たちが救い出し、居場所を作って差し上げようと思ったのは本心からです」
「だから7年前に私を連れ出した……」
「ええ。貴女を解放するため。そして奇跡の樹木の力をグリオス国に提供することで、仕事依頼は完了しますからね」
オズワルド神父が舌を出すと、幾何学模様が見えた。
「これが契約です。貴女にもこれを施す予定でしたが、さすが聖女というべきか。本当に規格外で、こんなに時間を要するなんて想定外でした」
(それでも生かしたのは、ハリエットが私のような力に目覚めるかもしれないと思った。それと私の記憶の上書きの目処が立っていた?)
情報量が多くて、頭の痛みが増して考えが鈍る。
「……まさかあの場所で黒衣の騎士が現れたのも想定外でした。ラチェル。あんな死の象徴のような男の元に戻るよりも、ずっと素晴らしい生活を約束しましょう。窮屈を思わせない生活。もちろん、親子ともに安全と生活を保障しましょう」
誘惑の声は甘く、なぜか心地よく聞こえてしまう。頭の中がぐるぐるとして思考がまとまらない。
(私は……)
「私の手を取ってください。貴女の記憶は薬の影響で生涯戻ることはないでしょう。居心地が悪く、不安で心細い環境よりも、今までのような自由で親子の時間を大事にする生活のほうが良いのではないですか?」
王侯貴族という立場では今までの暮らしは出来ない。なによりハリエットに様々なことを背負わせてしまう。平民として生きてきたのに、それが大きく変わって困惑と拒絶をしないだろうか。不安は考えれば考えるほど膨らんでいく。
「貴女はラチェル。平民で、娘が一人いるだけの女性だ。あんな不浄の色を持つ者など貴女にふさわしくない」
「──っ!?」
脳裏にアーデルヘイム様とハリエットの姿がよぎった。
二人が不浄? 死の象徴?
そんなわけがない。沸々と怒りが沸き起こる。
昔、同じような言葉で彼を傷つけていた人たちがいたような気がする。
ただ外見が人と少し違うだけ。それだけで酷い言葉を投げかけていた。そんな理不尽が許せなかったし、腹がたった。その感情が今も私の身体を奮い立たせる。
「訂正して。娘も夫も、私にとって幸福の象徴よ!」
「……幸福、ですか」
自嘲気味な視線を向けた後で、両手を挙げて降参のポーズを見せた。バタバタと甲冑音と四足獣の足音が迫る。
「シェシュティナ様!」
「──っ! アーデルヘイム様」
アーデルヘイム様は真っ先に私を確保して当たり前のように腕の中に閉じこめる。彼の温もりに身体が弛緩して立っていられずに座り込みそうにった。
「失礼」
「あっ」
私を抱き上げて守ろうとしてくれる。なぜか泣きそうなほど胸が熱くなった。
もしかしたらシェシュティナは彼のことを──。
政略結婚ではなく、心から──。
「はあ、時間切れ……ですか。辺境伯、取引をしませんか。私たち情報集団を引き入れてくれるのなら、ガラジオス王国のために動きたい。心配なら誓約書も書こう。どうかな?」
オズワルド神父はあっさりとグリオス国を見限り、寝返る発言をした。抵抗もなく投降し、騎士たちによって牢屋に連行されていった。
私はアーデルヘイム様に抱きかかえられたままだ。
「部屋まで送る」
「はい……。すみませ」
「当然のことだ」
(この人はどうして私を好きになってくれたのだろう。記憶は薬でめちゃくちゃにされている可能性が高い。昔の事を思い出すことは今後出来ないとも言っていた。でも……)
不思議と、この人に抱きかかえられている感覚は心地よい。安心する。自然と身を委ねて、胸板に顔を埋めた。アーデルヘイム様はゆっくりと寝室に向かって歩き出す。
「──って、子狼が!」
「ああ、それなら治癒魔法を掛けているので大丈夫です」
「そう。……よかった」
蹴られた子狼たちは親狼たちによって、治癒魔法を使って回復させているのが見えた。さすが神獣。魔法を使えるって凄すぎる。
「アーデルヘイム様」
「はい」
「私、記憶が戻らないかもしれません……」
アーデルヘイム様はどう思うのだろう。
しかし彼の表情は固いままだ。
「それでも、貴女が生きて俺の傍から離れないのなら十分だ」
「貴方への気持ちは……正直分かりません。シェシュティナだったころも……思い出せないので……」
「それでも構いません。今は」
ぶっきら棒な言い回しだけれど、嫌っているわけでも面倒と思ってもない。呆れてもいなかった。
「最初から関係構築を……その」
「はい」
「私と恋をするところから始めても? お互いを知ることで……家族のようになりたいです」
「──っ!? いいのか?」
「はい」
「あとで後悔しても手放すことも、離すこともできない。それでも?」
なぜだか夢で見た記憶が過る。
白い花が咲き誇る場所で、誓ってくれた騎士。あれが以前の記憶なのか、それとも私の妄想なのか不明だ。
それでも眼前にいる人のことが気になってしまう。この人を一人にしておきたくない。傍に居たい。そう思う気持ちに嘘はない。
「……はい」
コツンと、額を合わせてアーデルヘイム様は微笑んだ。
「貴方が俺から逃げないのなら、恐れないのなら嬉しい。……まぁ、逃げても地の底まで追いかけるだろうが」
(本当にやりそう……)
そんな執着も悪くないと思う自分がいるから不思議だ。本当の夫婦に今からなれるだろうか。そう思いながら、アーデルヘイム様の温もりに甘えるのだった。
この後、改めて家族になるためとド派手な結婚式が開かれることになるを知るのはもう少し先の話だ。
勢いとノリと書いてみたくなったので作ってみました。おかしい。5000文字に抑える予定が……いやまあ、1万未満でしょ……1万文字超えました。はい。
彼目線を入れるとしたら2万声になるなぁと思ったり。。。
騎士と王女って書いてて楽しい( ´艸`)!こっちも連載したいなぁ、と思ったり。いやでも終わらせていないのが沢山あるのでσ(^◇^;)
お楽しみいただけたのなら何よりです(ㆁωㆁ*)
連載とか読みたいとかいただけると嬉しいです。
下記にある【☆☆☆☆☆】の評価・ブクマもありがとうございます。
感想・レビューも励みになります。ありがとうございます(ノ*>∀<)ノ♡
お読みいただきありがとうございます⸜(●˙꒳˙●)⸝!
新作/同じくシクベ企画ものです。
【短編】過去の私へ、夫の溺愛を甘く見てはいけません
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[日間]異世界〔恋愛〕 - 短編78 位




