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その令嬢、隠密なり〜白薔薇の公爵は黒薔薇の令嬢へ求愛する〜  作者: ぶるどっく


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第八話


ルシアにとってはいつもと変わらない朝の一幕。

しかし、今朝は何かが違っていることにルシアは気が付いていた。


「おはよう、シュバルツ嬢。

今日は良い天気ですね。」


「おはようございます、公爵閣下。

はい、良い天気ですね。

(……毎朝のことだけれど、なぜ天気の話題を毎朝確認するのかしら?

これは、ブランシュ公爵家の伝統……伝統なの??)


毎朝変わらずにルシアよりも先に食卓について待っているレオナルド。

毎朝同じように振られる天気の話題に、ルシアは公爵家の伝統なのかと内心は首を傾げていた。


「(うわー……今日も相変わらずキラキラと輝いてる。

うん、顔色も変化無し、肌艶も問題なし、体動の違和感も無し。

 今日の公爵は、健康状態に変化・異常はないわ。)」


朝の恒例と成りつつあるルシアによるレオナルドの健康状態の観察。


「どうぞ、シュバルツ嬢。」


「ありがとうございます、公爵閣下。

(公爵は国の重鎮の一人だもの。

その身に何かあっては一大事。

ノワールの一員として、公爵の健康状態の把握は重要よね。)」


笑顔の公爵がルシアのために椅子を引いてくれたことに感謝を告げる。



ルシアが公爵邸での朝食の席に着くと、テーブルにはいつものように豪華な食事が並んでいた。

パンの香ばしい匂いが食欲をそそるはずだが、ルシアの思考は別のことでいっぱいだった。


「(なんでしょう……?

今日はいつにも増して、公爵からの視線を感じますけど……)」


ルシアの感じた違和感。

それは、ルシアの目の前に座るレオナルドからのものだった。


「(今日は何か公爵との予定が入ってたかしら……?

えー……挨拶まわりとかは無かったはずだし……?

公爵から受けた指示を何か忘れてる……ことは無いはずだけど……?)」


向かいに座るレオナルド公爵が、やや熱心すぎる視線でこちらを見ているのだ。

その熱心な視線にルシアはわずかな居心地の悪さを感じていた。


「シュバルツ嬢、このハーブティーは公爵領で採れたものです。

リラックス効果があると言われているが、貴女の好みに合うといいのですが……。」


そんなルシアの気持ちを知ってか知らずか……。

レオナルドは、自身のカップを手に取りながら、ルシアの顔色を窺うように尋ねた。


「公爵閣下、お心遣いをありがとうございます。

とても美味しいと思います。

職務や勉学に集中するためにも、心身の健康維持は重要だと理解しております。」


ルシアは優雅にカップを傾け、笑顔で答えた。



「……気に入って頂けて何よりです。」


レオナルドは、ルシアの言葉に一瞬固まった。


ルシアの笑顔は完璧だったが、その言葉は彼の意図とは全く異なる方向へ飛んでいっている。

まるで、彼の純粋な好意が、透明な壁にぶつかって跳ね返されているようだった。


「シュバルツ嬢は、何か他に好きなものはありますか? 」


レオナルドは諦めずに、もう少し個人的な話題に踏み込もうとした。

どうにかして、ルシアと自分の間にある上司と部下のような会話を解除したかったのだ。


「恐縮です、公爵閣下。

私は好き嫌いなく何でも美味しく頂けます。

お気遣いだけ頂きたいと思います。

むしろ、公爵家の食事は実家よりも種類も豊富で美味しいです。

(本当に公爵家のご飯って美味しくて幸せだわ。

こんな贅沢をさせてもらったら、家に帰った時が怖いくらい。)」


ルシアは少し考えるそぶりを見せた後、きっぱりと答えた。

食べることは数少ない楽しみではある。

しかし、家に帰ることを考えると、ブランシュ公爵家の美味しいご飯に慣れすぎるとあとが怖いとも思っていた。


レオナルドは、手元にあったナイフがフォークにぶつかり、カチンと音を立てたのに気づかなかった。


レオナルドの心は、またしても別の意味で「カチン」と音を立てていたからだ。


「(何故だろう……?

率直に好みを知りたいだけなのだが、何故かはぐらかされているような……?

やはり、私は警戒されているのか?

職務の一環として受け答えされているような……。

頼むから、もう少し、こう、趣味趣向について教えて欲しいのだが……)」


何とかルシアの好みを知ろうと悪戦苦闘するレオナルド。

そんなレオナルドの隣で控えていたアストルが、わずかに口元を緩めるのが見えた。


「ところで、話は変わりますが……。

シュバルツ嬢、今日はお願いが有ります。」


「はい……?」



改まった様子のレオナルドから告げられた内容に、ルシアは目を瞬かせるのだった。




※※※※※※※※※※




レオナルドからルシアへのお願いごとは、思いがけないことだった。


「(私の時間をくださいとは、どういうことかしら?

今後のことを考えて頷きはしたけれど……私に何を求めているのか分からないわ。)」


改まった様子のレオナルドから告げられたのは、ルシアの時間が欲しいという内容だった。


ルシアが頷いた瞬間に、もとより輝いていた美貌を更に輝かせたレオナルド。

先に行って準備を整えておきます、と足取り軽やかに移動して行った。


「(えっと……サリィ?

公爵は浮かれた様子だったけれど、何かあったの?)」


「(そーですね……朝食にお好きなバケットが有ったからだと思います!

もー浮かれて飛び上がって、しばらく降りてこない雰囲気ですよねー。

……ぶっちゃけ、2度と降りてくんなって感じですけどね。)」


「(……朝食に好物が出ると機嫌が良くなるなんて、少し子供みたいな一面があるのね。)」


ルシアの矢羽根での問い掛けに、サリィは笑顔で答えた。

サリィの小さな呟きは、幸か不幸かルシアの耳には届かなかった。


「ルシア様、こちらで旦那様がお待ちです。」


「ありがとう、サリィ。」


ルシアがサリィに案内されたのは、公爵邸の一角にある豪華な服飾室だった。


「いや、そのデザインよりも……ああ、こちらの方が好みそうだ。」


服飾室に足を踏み入れると、レオナルドがデザイナーやお針子たちに囲まれ、何やら真剣な表情で指示を出している。


「(とても真剣なご様子だわ……。

何か大切なご用事みたいだけど、私はなぜ呼ばれたのかしら?)」


ルシアはレオナルドの真剣な横顔に首を傾げた。


レオナルドの真剣さと自分が服飾室に呼ばれた理由が繋がらず、さっぱり分からなかったからだ。


「シュバルツ嬢!

来てくれてありがとうございます。

さあ、こちらへ。」


「あ、はい。

あの、公爵閣下?

私は何をすれば宜しいのでしょうか?」


レオナルドは、ルシアが入って来たことに気が付くと笑顔で近寄って来た。


「シュバルツ嬢。」


そして、いつもより幾分か緊張した面持ちで口を開いた。


「シュバルツ嬢、今日は特別なドレスの作成を依頼するつもりです。

その……私の想い人へ贈るものです。

そのため、貴女の好みを、ぜひ聞かせてほしい。」


レオナルドの言葉に、ルシアは一瞬キョトンとなった。


「(んん?

なぜ特別なドレスを作るのに私の好みが必要なのでしょう?)」


レオナルドの意図が分からずに何故という疑問符が頭をよぎる。

しかし、にこやかに微笑むデザイナーやお針子達、レオナルドの様子に一つの直感が閃いた。


「(ああ!

デザイナーやお針子の方々にも意見を求めていたもの。

きっと、公爵の想い人へのプレゼント選びで、私も意見を求められているのね!)」


ルシアは合点がいったと深く頷いた。


公爵が自分のような仮初めの婚約者に、個人的な好みを尋ねてくるはずがない、とルシアは思った。


世間一般の婚約者同士、もしくは年若い魅力的な令嬢ならばいざ知らず。

平凡な外見の自分に公爵が個人的な趣味を尋ねるなど、ありえない話だ。


「私の好みが参考になるかは分かりませんが、お役に立てるならば幾らでも。

公爵閣下の想い人の方は、きっとお喜びになるでしょうね。」


ルシアは、満面の笑みで答えた。


公爵の恋愛成就のためならば、惜しみなく協力しようという、清々しいほどの親切心がそこにはあった。

彼女は、服飾室に並べられた美しい生地の見本や、デザイン画を興味深そうに見つめ始めた。


「私は普段、動きやすいシンプルな服を好みますが、貴族の嗜みとしては、やはり流行のデザインも大切ですよね?

例えば、この淡いローズピンクの色合いは、どんな女性にも似合いそうですし、可愛らしいフリルやレースも、今流行りですよね。」


「なるほど。

確かに、この淡い色合いはとても似合いそうですね。」


ルシアは、自分の好みである「落ち着いた色合い」や「シンプルなデザイン」を答えつつも、あくまで「世間一般の女性の好み」を代弁するような返答を続けた。


それは彼女なりの気遣いだった。


公爵の想い人がどんな女性かは知らないが、なるべく多くの女性に当てはまるような意見を言えば、選びやすいだろう、と。


「(……ん?

まさかとは思うが……シュバルツ嬢に私の言葉の意味が伝わってない……?

いや……流石にそれは無い、はずだ?)」


レオナルドは、ルシアの言葉にどこか噛み合わないものを感じ取った。


ルシアは自分の好みではなく、一般的な好みを答えている。

そのことに気づき、彼の心はキュンと音を立てて小さくなった。


しかし、ここで引き下がるわけにはいかない。

レオナルドは、ルシアの言葉の裏に隠された、彼女自身の無意識の好みを読み取ろうと必死だった。


「なるほど……フリルやレース、か。

では、この生地はどうだろう?

深みのある青は、夜空のようだと言われるが……」


レオナルドは、ルシアの瞳の色によく似た深い青の生地を指し示した。


それが純粋にルシアに似合うと思ったからだ。


それに、ルシアがほんの一瞬、この深い青の生地に目を奪われたことにレオナルドは気が付いていた。


「ええ、とても美しい青ですね。

年若い女性は好まないかもしれませんが、私は好きです。」


「私もこの深い青が一目見て気になっていたのです。

他のどの令嬢が好まずとも、貴女がこの青を好むと聞き、嬉しくなりました。」


レオナルドは、他の若い令嬢の好みではなく、ルシアがこの青が好きだという事実が嬉しいと率直に伝えた。


「ありがとうございます、公爵閣下。」


ルシアは単純に公爵が年若い令嬢とは違った好みを持つ自分をフォローしたに過ぎないと思っていた。


たが、レオナルドにとってはルシアが好む色を知ることが出来て嬉しかったのだ。

それゆえに、レオナルドはこの深い青の生地で作った特別なドレスをルシアへ贈ることを決めた。



結局、ルシアとレオナルドの会話はどこか噛み合わないまま終わることとなった。


しかし、レオナルド命な努力によって、フィッティングは進んだ。

ルシアは、公爵の「想い人」のために真剣に意見を述べ、公爵はルシアの無意識の反応を必死に読み取ろうとしたのだった。



「シュバルツ嬢、この深い青の生地で作ったドレスを私の想い人に贈ろうと思っています。

……気に入ってくれるといいのですが……」


公爵は、この「想い人」と「深い青の生地」という言葉が、ルシア自身を指すことを願っていた。

そして、彼女がそれに気づき、僅かでも喜びの表情を見せてくれることを、熱烈に期待していた。


しかし、ルシアは公爵の真剣な横顔を見て、彼の恋路を心から応援する気持ちを込めた。


「公爵閣下が選んでくれた贈り物を気に入らないはずがありませんもの。

公爵閣下のように素敵な方が、自分のことを想って悩んで選んだドレスですから。

私ならば、必ず喜ぶと思います。」


ルシアは、公爵の「想い人」が自分ではないという揺るぎない確信を持っていた。

それゆえに、何の疑問も抱かずに喜ぶと断言した。


むしろ、公爵の恋愛がうまくいくように、心から応援する気持ちでいっぱいだった。



……数日後、公爵邸での執務を終え、ルシアが自室に戻ると、そこには見覚えのある、豪華なドレスケースが置かれていた。


ドレスケースには、ブランシュ公爵家の紋章が誇らしげに刻まれている。


「あの……これは……?

(あれ……?

コレってあの時の……?

え?なんで、ここに?)」


どうして自分の部屋にあの時のドレスがあるのか?

頭が疑問符でいっぱいになったルシア。


侍女頭のマリーナが、恭しくルシアに告げた。


「ルシア様、旦那様からの贈り物でございます。」


「あら?マリーナ、お店の方が間違えてしまったのかしら?

だって、渡す相手を間違っているわ。

申し訳ないけど、内緒で訂正しておいてほしいの。公爵閣下の想い人の方に届けて差し上げて。

こんな高価なものを間違って受け取ってしまっては、かえって公爵閣下のお気持ちを損ねてしまうもの。」


ルシアは、真剣な顔でマリーナに耳打ちする。

公爵の想い人の邪魔をしてはならない、という父の教えが、彼女の脳裏にこだましていた。


「え……?

いや、これは旦那様からルシア様に直接お選びになったと、執事長から伺っておりますが……」


マリーナは慌ててルシアの勘違いを正そうとした。


「んん……?あら、マリーナ。

公爵閣下は服飾室で、あれは『想い人に贈る』って言っていたわ。

私は形式上の妻であって、決して公爵閣下の想い人ではないのよ?

そんなまさか、私に贈るはずがないわ。

きっと、公爵閣下のおっしゃった『想い人』が私だと、お店の人が早とちりしたのよ。

それとも、私の顔と名前を勘違いしたのかしら?」


ルシアは、自分の思考の完璧さに満足げに頷いた。


公爵のように才知溢れ、外見にも恵まれた男性が自分のようなチンチクリンを選ぶたろうか?

公爵が自分を「隠れ蓑」としか思っていないという確信が、彼女の推理に絶対的な自信を与えていた。


「………(きっと、このドレスを見れば好意に気付いていただけると、毎朝花を飛ばして登城されていた旦那様……。

残念ながらルシア様には1ミリも伝わっていませんわ。

このドレスは、旦那様がどれだけルシア様を思って選ばれたかを示す、渾身の一着だというのに……)」


マリーナは、はるか彼方を眺めるような目で、主人の前途多難さを痛感するのだった。

ルシアの天然な誤解の深さに、マリーナはため息しか出なかった。

公爵の真剣な想いは、ルシアの堅い「壁」によって完全に阻まれていた。

マリーナは、このままではいつまで経っても二人の距離は縮まらないだろうと、深い懸念を抱かずにはいられなかった……。



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