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その令嬢、隠密なり〜白薔薇の公爵は黒薔薇の令嬢へ求愛する〜  作者: ぶるどっく


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第七十七話



 一際美しい女の影に隠れるように、給仕をする可憐な少女がいた。


「おい!お前、可愛い顔をしているじゃないか!

 酒を運ぶよりも、コッチに来て酒を注げ!」


「はっはい!

 あ、あの……し、失礼します……」


「ほう……怯えた顔も可愛いじゃないか……!

 ふうむ……こんな辺境ではもったいない顔立ちをしているなぁ……?」


 無理やりに隣に引き寄せ、座らせた給仕の娘の顔を見詰めてニヤニヤと嗤う将校の一人。


「あ……お戯れを……お、お許しくださいませ……!」


「ふんっ!女は所詮は道具。

 男を喜ばせ、尽くし、子供を生む道具だ。

 道具に拒否権なんざない。

 第一、道具は喋れるわけがないだろう!」


「あっはっは!

 確かにそのとおりだなぁ!

 女は道具!道具は喋らん!」


「喋る道具など聞いたことがない!」


 周囲の将校達も道具は喋らないという言葉に同意して大笑いする。


「それにしても今日は酔いが早い気がするなぁ……」


「旨い酒というのは酔いやすいものだ!」


「確かにそうだな。

 ちょうどいい!

 娘、こっちに来い!

 今夜はお前を可愛がってやる!」


「…………」


 周囲が囃し立てる中、酔った将校は怯える娘の腕を無理やり掴んで天幕の外へと連れ出した。


「おらっ!さっさと入れっ!

 ひひっ……大人しく言うことを聞けば、お前も気持ちよくしてやるぞ。」


 そして、自分に割り当てられた天幕の中へと俯いた娘を押し込んだ将校は、下卑た笑みを浮かべていた。


 本陣とはいえ、野営用の固い寝台の上へと娘を投げた将校が、そな華奢な体へと伸し掛かろうとしたその時……


「ねぇ、将軍。女は道具だとおっしゃいましたね?

 ならば……戦の駒であるアンタの命もまた、使い潰される道具だよね?」


「あぎゃっっ?!

 だ、だりぇっ、ひぃっぐぶっっ」


「黙れよ、クソが。

 道具は喋らないんだろうが。」


 伸し掛かろうとした男の急所を蹴り上げた可憐な娘の仮面の下には、冷徹な隠密としての顔を隠していた少女、いや……少年。


「普段威張り散らしている上官が連れ込んだ小娘と悲惨な死に方をしたら……疑心暗鬼に駆られた兵達は何を思うだろうね?

 お互いに潰し合えば上々、少なくとも疑念の種は芽吹くだろうさ。」


 叫ぼうとした将校の口を、少年はその顎を再び蹴り上げて黙らせた。


「男でも女でも、心を惑わせる術は同じ。

 仮初の仮面を被り、甘い餌で地獄へ導くのが僕の仕事。

 ……この顔も、声も、所詮は仮面。

 けれど、ルウ姉さまの笑顔を守れるなら、何度でも被ってみせますよ。」


 給仕の少女に紛れていたフローリアンは、微笑を張り付けて逃げようとする将校へとどめを差したのだった。




※※※※※※※※※※




 一般兵士達のいる本陣の中でも一番簡易的な宴の会場。


「おーい!そこのアンタ!

 追加の酒を運んでくれっ!!」


「わかった」


「いやぁ、助かるよ!

 酒が好きな奴ばっかだからよ、誰も宴会を離れたがらねえんだ。

 まったく、酒は勝手に補充されないっつーのによ!」


「俺は酒が飲めないからな。

 腹を減らせば、もう一度うまい飯を食える。

 そのための運動さ。」


 給仕係の男に声を掛けられた草臥れた雰囲気の兵士の男は、気にするなと笑って答えた。


「よっこいせ。

 この酒樽一つで良いのか?」


「アンタ、細っこい割には力持ちだねえ!

 取り敢えずは、その樽を一つ運んでくれ。

 まだ運んでくれるなら、あともう3つ頼むよ。」


 細身に見える兵士が酒がたっぷりと入った酒樽を肩に担ぎ上げたことに給仕係の男は驚く。


「わかったよ」


 兵士は酒樽を運ぶことを気前よく了承し、歩き出す。


「いやぁ、今日は本当にツイてる!

 日頃の行いが良いから神様が味方してくれたのかねえ?」


 腰にくる重たい酒樽を自分が運ぶ数が減ることに喜んだ。


「神様、ねえ?」


 給仕係の男の言葉に、兵士は口の端をあげて嗤う。


「その神様とやらは……果たして、どっちを向いてるのやら。」


 酒樽を運びつつ、袖口に隠したヴィオレッタから渡された毒を取り出す。


「数字で割り切れない感情を隠密は“誤差”と呼ぶ。

 だが今日の俺は、その誤差を選ぶ。

 これは理ではなく、罰だ。

 愚かさに、数式は通じないからな。」


 酒を運び、水を準備しながら、少しずつ毒を撒く兵士に紛れ込んだギルバート。


「愚かな者ほど、神を信じる……それを、利用しない手はない。」


皮肉げに語る言葉は闇に消え去り、計画は静かに完了した。




※※※※※※※※※※





 総大将の天幕。

 外では夜風が幕を揺らし、遠くで火のはぜる音が聞こえる。


「それにしても……今回は上手く事が運んだものだ」


 総大将ダンガンは、上機嫌に金の盃を傾けていた。

 高価な赤い酒が光を反射し、ダンガンの顔にどす黒い影を落とす。


「敵国の下郎と子を成した屑女を押し付けられた時には腸が煮えくり返ったが……

 屑は屑なりに使い道があったというものだ」


 ダンガンは、機嫌よく喉の奥でくぐもった笑い声を洩らす。


「まあ、あの屑女は顔立ちと身体だけは悪くなかったからな。

 その血を継いだ屑の娘が王子を誑かして城へ入り込むとは、見ものじゃねえか!

 あれで王でも仕留めてみろ。

 全てはこの俺の手柄だ!

 出世も思いのままってやつよ!」


 ダンガンは笑いながら、盃を煽る。

 喉を鳴らす音が、天幕の中にいやに響いた。


「しかもよぉ……もう一匹の娘は、変態ジジイが大金積んで買っていった!

 屑女ひとつで二度も儲かるとはな!

 はっはっはっ!」


 その下卑た笑いが止むころ、天幕の金糸が微かに揺れた。

 焚き香が甘く漂い、空気がひやりと変わる。


「……あ? もう酒がねぇのか」


 ダンガンは舌打ちをして、立ち上がる。


「おい!誰かいるか!

 総大将様が呼んでるんだぞ!

 ……クソっ、見張りの分際で居眠りか!」


 怒声を張り上げながら、入り口に手を伸ばした……その瞬間。


 背後の闇が、静かに形を結ぶ。


「……なんっ……」


 ダンガンが振り向こうとした刹那、鋭い音が空気を裂いた。

 銀の刃が背中から胸へと突き抜け、血が温かく噴き出す。


「ぐっ、ぎゃ……!」


 ダンガンの口を黒手袋が塞いだ。

 その耳元で、低く穏やかな声が囁く。


「いやはや、酒の香りと悪徳の臭いが同居してますな。

 上等な地獄ですよ。

 お前らの邪な欲望が、私たちの仕事を呼んだ。

 ……世の常、というやつですな。」


 その声は愉快そうで、どこか楽しんでいるようにも聞こえる。


「娘を駒にし、その妹を売った報いだ。

 ……帝国の裁きでは、割に合わん」


 ロデリックの瞳が、薄闇の中で氷のように光る。


「声を出すな。

 無駄に血を散らすと、洗濯が面倒でね」


 男の手に力がこもり、刃がさらに深く押し込まれた。

 血が、酒と香の匂いに混じって鉄の味を漂わせる。


「隠密稼業は、誰にも褒められない……いや、知られることすらない。

 だがね、誰かがやらなければ、世の中は腐り、祖国は外敵に晒される。」


 男が刃を抜けば、ダンガンの身体は糸の切れた人形のように崩れ落ちた。


「生憎と私は正義の味方じゃあない。

 闇の住人がそんなモノにはなれはしないのだよ。

 だがね、闇には闇にしか裁けぬ、守れぬ領分もある。」


 男、ロデリックは短く吐き捨て、血の一滴も拭わずに踵を返す。


 幕をくぐる瞬間、焚き香の煙に紛れて小さく呟いた。


「娘を売るなど、父親を名乗る資格もない。

 ……その汚え面を地獄で義理とはいえ娘に見せるなよ」


 風が吹き、蝋燭の炎が消える。

 天幕の中に残ったのは、血と酒の匂いだけだった。




※※※※※※※※※※

 



 場面は再び、王城の広間へ。

 フェリクス皇太子が、静かなる決着を告げる。


「ノワールは、リンダス帝国が工作員に使用する禁断の道具についても把握している。

 君の異常なまでの暴走と、一部の貴族子息の思考能力の鈍化・暴走は、彼女が纏っていた異性を惹きつける香水によるものだ。

 この禁薬を用いて作られた香水の香りは長期的な精神支配に繋がる薬物であり、経口摂取した場合の安全は保証できる代物ではない。

 彼女は、王国の破壊工作を実行していた事を理解していた。

 だからこそ、君の禁薬だけは調整できた。」


 フィリップは抱きしめたクラリスの身体から漂う甘い香りを、今、初めて恐怖と共に感じた。

 自身の愚行の全て、いや一部が禁薬と他国の間者の道具として仕組まれていたという事実。


 母親にも、他国にも、己は利用されていたのだとフィリップは深い絶望に打ちのめされた。


「今回、ノワールの活躍によりリンダス帝国の卑劣な罠を防ぐことが出来た。

 更に、ノワールは我が国の民の血を流すことなく、アルカンシエル王国を勝利へと導いた。

 彼女の罪は、決して許せるものではない。

 だが、男尊女卑極まりなく、女は人としての尊厳さえも踏みにじられるリンダス帝国に生まれ育ったことだけは同情に値する。」


 エドワード王は、フェリクスの堂々とした振る舞いに満足げに頷いた。



 そして……全ては此処に終結を迎えるのだった。




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