表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
その令嬢、隠密なり〜白薔薇の公爵は黒薔薇の令嬢へ求愛する〜  作者: ぶるどっく


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

75/78

第七十五話



「どうして……どうしてなんだ……」


 アニエスに刺されたクラリスをしっかりと抱き締めながら、フィリップは呆然と、魂が抜けたように呟いた。

 フィリップの夜会服はクラリスの血で赤く染まっている。


「フィ、リップさ……ま……」


 クラリスは痛みに耐えながらか細い、今にも消え入りそうな声で答えた。


「バカな、女と……笑ってくださっても構いません……。

 親からも……コマとして扱われる、あなたが……自分、に重なってしまった……」


 その言葉に、フィリップは全身の力が抜けるのを感じた。

 クラリスは隣国の間者であり、恋慕の情など最初から無かったのだ。


 ……だが、少なくともクラリスはフィリップに対して同情と哀れみの情だけは抱いた。


 権力者の都合の良い使い捨ての駒であるクラリス。


 アニエス側妃の王との愛を証明するための駒であるフィリップ。

 そして、同時にフィリップは王や重鎮達にとってアニエス側妃を破滅させるための駒でもあった。


「……クラリスも、私も……捨て駒か……」


 フィリップは今までの過去を振り返り、そして突き付けられた真実を理解し、自嘲の笑みを浮かべる。


「同情かもしれないが、それでも彼を守りたいと思った心は真実だろう?」


 その時、騎士団に守られながら、フェリクス皇太子がクラリスへと声をかけた。


「……だから君は、彼の禁薬だけはしっかりと量を調節していた」

「何を……!」


 お前に何がわかる……!と、フィリップは憤りでフェリクスを睨み付ける。


「他の貴族の子息達はすでに正気を失い、廃人手前の状態だね。

 間者達にとっては、あの子息達も、君も、正気を失っている方が都合が良かったと思うのは僕だけかな?

 だけど、君だけは正確に禁薬の量を調整されていた。

 だからこそ君は今、理性のタガが緩む程度で済んでいる。

 ……そういうことではないかな?」


 冷静な視線と態度で告げるフェリクス。

 その事実の重みに、フィリップは息を呑んだ。


「……正気をうしなって……王に近付いて……」


 その言葉に、クラリスは静かに頷いた。

 間者達は、正気を失ったフィリップが王へと襲い掛かることを期待していたのだ。


「もう、しって……いる、のでしょう……?

 私が、間者として……送られたことを。

 この国の……王族を殺し、混乱をひきおこす……それが私に与えられた命令……」


 クラリスは激しい痛みに顔をゆがませながら、途切れ途切れに話す。


「リンダス帝国は我が国とは違って、激しい男尊女卑や奴隷制が一般的な国だ。

 ノワールの調べでは、君には腹違いの妹がいるね。

 そして……君の十歳になったばかりの妹は、祖父ほどに年の離れた、弱者を甚振る趣味嗜好の男との婚姻を強制されている。

 いや、父親に売り飛ばされたと言った方が正解かな?」


 フェリクスは、淡々と彼女の悲劇的な背景を明かした。


「……っ……ふっ……お願い、します……!

  妹を……妹を助けて……!」


 クラリスはフィリップの胸元で血に濡れながら、最期の力を振り絞って叫んだ。


「私の、知っている情報で、一番価値があるもの……!

  私が成功しようが、しまいが……!

  明日の明朝!

 帝国の、大軍が王国の王都をめざして侵攻します……!」


 涙を流しながら叫ぶクラリスの告白。


 その内容が聞こえていた貴族たちは騒然とし、広間は恐怖と混乱に支配された。


 広間に混乱が満ちたその瞬間。


「裏切り者めっっ」


 隠れていた間者の最後一人が物陰から飛び出した。


 クラリスの決死の告白に逆上し、護衛騎士たちの目を掻い潜るように間者の男は捨て身の覚悟で駆け抜ける。

 その手に持っている短剣には毒でも塗ってあるのか、鈍い光を放っていた。


「リンダス帝国のためにっっ!!!」


 血走った目の間者は叫び声と共に、皇太子であるフェリクスへと一直線に突進した。

  皇太子の周囲を固める護衛騎士たちが反応し、剣を抜き放つ。


 だが、騎士達よりもさらに速く反応した者達がいた。


 一瞬……。

 騎士達よりも一瞬速くルシアとレオナルドが動いたのだ。


 騎士達よりも早く間者の気配を察知していたルシア。

 間者が飛び出す直前、その一瞬の判断でフェリクスと間者の動線上へと割り込んだ。

 フェリクスを庇おうと身を翻し、その華奢な身体を盾とした。


 ルシアが動き出すとほぼ同時に、レオナルドもまた動いた。

 共に寄り添っていたルシアを気に掛けていたからこそ、レオナルドは間者の存在に気が付いた。

 ルシアならば迎撃するよりも、その身を盾にすると読んだレオナルド。


「危ないっ!」


 レオナルドは手に何も持たず、間者の手首の関節めがけて正確に手刀を打ち込んだ。


「ぐあっ」


 間者の武器が甲高い音を立てて床に落ちる。


「何をしている!取り押さえろっっ!!」


 自害される前に取り押さえろ、とルージュ公爵の命令が飛ぶ。


「火急の用件にて失礼します!

 国境沿いの防衛部隊より早馬が!

 リンダス帝国が戦の準備をしているとっ!!」


 直後、隣国との国境沿いで大軍が編成されようとしているという緊急の報が広間に飛び込んだ。


「あの娘が言っていた通りじゃないかっ!?」

「王都に向かって進軍するとっっ!」

「野蛮な帝国がっっ」


 ザワザワと囁く貴族達のざわめき。

 すでに、帝国が軍を編成して王都に向かって進軍しているかもしれない。

 飛び交う憶測、王都にいる自分達の身の安全に対する不安にざわめきは大きくなるばかり。


「静まれっっ!!!」


 大きくなるざわめきを一瞬で鎮める力強い一喝。

 一喝と共にガンッと響いた重い一撃。


「陛下の御前である!!!」


 鞘に入った剣の切っ先を叩きつけ、バルセロナ将軍が地鳴りのような声で叫んだ。


「「「「……………」」」」


 バルセロナ将軍の一喝で静まり返った広間。


「我が民よ、何も心配することなどないのだ」


 静まり返った広間にエドワード王の威厳に満ちた声が響く。


「リンダス帝国の進軍など、我が王国の精鋭であるノワールによりすべてを把握しておる。」


 エドワード王はゆっくりと広間の貴族達を見渡し、全てを掌握している圧倒的な優位さを見せ付けた。


「この事態に対応できる手は打ってある。

 リンダス帝国の弱兵どもは、我らがアルカンシエル王国の大地を踏むことすら無く終わるだろう。」


 エドワード王の絶対的な言葉。

 そして、王の言葉を肯定するように普段通りのルージュ公爵を初めとした重鎮達の姿。


 そんな絶対的な安全の肯定に、貴族達は胸を撫で下ろすのだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ