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その令嬢、隠密なり〜白薔薇の公爵は黒薔薇の令嬢へ求愛する〜  作者: ぶるどっく


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第七十二話


「衛兵!何をしている?!

  あの反逆者達を早く引っ捕らえ……」


 アニエス側妃の焦燥に満ちた金切り声が響き渡った。


「ルージュ宰相」


 そんなアニエス側妃を静かに制するように、玉座から立ち上がったエドワード王が静かに、だが広間に響き渡る威厳のある声で宰相の名を呼んだ。


「はっ! 陛下の御前である!

 その倒れ伏した愚か者どもを即刻牢に叩き込め!

  武器の類も回収せよ!」


 エドワード王より名を呼ばれた宰相は一瞬で王の真意を理解し、淀みない命令を発した。


「「「「「御意!」」」」」


 鍛え上げられた衛兵たちは、王の側近である宰相の命令に躊躇うことなく従順に従い、床に転がる取り巻きたちを迅速に拘束していく。

 フィリップもまた衛兵によって改めて武器の有無を確認され、行動の自由を奪われた。


「ぎゃ! な、何を!

 私に触れるなっ!

 この無礼者がっっ!!」


「フィリップ?!

 陛下! 諸悪の根源はフィリップでは有りませぬ!」


 拘束されたフィリップの醜態と、アニエス側妃の必死の叫びが交錯する。


「確かにそうかも知れぬな」


アニエス側妃の叫びに、エドワード王は静かに頷いた。


「陛下!ならば……」


 アニエス側妃が希望に満ちた眼差しで言葉を継ごうとしたが、王の次の言葉がそれを遮った。


「なあ、アニエスよ。

 そして皆の者よ、今宵は月が美しいと思わぬか?」


「月……? 今は月など話している場合では……」


 緊迫した状況で、何故月の話を出すのか分からず、アニエス側妃は戸惑いと苛立ちで声を詰まらせた。


 アニエス側妃の戸惑いなど他所に続けられるエドワード王の声は、広間全ての雑音を鎮める重みを持っていた。


「今宵はとても美しい月だ。

 皆の者よ、このような美しい月を見ると余は思い出す」


 エドワード王はフィリップ、アニエス、そしてセレスティナを順に見つめた。

 その視線は、十七年の歳月を物語っていた。


「余の最愛の王妃、暗殺されたアナスタシアのことを。

 最愛の王妃は余に王家の血を継ぐ二人の子を遺してくれた」


「っ……?!」


 その言葉に貴族たちは最大級のざわめきに包まれ、アニエス側妃の顔色が一変した。

 公式に発表されていたアナスタシア王妃の子供の数は一人のはずだった。


 王の語り口は十七年前の悲劇を思い起こすかのように、深く、重かった。


「余の子を身籠り、無事に出産を終えた我が愛する唯一の妻。

 だが、何者かが出産という警備が手薄になる、慌ただしい時を狙って紛れ込ませたのだ。

 侍女を装った刺客に、生まれたばかりの赤子諸共命を狙われ、赤子を庇った一人の侍女、そして弱っていた王妃が凶刃に倒れた。

 駆けつけた騎士団の前で、犯人は己の口を封じるために自決した」


 ざわめきが掻き消え、沈黙だけが広間を覆い尽くす。

 貴族たちは、王家の深い闇に触れた恐怖から、息を潜めていた。


「陛下、いえ父上!

 そのようなこと、今は関係ないではありませんか!

 今は王族に逆らう反逆者どもを罰するべきです!」


 周囲の沈黙を破ったフィリップが、苛立ったようにエドワード王へと必死に訴えかけた。


「そのような、こと……だと?」


 エドワード王の瞳に、一瞬だけ激しい怒りの炎が燃え上がった。


「貴様が……貴様らがっ!

 我が妻の命と、王家の血を冒涜しておきながら!

 そのようなことなどと言うことは断じて許さぬ!」


「ひっ……」


 エドワード王の慟哭が広間に響き渡り、真正面から怒りを受け止めたフィリップが身を竦ませる。


「アニエス!

 余が何を言いたいのか貴様は分かっているはずだ!」


 そして、エドワード王は怒りの矛先をフィリップからアニエス側妃へと変えた。


「……いいえ、陛下。

 私には何のことか分かりませんわ」


 アニエスは証拠がないことを盾に、あくまで白を切り通そうとする。

 そう、証拠があるならば十七年もの長い時をアニエスが無事で過ごせるはずがないのだ。


「……余が駆け付けたあの時……すでにアナスタシアは息絶え、死に目に遭うことすら叶わなかった!

 騒ぎを聞き 駆けつけた騎士達に、我が身をもって守りきった生まれたばかりの双子を託し……余に『子供達を頼む』と『愛している』とだけ遺し……事切れた我が妻……アナスタシア……!

 どれだけ無念だったことか……!」


 エドワード王は拳が白くなるほどに握りしめ、十七年間の無念を噛み締める。

 その怒りに、無念な気持ちに、セレスティナだけでなく、事情を知っていた重鎮達も目を伏せる。


「王妃の国葬が終わり、喪に服す余の側で貴様は言ったのだ。

 余を慰める言葉を吐きながら『赤子を守り刺された』と。

 なぜ箝口令を敷いていた王妃の殺害された様子を貴様が知っていた?」


「まあ、陛下ったら。

 私はそのようなこと言った覚えはありませんわ」


 責め立てられているというのに、アニエスはまるで日常会話を交わしているかのように、静かに微笑んでいる。

 異様なほど平静を保つアニエス側妃の姿に、貴族たちも不気味さを感じてざわめく。

 重鎮達は事の成り行きを静かに見守っている。

 だが、何か起こった際はすぐに動けるよう身構えていた。


「覚えていないか、それならばそれで構わぬ。

 余は覚えている。ああ、決して忘れぬ!

 あの日より、余は証拠を固め、貴様を必ず罰すると決めていたのだからな。

 だが、王妃殺害に関する証拠は貴様の言葉と当時貴様付きだった侍女の証言のみ。

 そして……長い年月を掛けた今、全ての証拠は出揃った」


 エドワード王は静かに、そして確信に満ちた視線をヴェルト侯爵へ向けた。

 ヴェルト侯爵は、王の視線を受けて一歩前へ進み出た。


「ご紹介を致します。

 このアルカンシエル王国皇太子、フェリクス・ルナール・ロゼ・アルカンシェル殿下であらせられます!」


 ヴェルト侯爵が確信に満ちた声で「皇太子」の名を告げた瞬間、広間の緊張は爆発寸前となった。

 その視線の先にあった、玉座の脇に控える重厚なカーテンの裏側から、一人の青年が静かに、だが圧倒的な存在感を伴って姿を現した。

 同時に、王妃の席に座っていたセレスティナ王女もまた静かに立ち上がり、その青年の横へと並ぶ。


「っ……セレスティナ王女が二人……?」

「いや……今、皇太子と……?!

 陛下は王女殿下は双子だったと……!」


 ざわめきを超え、貴族たちはもはや悲鳴のような声を上げた。


 長年王家が隠し通してきた「双子」の秘密と、「皇太子」の存在という二つの衝撃。

 青年はその騒然とした空気を物ともせず、一歩前へ踏み出した。


「失礼を致します、陛下」


 セレスティナと瓜二つの美貌を持ちながら、その出で立ちは夜空を思わせる濃紺の軍服を完璧に着こなした男性そのものだった。

 その姿には王家に流れる気高き血と、長年の研鑽によって培われた揺るぎない威厳が滲み出ている。


 青年、フェリクスは広間の喧騒を一瞬で黙らせる優雅さで深々と礼をした。


「フェリクス・ルナール・ロゼ・アルカンシエル、参上いたしました」


 エドワード王、宰相とヴェルト侯爵、隣に立つセレスティナ。

 セレスティナとフェリクスの護衛であり、友でもあったルシア。

 そして、影から王家を守り続けたノワール。


 十七年の時を経て、アルカンシエル王国の真の守護者たちが、ついに公の場に集結したのだった。


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