表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
その令嬢、隠密なり〜白薔薇の公爵は黒薔薇の令嬢へ求愛する〜  作者: ぶるどっく


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

65/78

第六十五話



「側室、か……」


園遊会から戻ったルシアは自室のベッドの上で膝を抱えて、どこか上の空だった。


 普段のルシアならば既に就寝している時間帯にも関わらず、全く眠気はやって来ない。

 半年前の自分ならば……いや、レオナルドと出会う前のルシアならフィリップの言葉など取るに足らない戯言として一蹴できただろう。


「今は……すごく、嫌だと……思ってしまうようになるなんて……」


 己の心の変わりようにルシアは苦笑してしまう。

 だが、それはレオナルドへの愛情が育った証拠でもあるのだ。


「色々な事があったなあ……」


 本当に色々なことがこの半年の間に有ったことを思い起こす中で、今日の出来事が心に浮かんだ。


「綺麗な女性ばっかりだったなぁ……」


 色とりどりの薔薇が咲き乱れる華やかな会場。そして、満開の薔薇に負けない可憐な令嬢達。

 そんな美しい令嬢たちの中でもひときわ輝くフレイヤの姿……。


「……私……」


 ルシアは広いベッドの上で膝を抱える。

 夜の闇のせいだろうか、昼間のフィリップの言葉がルシアの心を苛む。


「ぜんぜん……違う……」


 同じ女なのに、武器を持って戦ってきたルシアの掌は厚く、固い。

 細い指先には、隠密としての研鑽の跡が刻まれている。


「……後悔なんかしてない……」


 ノワールとして己を磨き上げてきた過去を、ルシアは後悔などしていない。


「していないけど……普通の女の子みたいな手に……なってみたかったなぁ……」


 重たい物なんて持ったことがないであろう令嬢達。

 その手は華奢で柔らかく、ルシアとは正反対に見えた。

 レオナルドが、そんなルシアのノワールとしての自分も含めて愛情を向けてくれていることは、頭では十分にわかっている。

 けれど……乙女心とは複雑に揺れ動くもので、変な不安が心の底でむくむくと膨らんでいた。


「変な不安に苛まれるなんて、私らしくない」


 ため息をついて無理矢理にでも眠ろうかと思ったルシアの脳裏に一つの案が浮かんだ。


「そうだわ……ふふ!」


 実家にいた頃のルシアは眠れない夜にいつも行っていたこと。

 体を動かせば、きっと嫌な気持ちも発散できる。

 

 誰も起こさないように気を付けながら、ルシアは自分の部屋の窓を音もなく開け放つ。


 純白のネグリジェのまま、身軽な動作で三階の自室から夜の庭へと音もなく飛び降りた。


「……明るいと思ったら……今日は満月だったのね」


 音も無く着地したルシアが夜空を見上げれば、満月の優しい光が庭園を銀色に染めていた。


「さすがに、剣は振り回せないから」


 ルシアは一度深呼吸をする。

 澄んだ夜の空気が肺を満たし、少しだけ気持ちが落ち着いた。


 そして、ゆっくりと体を動かし始めた。


『女のくせに武術を嗜むような奴は御免だ。』


 脳裏に浮かぶフィリップの言葉を踏みつけにするように


『ブランシュ公爵、貴殿には元は私の婚約者だったルージュ公爵令嬢フレイヤを下賜してやろう!』


 ルシアは、その言葉を振り払うように舞う。


 満月の光のもと、ルシアは剣を持たずに剣舞を舞った。

 本来ならば剣舞は剣を持って舞うものであるが、公爵家の夜中に真剣は使えない。

 だから、彼女は己の身体そのものを剣とし、舞い始めた。

 

「(私は私だ……! 家族のように才能に恵まれていなくても!)」


 手足を真っ直ぐに、だが円を描くように動かす。


「(フレイヤ様のように女としての美しさはなくても……!)」


 滑らかに腰を落とし、月の光を浴びたネグリジェの裾が、水面の波紋のようにふわりと広がる。


「(華奢で柔らく、真っ白な手を持っていなくても!)」


 体幹はまるで柳の木のようにしなやかでありながら、腕の軌跡は風を切る刃のように鋭い。


「(……背中に大きな傷があったとしても!)」


 流れるような動作は時に激しい太刀筋となり、時に敵を欺くような緩やかな曲線を描いた。


「これが私よ。有るが儘の私だもの」


 一つ一つの動作にルシアのノワールとして生きてきた矜持と魂が込められているかのようだった。

 ルシアは不安と劣等感の鎖を、その剣舞によって寸断していく。


「(あの王子のように有るが儘の私を、否定する人なんて此方から願い下げだわ!)」


 ルシアの心の奥底に有った最後の不安の種。


 ルシアの心の奥底に有った、もし、実際に背中の傷を見たレオナルド様の心が離れるかもしれないという不安。


「(もし……実際に、背中の傷を見たレオナルド様に受入れてもらえなくても……いい。

 私は……愛している、と言ってもらえた言葉だけで……これからを生きて行けるわ。)」



 その不安はルシアの自信を尽く奪い、卑下させていた。


 だが、ルシアはこの瞬間に腹を据えた。


 これが私、有るが儘の私なのだ、と。



「……っ」


 剣舞を舞い終え、ルシアは肩で息を整える。

 満月を浴びた肌はうっすらと汗で輝いていた。


「ルシア」


「えっ……レ、レオナルド様……?」


 深呼吸をするルシアの背後から、この場には居ないはずの最愛の婚約者の声がした。


「こ、このような夜更けに、どうされたのですか?

  え、もしかして騒がしかったですか?!」


 まさかのレオナルドの登場に、ルシアは羞恥心と驚愕で慌てふためく。


「いえ、騒がしくはありませんでしたが……」


 近寄って来たレオナルドは、心配そうにルシアへと手を伸ばして頬に触れた。


「冷えては……いないみたいですね」


 安堵からか、レオナルドはため息をついた。


「驚きましたよ。

 眠れなくて書類へ手を伸ばそうとした時、窓の外を白い何かが落下したのが目に入り。

 驚いて窓の外を確認すれば、貴女だったのですから」

「も、申し訳ありません……」


 まさか見られていたのか、とルシアは身体を縮こませる。


「何か有ったのかと外に出てみれば、貴女が舞い始めて声を掛ける機会を逃してしまいました。

 ですが、とても優雅で美しい舞でした。

 まるで夜の女神が舞い降りたかと思うほどでした」


「そのような大層なものではなくて……その、お恥ずかしい限りです……」


 心配をかけた申し訳なさ、剣舞を見られていたことへの羞恥心が混ざって気まずげなルシア。

 そんなルシアの様子にレオナルドは苦笑する。


「もしや、ルシアも今宵は眠れなかったのですか?」


「はい……なぜか眠れなくて……。

 実家では眠れぬ夜は体を気が済むまで動かしていたのです。

 でも、ここでそのような振る舞いは許されぬこ

とはわかっていたのですが……申し訳ありません」


「謝らないでください、ルシア。

 ただ、夜は寒いから体を冷やしてしまいます。

 そろそろ屋敷へと戻りませんか?」


「そうですね……あの、レオナルド様……もう少しだけ……私の側にいてくれませんか……?」


 駄目でしょうか……?と、ルシアは躊躇うように、いや、恥ずかしそうにレオナルドへと問い掛けた。


「ルシア……?

 いや、だが……夜も遅い。

 こんな時間に私と二人になど……

(こんな夜更けにルシアと二人っきりなど……私の理性が……!

 今だってルシアを抱き寄せてしまいたいと言うのに……!)」


 レオナルドは脳内で激しく葛藤し、露骨に狼狽した。

 

「……そうですよね……困らせてしまって、申し訳ありません、レオナルド様。どうか、今の言葉は忘れてください」


ルシアはレオナルドの動揺に全く気づかず、単純に困らせてしまったと解釈し、寂しげに顔を伏せた。


 こんな時間に愛するルシアと二人っきりになろうものならば、理性を試されることになるレオナルド。

 レオナルドはルシアに無底な真似をするつもりはないが、万が一ということもある。


「…………(わ、わたしはどうすれば……!)」


 だが、ルシアの寂しげな顔を見るとレオナルドの心にはむくむくと罪悪感が芽生えるのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ