第六十四話
「姉上! 邪魔をしないで頂きたい!
私は今からこの無礼者たちを……」
「黙るのはお前の方よ、フィリップ」
「なっ?!」
セレスティナとフレイヤの登場に一瞬顔を顰めたフィリップ。
だが、すぐにフィリップの顔には不遜な笑みが浮かんだ。
一月に数回ほどしか顔を合わせることのない病弱で繊細な姉など、自分が怒鳴ればすぐに怯えて引き下がると思ったのだ。
しかし、実際にはフィリップに向かって堂々と言い返してきたセレスティナに狼狽してしまう。
「あら、聞こえなかったのかしら?
黙るのはお前の方だと言ったのですわ」
「あ、姉上には関係ないこと!
私の問題に口を挟まないで頂きたい!」
「私には関係ない、と?」
フィリップの言葉にセレスティナは冷たい眼差しをむける。
「関係ない訳がないでしょう。
この園遊会は私、第一王位継承権を持つセレスティナ・レイ・ロゼ・アルカンシェルが主宰でしてよ。
その私が開いた園遊会で騒動を起こすなど、お前はどのようなつもりかしら?」
全く怯むことのない、堂々としたセレスティナの物言いにフィリップはたじろいだ。
今までの姉とは全く違う強い眼差しや口調はフィリップの知らないものだった。
「そっ、騒動の原因は私ではない!
ブランシュ公爵とその女の王族に対する無礼極まりない態度に対し、この私が直々に成敗してやろうとしたまでだ!」
か弱く、己よりも下だと侮っていたセレスティナに怯んだ事実が歯痒いのか、フィリップは怒りに顔を染めて言い返す。
「それに関してはノワールより既に報告を受けていますわ。
この騒動の原因は、このアルカンシエル王国建国時より仕える大切な公爵家の当主とその婚約者への非礼極まりないお前の言動がもとでしょうに。
誇り高きアルカンシエル王国の、しかも、薔薇の家紋を持つ公爵家当主への非礼の数々……陛下はさぞ嘆かれることでしょう」
セレスティナ王女は、極寒の大地も生温い凍えるように冷たい笑みでフィリップの無礼を厳しく窘めた。
そんなセレスティナの隣に立つフレイヤは、フィリップを冷たい視線で一瞥し、口を開くことすら無い。
「ぐっ……それでも!
如何に薔薇の家紋を持つ公爵とあろうとも、王位継承権を持つ王族への礼節を欠いて良い理由は無い!」
「それをお前が言うのですか?」
「何がです?
私は当然のことを言ったに過ぎませんね!」
吐き捨てるように言うフィリップへとセレスティナは目を細める。
「お前はその言葉の重さを理解して叫んでいますの?
お前の継承権は第二位、即ち第一位の私よりも下でしてよ。
更に言うならば、お前は第一王子ではあっても、王太子ではないのです。
お前が礼節について当然だと説くならば、お前の私への態度は何ですか?」
手に持っていた扇を静かに閉じ、セレスティナはフィリップを刺すように突き出す。
「正式な王位継承についての発表は、未だになされてはおりません。
ゆえに、王位継承権第一位の私が、第二位に過ぎぬお前に侮られる理由は有りませんわ。」
「ぐっ……」
ぐうの音も出ない正論にフィリップは歯噛みする。
「……失礼いたしました、セレスティナ殿下」
「きゃっ!フィリップ様?!」
これ以上は争っても勝ち目はないと思ったフィリップは苛立ちに顔を歪ませ、クラリスの手首を乱暴に掴んで去って行く。
「皆様、お騒がせ致しましてごめんなさい。
どうか、この冬薔薇の美しさを、ご心ゆくまで楽しんで下さいませ」
フィリップが立ち去ったことを確認したセレスティナは貴族たちへと優雅に一礼する。
極寒を思わせた微笑みが、薔薇が咲き綻んだような笑みへと変わる。
そんなセレスティナを見て、貴族たちは何事もなかったように談笑を楽しむのだった。
フィリップが巻き起こした騒動のあと。
ルシアとレオナルドはセレスティナの計らいで冬薔薇が咲き誇る庭園の一角にある東屋へと通された。
ルシアとレオナルド、そしてセレスティナとフレイヤの四人だけのお茶会である。
「この場は私的なものと振る舞って頂いて構いませんわ。
そして、ブランシュ公爵。
この度はアレが不快な思いをさせて心より申し訳ないと思っています。
王族として公式の場で謝罪はできませんが、どうか許して下さいませ」
「殿下、彼の王子の振る舞いについては御本人が理解し、反省すべきものです。
王女殿下に謝罪を求めるつもりは有りません」
レオナルドの言葉にセレスティナは、その涼やかな瞳でレオナルドを見つめた。
「そうですか。
そうね……でも、もうアレが理解することは無く終幕を迎えることとなるでしょう。
全ては陛下の御心のままに、ことは進んでいくでしょうから……」
一瞬だけ目を細め、何かを思い出すように遠くを見つめ……すぐに微笑みを浮かべたセレスティナ。
「ところで、ふふふ……私はブランシュ公爵、貴方と一度面と向かって言葉をかわしてみたかったのです!
そして、ルシア……貴女と私のお茶会は……もう此度で最後だと思うの。
だから、最後は私の大切な方を含めて一緒に話したかったの」
「セレスティナ様、私もお会い出来て嬉しいです。
やはりセレスティナ様とのお茶会は……今日で最後なのですね。
ふふふ……今までとても楽しかったので残念ですけれど、これはしょうがないことですね」
セレスティナの言葉を受けてルシアも全てを理解しているかのように微笑みを返す。
「……やっぱり、ルシアは見分けが付いていたのね。
貴女は私のことを一度だって"セレスティナ王女様"とは呼ばなかったもの」
ルシアは微笑みのみを返し、はっきりとした返答をしなかった。
……だが、それこそが雄弁な答えだった。
「ルシア、まさか……」
「ブランシュ公爵様、それ以上は野暮というものでしてよ」
ルシアとセレスティナのやり取りで何かに気が付いたレオナルドが微かに目を見開く。
何かを問おうとしたレオナルドに対し、フレイヤがピシャリと遮った。
「ふふ……ごめんなさいね、ブランシュ公爵。
ルシアはね、秘密の多い私たちにとって唯一会うことを許された齢の近い友人なの。
そんな私たちの大切な友人が色々と噂のあった方との婚約話が飛び出したと聞いて……。
申し訳ないけれど、不安で一杯だったの。
大切な友人には、幸せになって欲しかったから」
ルシアをジッと見詰め、セレスティナは優しく微笑む。
その微笑みには、ルシアへの友愛とも、家族愛とも取れる想いが浮かんでいた。
「殿下、私はルシア以外を愛することはありません。
今までも、これから先も、それは決して変わることはありません」
レオナルドはセレスティナを見据え、強い決意を込めて答えた。
「そうね、ブランシュ公爵。
貴方のルシアを見詰める瞳は、私がフレイヤを見詰める時と同じ瞳だもの。
だからこそ、すごく分かるわ。
私も、フレイヤのことが何よりも大好きで、大切だから」
「なっ?!何を仰ってますのっ?!」
悪戯っぽく微笑むセレスティナに、顔を赤らめて動揺するフレイヤ。
「だから安心なさってね、ブランシュ公爵。
私はルシアに対して友愛以上の情は抱いておりませんわ。
フレイヤも心配していたみたいだけれど、ね?」
「……もう殿下とルシアが簡単にお茶会をすることは立場的にも難しいでしょう。
もしなされるにしても、必ず私やルージュ公爵令嬢も参加することになるかと。」
「レオナルド様、今まで黙っていて申し訳有りませんでした。
でも、フレイヤ様がセレスティナ様とご一緒で、とても幸せそうで良かったです」
「貴女の今までの立場や関係も有りますから致し方ありませんね」
嫉妬しない訳では無いけれど、最愛の婚約者の安寧のためだとレオナルドは困ったように微笑む。
「べっ別に私は……!
その、セレスティナ様を信じていますので、何の問題もありません!
それに、セレスティナ様の隣にいるから幸せな訳では有りませんのよ」
セレスティナの言葉に動揺したフレイヤは、羞恥心を隠すようにルシアの言葉へツンッとそっぽを向く。
だが、赤く染まった頬までは隠すことは出来ていなかった。
「ふふふ、私はフレイヤの隣にいると、とても幸せですわ」
「うっ……その……セレスティナ様の隣ではなく…………さま、の隣だから……幸せなのですわ……」
「……フレイヤ、ありがとう」
囁くように小さく呟かれた本当の己の名前に、セレスティナはキョトンとし、次の瞬間には太陽のように輝く笑顔を浮かべた。
「話は逸れてしまったけれど、今回の園遊会はブランシュ公爵と非公式な場で会っておきたかったからですわ。
……ブランシュ公爵の賭けの結果を出す予定だった日。
それこそが……この王国を取り巻く偽り、全ての終わりであり、始まりの日になる予定だもの」
セレスティナは、今回の園遊会の本当の目的を語り始める。
「私はね、その日を境に私を取り巻くすべてが変わるわ。
そうしますと、出来ることも増えますけれど……出来なくなることもありますの」
セレスティナは意味ありげに微笑む。
「あの方々の動向はノワールによりすべてが筒抜けです。
卒業式後の舞踏会で、全てが白日のもとに晒され……終わるのです。
ルシア、ブランシュ公爵。
私は舞踏会の場で何かが起こっても、すぐに対応することは許されません。
だから……どうか、フレイヤを守ってほしい。」
真っ直ぐに強い瞳で訴えるセレスティナの頼み。
「承知いたしました、殿下。」
「私も、ノワールの名にかけてお守りします!」
四人の視線が交わり、王国の運命を決める最後の舞踏会へと思いを馳せるのだった。




