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第六話



ブランシュ公爵家の広大な庭園が見渡せるバルコニーで、ルシアとレオナルド公爵はお茶の時間を過ごしていた。


眼下には瑞々しい花々が競うように咲き誇り、その美しさにルシアは思わず声を漏らした。


「とても素敵な庭園ですね。」


「ありがとう、シュバルツ嬢。

我が家自慢の庭師たちが、丹精を込めて花や木を育て、整えてくれている庭園なんです。」


レオナルドは柔らかな笑みを浮かべた。


ルシアはカップに視線を落とし、その香りを深く吸い込んだ。


「この紅茶も、とても良い香りですね。」


「気に入っていただけたのならば良かった。

この紅茶は公爵領で収穫されたものです。

そして、収穫された茶葉の中でも特に厳選された物を使用しています。」


「公爵領の厳選された茶葉……公爵領の特産品などは学んで来ましたけれど、恥ずかしながら実物を目にしたことは無くて……。

私、こんなに美味しい紅茶は初めてです。」


ルシアは素直に、そして心から美味しいと笑みを浮かべた。

紅茶だけでなく、公爵とのお茶の時間のためにと用意された茶菓子の数々も、控えめに言って最高である。


(こんなに美味しい紅茶にお茶菓子……すごく幸せを感じちゃう……!)


ルシアは無作法ではない程度に、美味しい紅茶と茶菓子に舌鼓を打った。

幸せで蕩けそうになる頬を、全力で引き締める。


「……貴女に喜んでいただけて良かった。」


あまりの美味しさに幸せを感じているルシアは、全く気が付かなかった。

幸せオーラを纏う自分を、公爵が嬉しそうにはにかんだ笑みを浮かべて見つめていたことに。


「王女殿下も紅茶がお好きですけれど、ご一緒したお茶会では飲んだことのない風味を感じるのですが……?

こちらはブランシュ公爵家伝統の茶葉のブレンドですか?」


ルシアはふと、セレスティナ王女のことを思い出した。

紅茶が好きなセレスティナ王女は、この紅茶を飲んだことがあるだろうか……?

この紅茶には、茶葉以外にも何か別の風味を感じる。

芳醇な香りの茶葉に加わったこの風味を王女殿下は好みそうだと思ったのだ。


「そうですね。

我が家の執事長が代々受け継ぐ事柄の一つです。

この厳選された茶葉の収穫量自体が多くはございませんので、販売はしておりません。

その季節に合わせて茶葉をブレンドしていると聞いています。」


自分の生家に興味を示してくれていることが嬉しいのか、微笑みながら答えるレオナルド。


「それにしましても、シュバルツ嬢は王女殿下と頻繁にお茶会をされるほど親しいのですか?」


レオナルドはルシアとセレスティナ王女の関係について少し驚いたように尋ねた。


「学園時代からですので……もうすぐ十年になるでしょうか?」


「十年……かの王女殿下は病弱ゆえにあまり表に出られることもないと聞き及んでいます。

そんな王女殿下が数年前より唯一親しくしている令嬢がいると聞いておりました。

シュバルツ伯爵家へ婚姻を申し込んだ際、王女殿下のお気に入りが貴女だと聞き、とても驚きました。」


何かを探っている……?

微笑みながら語りかける公爵の思惑は、ルシアには分からなかった。


「王族を含め、貴族の十三歳になった子供たちの大半が通う学園だからこそですわ。

恐れ多くも王女殿下とは同学年であり、机を並べて学ばせていただきました。

そして、縁あって遊戯を結び、友と呼んでいただけるようになりましたの。」


うん、嘘は付いていない。

実際に表向きはそういう設定になっている。

まあ……私の方が本来は一つ年上ではあるけれど。


「不思議と言えば、私も公爵閣下がどうして私のような者を選んだのかが分かりませんわ。

公爵閣下ほどの方ならば、もっと相応しい家柄のご令嬢がいたのではないかと愚考いたしております。」


ルシアは、わざと瞳を伏せた様子で公爵の問いを返すように尋ねた。


「……え?」


そんなルシアの問い掛けにレオナルドは、虚を突かれたように再び目を丸くした。


「やはり数年前の父の善行が関係しているのですか?」


「いや、シュバルツ嬢?

先程は誤魔化しましたが、私達は会ったことが……」


「それとも、父や兄の研究に関して興味を抱かれたからでしょうか?

もともと我が一族は変人……では無く、研究熱心な血筋らしいですし……。」


ルシアは話を逸らすためとは言え、公爵の気分を害して怒り出すかと思っていた。


しかし……なぜ、公爵からはドンヨリとしたオーラが漂っているのだろう?


「あ、えっと……申し訳ありません、気分を害されたのならば謝罪いたします……。」


「あ、謝らないでください、シュバルツ嬢!

決して気分を害したわけではなく……その……覚えていないのかな、と……。」


しおらしく謝るルシアに対して、レオナルドは慌てて否定した。


「え……?何をでしょうか……?」


ルシアは混乱する。

ブランシュ公爵は、初対面の時から何を言ってるのだろう?

少なくともルシアの記憶の中では、ブランシュ公爵は今日初めて会った相手なのだが。


「そ、そうですか……その……いえ、気になさらないでください……。」


レオナルドは、どこか寂しげに、そして諦めたように言葉を濁した。


「はい……?」


やはり噂で聞いていた印象とものすごーく違うブランシュ公爵。

所詮は噂好きの極楽鳥がピーチクパーチク囀った噂話。

時々は当たりもあるけれど、今回は思いっきりハズレだったな、と思いつつ美味しいお茶菓子を楽しむ。

ソワソワと落ち着かない様子の公爵に、時期宰相と誉れ高いと言う噂も何処まで本当なのかと、ルシアは終始首を傾げた。




ルシアとブランシュ公爵のお茶会は恙無く進んでいった。

そろそろお開きといった頃、ルシアは何かを思い出したように、とびきりの笑顔で公爵に告げた。


「そうでした、公爵閣下。

私はちゃんと分かっておりますのでご安心くださいませ。」


レオナルドの顔に、今度こそ期待の色が浮かぶ。


「え……もしや……。」


父より、公爵家に到着初日に必ず押さえておくようにと言われた一言。


「はい!

公爵閣下は今後も私のことは気になされずに恋人をお作りください。

私は必要ならば、その方の隠れ蓑となり、決して邪魔をしてはならぬと父から重々言われております。」


「は……?」


レオナルドの期待は、瞬時に粉砕された。


「お二人の時間を邪魔しないように弁えて過ごしますので、ご心配なさらないでくださいませ。」


「いや、ちがっ!」


「それでは失礼します。」


完璧です!

公爵もまさか自分の考えを知られているとは思わず、慌てていた様子だったとルシアは自画自賛する。


ルシアは後ろを振り返ること無く、自分に与えられた部屋へと戻って行く。


(公爵と万が一結婚するとなれば、白い結婚となるでしょう。

まあ、惚れた腫れたはよく分かりませんから。

変に情を求められるよりも余程いい。)


だけど……いつか、こんな私でも両親のように想い合う相手に巡り合ってみたい……。


なんて、隠密(わたし)には分不相応でしょうか………?




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