第五十九話
アニエス側妃の茶会での一件から数日後。
束の間の平和とばかりに、ルシアとレオナルドはブランシュ公爵家の庭園を二人で散策していた。
王城での激しい感情のぶつかり合いを乗り越えたルシアとレオナルド。
そんな二人の間には以前にも増して穏やかな空気が流れている。
「ルシア、寒くはありませんか?」
「大丈夫です、レオナルド様。」
晴れ渡った青空、ブランシュ公爵家の庭園は季節の花々が咲き誇っている。
「レオナルド様……」
ルシアが小さな声でレオナルドを呼ぶとレオナルドはすぐに足を止め、ルシアの顔を覗き込む。
「どうしました、ルシア?
何か気になることでも?」
レオナルドの優しい眼差しに、ルシアは少し照れくさそうに頬を染めた。
「いえ、その……こうして二人きりで散歩をするのが、なんだか夢のようです」
レオナルドは、ルシアの言葉に嬉しそうに微笑む。
「私もですよ、ルシア。
……いや、むしろ夢ではないかと、何度も君の手を確かめてしまうくらいだ」
そう言って、レオナルドはルシアの手をそっと握りしめる。
ルシアは、手袋越しの感触に心が満たされるのを感じた。
ゆっくりと歩き続ける二人。
庭園のベンチに腰を下ろすと、レオナルドはルシアの頭へと手を伸ばす。
「失礼、ルシア。
髪に花びらが……」
冬薔薇のアーチを通ったためなのか。
ルシアの髪に付いた花びらへとレオナルドが手を伸ばし、花びらを取り除く。
「ふふ、レオナルド様は本当に優しいですね」
ルシアの言葉に、レオナルドは顔を赤くして目を逸らした。
「そ、そんなことはない。
これは、その……婚約者として当然のことですから」
普段はどんな時も完璧なレオナルドが、ルシアを前にすると途端にヘタレになる。
そんなレオナルドの可愛らしい一面に、ルシアはクスリと笑った。
「レオナルド様は、私が思っていたよりもずっと……」
「ずっと、何ですか?」
レオナルドは、期待と不安の入り混じった顔でルシアを見つめる。
「……私のことを、とても大切に思ってくださっているのだなと。
改めて、今そう思って嬉しくなりました」
ルシアの真っ直ぐな言葉に、レオナルドの顔はさらに真っ赤になる。
「改めて言うほどのことでは……ないか、と。
ルシア、貴女を大切に思い、同じ時間を過ごすことは私の生きる理由そのものと言うか……。
いや、でも……ルシアにそう言われると、どうしていいか分からなくなる……」
そう言って、頭を抱えるレオナルド。
そんな彼に、ルシアはそっと寄り添い、その腕を優しく抱きしめた。
「ふふ、もう、大丈夫です。
私とレオナルド様は……その、えっと……もう、ずっと一緒なのですから……」
ルシアの言葉にレオナルドは驚いたように顔を上げ、そして安堵の表情を浮かべた。
「ああ、そうだな。
もう、君を一人にはしない。もう、二度と……」
レオナルドの腕がルシアを優しく、しかし確かな力で抱きしめる。
両想いになったばかりの二人は、お互いの存在を確かめるように、甘い時間を過ごしていた……が、
「……ご歓談中に失礼を致します。」
甘い空気に包まれていたその時、二人のもとへ執事長のアストルが小走りでやってきた。
「旦那様、ルシア様。
このような時に大変恐縮ですが、お客様がお見えになりました」
アストルの声に、レオナルドはげんなりとした表情を隠せない。
「アストル……今、空気を読んだら褒めてやろうと思ったのだが……」
「申し訳ございません、レオナルド様。
ですが、私では判断致しかねる御相手でございます。
そのお方はご面会の約束を得ておりませんが、私の一存で追い返すわけにもいかず……」
レオナルドはため息をつき、招かれざる客人の名前を尋ねた。
「それで、一体何処のどなただ?」
「ルージュ公爵令嬢、フレイヤ様でございます。
そして、ご来訪の目的はルシア様にお会いになりたいとだけ告げられております。」
その名を聞いて、ルシアとレオナルドは顔を見合わせる。
フレイヤ・ルージュ。
赤薔薇の名に相応しい、燃えるような赤髪と猫のような金色の瞳の令嬢。
現宰相の娘であり、フィリップ王子の婚約者として知られている。
そんな令嬢がルシアに会いたいと言っている。
「ルージュ公爵令嬢が、ルシアに?
何故だ……?
宰相より何も聞いていない上に、先触れもなく……」
そこまでに呟いたレオナルドはハッとする。
「ルシア、決して勘違いしないで欲しい。
私はルージュ公爵令嬢と最低限の会話を交わした事はある。
だが、それはあくまでも公爵家同士の社交辞令だということをキッパリと宣言しておく!」
ルシアにフレイヤ・ルージュとの関係を誤解される前に告げておく必要があるとレオナルドは考えた。
「大丈夫ですわ、レオナルド様。
私も妙な勘ぐりをするつもりは有りません。
レオナルド様が不誠実なことをなされる方では無いことを十二分に理解しておりますから。」
「そ、そうですか……」
身の潔白を事前に宣言するレオナルドへとルシアは苦笑する。
ルシアの身から出た錆とは言え、迷推理に発展すると思われている事に申し訳なさすら覚えた。
「ただ……私もルージュ公爵令嬢様とは、直接の面識は無いのですが…………?
(長を通じての命令で、ルージュ公爵令嬢の影から護衛を務めたことは有りますけれど……。
流石に普通のご令嬢に気が付かれるような真似はしておりませんし……?)」
「ルージュ公爵令嬢……果たして何が目的なのか。」
フレイヤのルシアに会いたい理由が思い付かず、レオナルドは不審に思いながらも、ルシアの隣でそっと手を握った。
「ルシア、ルージュ公爵令嬢は少々気まぐれなところがあると聞く。
彼女の真意も、目的も分からない以上、まずは私も同席して会いましょう。」
「はい、レオナルド様。
よろしくお願い致します。」
レオナルドとルシアはアストルに続いて屋敷へと戻る。
そして、応接室の扉の前で、レオナルドはもう一度ルシアに微笑みかけた。
「行きましょう」
応接間の扉を開けると、そこにはルシアの想像通りの、一際目を引く美少女が座っていた。
フレイヤは、二人を見るなり、不機嫌そうな表情を浮かべた。
その瞳は、何かを試すかのようにルシアをじっと見つめているのだった。




