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その令嬢、隠密なり〜白薔薇の公爵は黒薔薇の令嬢へ求愛する〜  作者: ぶるどっく


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第五十八話



 アニエス側妃のお茶会の会場は、ルシアとレオナルドの愛の成就を祝福する雰囲気で溢れていた。


「(あともう少しでしたのに……おのれ、ルージュ公爵……!

 忌々しいアナスタシアの弟めっ!!

 あの穢らわしい小娘との婚約を許容してやった恩も忘れた厚かましい奴めっ!)」


 アニエスの完璧な計画は崩れ去り、彼女の心は煮えくり返っていた。

 しかし、その苦い感情を悟られまいと、彼女は優美な微笑みを浮かべ、二人の愛を祝福する。


「まことにおめでたいことですわ。

 ブランシュ公爵とシュバルツ伯爵令嬢の愛が、このような形で結実するとは……わたくし、感動いたしました」


 そう言って拍手を送るアニエスの姿は、まるで心優しい聖女のようだった。

 エドワード王は、そんなアニエスの内心を見透かすかのように静かに口を開く。


「アニエス。喜ばしいことは続くものだ。

 そなたの悲願である、フィリップの謹慎を解こうと思っている」


「まあ……!

 本当でございますか、陛下!」


 この言葉に、アニエスの瞳は狂喜に満ちた。


「アニエスは嬉しゅうございます!」


 ルシアを自陣営に引き込めなかったことなど、もはやどうでもよかった。

 フィリップの愚かな行動に対して激しく怒っていたエドワード王の怒りが解けた。

 それこそが、アニエスにとっては何よりも価値ある勝利だったのだから。


「(やはり、陛下は私を愛していらっしゃるのだわ!

 フィリップが王太子になれば、わたくしは陛下にとって唯一無二の存在になれる!

 公式の場でも陛下の隣に並び立つことが許される、唯一人の妻に!)」


 アニエスは、高揚感から体が震えるのを感じた。


 王への愛を証明するために、そして己が愛されている証として二人の愛の結晶である息子が玉座につく。


「うむ。フィリップの謹慎は解く。

 そして、学院の卒業式を終えた後に公の場で改めて次期後継について正式に発表するつもりだ。」


 エドワード王の言葉にアニエスは顔を歓喜に染め上げ、頬を紅潮させた。


「(フィリップの謹慎が解け、フィリップの学院卒業に合わせての次代の王を発表する……!)」


 これで、フィリップの地位は揺るぎないものとなる。

 そう、王妃という地位さえも、もはやアニエスの手の届く場所にあるように感じられた。


「ああ、陛下……!

 わたくし、このような慈悲深いお言葉を賜り、感謝の念に堪えません!」


 アニエスは喜びの涙を浮かべ、心からの感謝を述べる。

 

「そうか……」


 微笑みだけを浮かべるエドワード王に対し、ルージュ公爵は不機嫌な表情を浮かべる。


「陛下、そろそろ……」


「うむ。

 そうだ、ブランシュ公爵よ。

 そなた達も退席してはどうだ?

 想いを通わせたばかりの二人には時間も必要だろう?」


「お心遣いをありがとうございます、陛下」


「アニエスも良いな?」


「はい、私も陛下の御心に従います。

 ルシア嬢、今日はとても楽しかったわ。

 ふふ……貴女は私の青い小鳥なのかしら?

 貴女のお陰で吉報が届きましたわ。」


「……勿体ないお言葉をありがとうございます。」

 

 エドワード王の言葉に間髪入れずにレオナルドが答え、水を向けられたアニエスも満面の笑みで微笑む。


「では、他の者たちは茶会を楽しむが良かろう」


 一言残してエドワード王と重鎮達、そしてレオナルドとルシアは退室するのだった。


「(なんて良き日なのでしょう!

 ああ……この日、この時をどれだけ待ったことか!

 公式行事で私を伴うよりも、第二側妃を伴うことの方が多くて……何度歯がゆい思いをしたことかっ!

 ……でも、今日の陛下は私を見てくれた!

 きっと私の身を守るために、第二側妃を伴っていたのでしょう……!)」


 アニエスは、この日を人生で最も幸福な一日として記憶に刻んだ。

 彼女にとっての真の勝利は、ルシアを懐柔することではなく、愛する王の寵愛を一身に受けることだったのだから。


「(陛下!陛下……!

 私の愛しいエドワード様っ!

 私の運命のひと……!

 初めてお会いしたあの日から……アニエスはエドワード様だけに恋しています……!)」


 エドワード王への想いに頬を染め、熱っぽい視線をアニエスは向け続ける。


「(私とエドワード様の邪魔をする者は……アニエスがすべて排除いたします。

 そう……あの時のように……これからも……!)」


 アニエスはエドワード王の隣にいる己を想像し、うっとりと微笑む。

 

 ……だが、彼女はまだ知らない。

 この慈悲こそが、全ての終わりに向けた一手に過ぎないことを。





※※※※※※※※※※





 エドワード王や重鎮たちの気遣いで用意された一室。


「ルシア、こちらへ」


 重厚な扉がカチリと音を立てて閉まる。

 その音を確認したレオナルドは、まるで張り詰めていた糸が切れたかのように、ルシアをきつく抱きしめた。


「ルシアっ……ルシア!

 貴女が無事でよかった……!」


「レオ、ナルドさまっ……レオナルド様!」


 レオナルドの腕の中に抱きしめられ、ルシアの瞳から次々と涙が溢れ落ちた。


 もう二度と会えない。

 そう死ぬ覚悟を決めていたルシアにとって、この再会は奇跡のようだった。


 ルシアは、レオナルドの胸元で嗚咽を漏らしながら謝罪の言葉を口にする。


「申し訳ありません……!

 わたし、わたしっ!

 レオナルド様との約束を……!」


 無茶をするな、という約束を破りそうになったことを謝るルシア。

 しかし、レオナルドはルシアの言葉を遮るように彼女の頭を優しく撫でた。


「貴女が無事であれば構わないっ!

 そんなことよりも!

 貴女が恐ろしい薬の入ったあの紅茶を飲まなくて良かった……!」


 レオナルドの声は、安堵と恐怖で微かに震えていた。

 失うかもしれないという恐怖に、彼自身が震えているのだとルシアは気づく。


「お願いだ……!

 もう危険な真似をしないでくれ……!

 ルシア、貴女を失ったら……私は……!」


 弱々しく震えるレオナルドの声に、ルシアは彼の背中に腕を回し、ぎゅっと抱きしめ返した。


「レオナルド様……私は……」


 ルシアの言葉が続かない。

 彼女もまた、レオナルドを失うかもしれない恐怖を抱いていた。


 レオナルドはルシアの背中に回された腕の温かさを感じ、ほっと息をついた。


「ルシア……すみません、格好悪いですね……。

 やっぱり君を前にすると、どうも上手くいかないな」


 そう言って、照れくさそうに笑うレオナルド。

 いつもの冷静沈着な公爵ではなく、ルシアの前でだけ見せるヘタレな一面がそこにはあった。


「そんな事はありません、レオナルド様。

 えっと……その、レオナルド様は素敵な方ですよ。

 どちらかと言いますと、キラキラとしたレオナルド様の横に地味な私が立つ方が申し訳ないと言いますか……」


「地味っ?!

 誰にそんなことを言われたんですかっ?!

 ルシアほど凛とした横顔が美しく、素直な心根が可愛らしい、強いと思えば儚い人は他にはいません!

 第一、自信なげに此方を見つめてくる時の表情は子猫のように可愛らしいし、楽しげに微笑む姿はすぐにでも抱き締めてしまいたい程です!

 性格も純粋で優しくて、何よりも努力家で向上心も溢れている。

 危険へも怯むことなく立ち向かう姿は格好良いですが、出来れば安全な場所にいて欲しいとも思ってます。

 以前の晩餐会の折には、可愛らしいけれど美しくて……」


「わ、わかりました!

 わかりましたから、レオナルド様……もうお許しください……」


 唐突な褒め言葉の嵐にルシアは林檎のように顔を真っ赤に染め上げる。


「おや、私は本当のことを言っただけですよ?」


 褒められることに慣れていないルシアの可愛らしさに、悪戯が成功した子供のようにレオナルドは微笑む。


「……レオナルド様は優しくて、私に対して誠実です。」


「え……?」


「初めてお会いした時も眩しいほどに外見が良いと思いましたが、それよりも真っ直ぐに誠実に私へと愛を示してくれる。

 私という存在そのものを肯定してくれて、微笑んで下さる。

 私の心を汲み取り、このままの私で良いのだと言って下さったことに救われました。

 私が戦えると知っているのに我が身を顧みずに追い掛けてくれて……。

 初めて剣を振るうレオナルド様の姿を見たときは、普段の美しさに雄々しさも加わってドキドキしました。

 それに、私にだけでしょうか……?

 時々、自信なさげに困った顔をされたり、へにゃっとした笑顔が可愛い……」


「ルシア……!

 私が悪かった……!

 だから、もう……勘弁してください……!」


 意趣返しなのか、天然なのか。


「え?

 あれ……レオナルド様?

 その、首筋まで真っ赤ですけれど……?」


 レオナルドがしたようにルシアもレオナルドの好きな所を並べ始める。

 羞恥に染まった表情を見られるのが恥ずかしいのか、レオナルドは片手で顔を隠してルシアから背ける。


 しかし、首筋まで真っ赤に染まっていた。


「……ふっ」

「ふふふ……」


 何方からともなく小さな笑い声が漏れる。


「レオナルド様、私を助けようと来てくださり、ありがとうございました。」


「ルシア、貴女が無事ならばそれで構いません。」


「……私のことは、もう二度と離さないでくださいね、レオナルド様」


「ええ、もちろんです。永遠に、君を離さない」


 レオナルドの言葉は、ルシアの心を温かく満たしていく。


「(……レオナルド様には言わない方が良いかしら……?

 あの紅茶を少し飲んでしまったことと、禁薬が入ってなかったことを……。)」


 レオナルドの温かな腕の中に抱き締められながら、ルシアは思う。


「(……恐らくはお父様が私を試したのでしょう。

 あの紅茶には私が禁薬だと思うように、それに似せた香りを加えていた。

 …………目的は分からないけれど……つくづくお父様らしい。)」


 いつかはその事をレオナルドにも伝えるだろうが、今はまだこの温かな腕の中に居たいと思うルシアだった。



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