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その令嬢、隠密なり〜白薔薇の公爵は黒薔薇の令嬢へ求愛する〜  作者: ぶるどっく


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第五十五話



「とても面白い方ね、シュバルツ伯爵嬢。

 ……でも、貴女を見込んでのお誘いだったのに……とても、悲しいわ……」


 アニエス側妃は、それまでの微笑みを消し去り、悲しげに顔を伏せた。

 その悲嘆に暮れる様子に、彼女の取り巻きであろう令嬢たちが一斉に声を上げる。


「側妃様、大丈夫ですか?!」


「まあっ!お気を確かに!」


「酷いですわ、シュバルツ伯爵令嬢!」


「そうですわ!

 折角の側妃様の御心を無碍になさるなんて!」


 ルシアは、彼女たちの芝居がかったやり取りを静観していた。


「(彼女達は確か穏健派のご令嬢達だったはず。

 ……恐らくは、中立派のブランシュ公爵家を自分達の派閥側に引き寄せることが狙いなのね)」


 内心では冷ややかに分析しながらも、表面上は神妙な表情を浮かべる。


「申し訳ありません……」


 ルシアの謝罪の声にアニエス側妃は顔を上げ、まるで慈愛に満ちた聖女のように微笑んだ。


「皆様方、どうかシュバルツ伯爵令嬢をお攻めにならないでくださいませ」


「まあっ!なんてお優しいの!」


「流石は第一側妃様!なんと慈悲深いのでしょう!

(まるで劇でも観ているようだわ)」


 ルシアはアニエス側妃と穏健派の令嬢たちのやり取りを、心の中でそう評した。


 完璧な茶番劇。

 ルシアを追い詰めるための、緻密に練られた脚本だった。


「ねえ……シュバルツ伯爵令嬢?私はね、貴女とこうして面と向かって言葉を交わしてみて思いましたの。

 ……貴女にはまだ何か……そう、何か重要な秘密があると」


 アニエス側妃は、うっそりと微笑む。

 その目はルシアの奥底を見透かそうとしていた。


「……!買い被りですわ」


「ふふふ……シュバルツ伯爵令嬢、いえルシア嬢……貴女のことをもっともっと教えてちょうだい?

 私は貴女と仲良くなりたいと思っていますの」


アニエス側妃が持っていた扇をパチリと鳴らすと、ルシアの前に新たに白磁のカップが差し出された。


「この紅茶はね、私が特に仲良くなりたい方にのみお出しする特別なものなの」


 その言葉に、ルシアはゾッとした。


「ありがとうございます。

(まさか……この香りは?!)」


「貴女に是非飲んでほしいわ」


 アニエス側妃はルシアの反応を観察しながら、甘い声で囁く。


「(嘘でしょう……紅茶に禁薬を混ぜたというの?

 まさか……フィリップ王子やその取り巻き達にも飲ませていたというのっ?!)」


 ルシアの背筋に冷や汗が流れ落ちる。

 ノワールとして知っている情報が、一気に繋がった。


「(この禁薬は香りを嗅ぐだけでも中毒性があり、人の心を操り、誘導する。

 経口摂取量を間違えれば、飲んだ人間は意志のない操り人形となり、薬が切れると……)」


 ルシアの脳裏に姉より聞いた禁薬を使用された人間の末路が思い浮かぶ。

 それは言葉に出来ないほどに悲惨なものだった。


「アニエス側妃様、私は……」


「貴女は賢明な女性だと思っていたのだけど……私の思い違いかしら?」


 公爵の婚約者では有るが、現在はたかが伯爵令嬢でしかないルシア。

 そのルシアが側妃の勧めた紅茶を断る。


 そんなことが許されるはずがなかった。

 アニエス側妃の紅茶を断ればルシアだけでなくシュバルツ伯爵家、そして……レオナルドへも咎が及ぶ可能性がある。


「…………。

 (断ることは……できない……)」



 如何に隠密として修練を積んだルシアであろうとも、この禁薬を摂取して己が無事で済むとは思えなかった。


「…………。

 (……レオナルド様は……怒るかしら……それとも、悲しませてしまうかしら……。)」


 アニエス側妃だけでなく、周囲に座った令嬢達もルシアへと早く紅茶を飲めと無言の圧力をかけてくる。


「(……ごめんなさい……レオナルド様……約束を守れそうにありません……)」


 ルシアはテーブルの下で震える手をギュッと握りしめ、覚悟を決める。

 

 ルシアの心に思い浮かぶのは、レオナルドとの思い出と愛していると言う言葉。


「頂きます」


 震える指先を心を押し殺し、普段通りの微笑みを浮かべて紅茶へと手を伸ばす。


「(ノワールの秘密を吐き、レオナルド様の足枷になるくらいならば…………私は……隠した短剣でこの命を断つか……窓から飛び降りるか……)」


 美しい白磁のカップの中で揺れる紅茶。


 奇しくも揺れる紅茶のその色は、レオナルドの瞳の色を連想させるものだった。


「(初めてブランシュ公爵家を訪れたあの日、レオナルド様とも紅茶の話をしましたね。)」


 あの日の迷推理を、レオナルドの驚く表情を思い出し、ルシアはクスリと笑ってしまう。


「(レオナルド様……もう一度……お会いしたかった……!

 でも……貴方の瞳の色に殺されるならば……)」


 己を死に至らしめる紅茶の色にレオナルドを重ね、その色に殺されるならばまだマシだとルシアは思う。


「さあ、冷める前にお飲みになって」


 死刑宣告をするようにルシアへと紅茶を勧めるアニエス側妃。


「はい。

 (レオナルド様……さようなら。

 貴方様に出逢って……レオナルド様の愛を知って、ルシアは幸せでした。)」


 白磁のカップへと唇を付け、紅茶を飲もうとしたその時


 お茶会の会場である広間の重厚な扉が、厳かに開かれた。


「国王陛下の御来臨です!」


「「「「「……っ?!」」」」」


 お茶会の出席者達に動揺が走る。


 広間に現れたのは、一見すれば穏やかな笑みを浮かべたエドワード国王。


 王に続くようにルージュ公爵とヴァスト侯爵が、改革派と穏健派の筆頭としての威厳を漂わせ続く。

 更にその後ろには冷静な面持ちながら、瞳の奥に厳しい光を宿したレオナルドがいた。


 レオナルドの視線は広間の中にいたルシアをまっすぐに捉えた。

 周囲の喧騒すらも消し去るかのような、強い執着と安堵が入り混じった光をその瞳は放っていた。


「レオ、ナルド……様……」


 ルシアの瞳から一筋の涙が流れ落ちるのだった。




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