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その令嬢、隠密なり〜白薔薇の公爵は黒薔薇の令嬢へ求愛する〜  作者: ぶるどっく


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第五十三話



「えっと……あの……その、あ、ありがとうございます?

 いや、ありがとうは違う……?

 え、えっと、こ、こういう場合はどう対処すればいいのでしょうか…、?

 わ、わたしはこのような経験が皆無で……」


 顔を真っ赤にして瞳を涙で潤ませ、ワタワタと動揺するルシア。

 己の告白に動揺するルシアの姿に、レオナルドは内心で深く息を呑んだ。


「(可愛すぎるだろう……え?進めてもいいのか?

 こうすればいいのだ、と今すぐにルシアを抱きしめて、口付けて、それ以上のことを……)」


「レオナルド、さま……?」


 ルシアはぼんやりとした頭で、レオナルドの熱のこもった真剣な瞳を見た。

 彼女の混乱をよそに、レオナルドの心は邪な衝動で満たされていく。

 ……だが、ルシアの純粋な瞳が欲が破裂する寸前でレオナルドの理性と紳士を引き戻した。


「……この場合の対処でしたね。

 この場合は、私に肯定の返事をすればいいと思います」


「あ、あう……」


 ルシアはレオナルドの言葉に戸惑い、俯いてしまう。

 その様子を見て、レオナルドは罪悪感が胸をもたげてくるのを感じた。


「(い、虐めすぎただろうか……?)」


「……わ、たしも……レオナルドさまの、ことをお慕い、して……いる、のでしょうか……?」


 絞り出すような、か細いルシアの声。

 その言葉は、まるで自分の心に問いかけるようだった。


「どうして、そんな風に聞くんです?」


 レオナルドは、ルシアの額に重ねた額をそっと離し、彼女の瞳をまっすぐに見つめ返した。


「……だって、レオナルド様が……私のことを愛おしいと言ってくださって……とても胸が熱くなって、身体が震えて……。

 今、言葉にできないほど嬉しいです……。

 でも、これ、がお慕いしている、ということ……なのでしょうか……?」


 ルシアは生まれて初めて抱いた感情の正体が分からず、まるで幼い子供のように途方に暮れていた。

 その戸惑いは、レオナルドの心を激しく揺さぶった。

 レオナルドは、これ以上ルシアを不安にさせてはいけないと悟る。


「そうですね、ルシア。

 きっと、それが……ルシアなりの私をお慕いしている、ということでしょう」


 ルシアの震える両手を優しく包み込み、レオナルドは優しく微笑んだ。


「ルシア、私の想いを疑うならば、何度でも貴女へ愛の言葉を伝えましょう。

 私の全てで貴女への愛を何度でも伝えます。

 そして、私の想いを受けて、貴女が感じたその気持ちが、ルシアからの私への愛情だと……そう、自信を持ってください」


「わ、たし……」


「貴女はノワールとしてではなく、ただのルシアとして、私に隣にいてほしいと願う……私の、ただ一人の愛しい人だ。

 もう一度、いえ、何度でも言います。

 貴女が貴女であれば、それでいいんです。

 他の誰かになろうとしなくていい……私は貴女が、ルシアだけがいい。」


 レオナルドの言葉はルシアの心を解き放ち、彼女の瞳から大粒の涙がこぼれ落ちた。


「ふ、うっ……」


 それは、悲しみの涙ではなかった。


 自分が何者でもなく、ただの「ルシア」として愛されていることへの、深い安堵と喜びの涙だった。


「……わ、たし……」


 ルシアはぼろぼろと涙を流しながらも、震える声でつぶやく。


「わたしは……レオナルドさまのことが……だいすきです……!」


「ルシア……!」


 大粒の涙と一緒に告げられたルシアの想い。


 ルシアの想いを聞いたレオナルドは、胸に込み上げる熱い想いを抑えきれなかった。

 レオナルドは万感の思いで涙を流すルシアを再び強く抱きしめた。


「ああ、ルシア……私もです!

 わたしも、貴女を愛しています……!」


 ルシアとレオナルドの間に、これ以上言葉はいらなかった。

 ただ、互いの存在を確かめ合うように、その温もりを分かち合う。

 ルシアはレオナルドの腕の中で、彼の温かさや心臓の鼓動を感じながら、今まで感じたことのない深い安堵と安らぎに包まれていた。


「(あたたかい……ああ……ずっと、このままでいたい……)」


 ふわふわとした心地よさに身を委ね、ルシアはぼんやりと考える。


「(あれ……?何か大事なことを忘れているような……?)」


 微睡みのような温かさに包まれ、夢現の間に落ちそうになっていくルシアの思考。


 ……しかし、それは許さないとばかりに脳裏に遠い記憶の残骸が浮かぶ。


 側妃のお茶会、招待状、王城……。


 次第に鮮明になっていく記憶の断片に、ルシアの頬が青ざめていく。


「アニエス側妃の招待状っ!

 えっ?!あれ?い、今何時ですかっ?!」


 急速に通常運転の思考回路を取り戻したルシアは慌ててレオナルドの胸から身を離す。

 慌てて執務室の窓の外を見れば、すでに夕日は傾き、あたりは薄暗くなっている。


 ……完全に時間を忘れていた。


「レオナルド様!わたし、王城に……!

 い、いかなきゃなんです!」


「くっ……!思い出してしまいましたか……!」


 ルシアの必死な様子に、レオナルドは悔しそうに顔を歪める。

 だが、その表情にはどこか安堵の色も見えた。


「あ、でも……その、良かったです。

 少しだけ、レオナルド様のことが分からなくなって、このままどうなるかと……」


「それは……私の方の台詞ですよ、ルシア」


 レオナルドは今にも飛び出していきそうなルシアの腕を掴み、引き寄せる。


「もう……離しませんから。

 貴女を一人で危険な場所になど行かせませんよ」


「うっ……ですが、これとそれとは、また別問題と言いますか……」


「ルシア、私の愛する人。

 確かに、私の言葉は貴女の覚悟や使命を無視した、身勝手なものでした。

 ですが、聞いてください。

 貴女が私を守りたいと思うように、私も貴女を、ルシアを守りたいのです。

 …………もし貴女の身に何か有れば……全てを薙ぎ払うでは済みませんからね。」


「え゛っ……いや、でもですね……」


 唐突に底冷えする瞳で不穏な言葉を告げたレオナルドに、ルシアから変な声が漏れる。


「あの時の言葉は私の心からの本心です。

 私にとって、この世の中で貴女以上に価値のあるものなど有りません。

 ゆえに、貴女が私の隣に相応しくないという愚か者だけでなく、ルシアに危害を加えようとするならば全て私が薙ぎ払い、排除します。」

 

 レオナルドの声は先ほどとは違う、静かで、しかし揺るぎない決意に満ちていた。


「レオナルド様……」


 ルシアは、その言葉に胸を締め付けられるような痛みを感じた。

 レオナルドが自分をこれほどまでに深く想い、慮ってくれている。

 その純粋……と言うには重すぎる愛情では有るが……だが、掛け値無しの言葉にルシアの心に強く響いた。


「……レオナルド様……えっと……」


 ルシアは自分の手からレオナルドの手をそっと離した。

 その感触に、彼の瞳に焦燥の色がよぎる。

 まるで、彼女が自分から離れていくことを恐れる幼子のような、切実な色だった。


「その、ご心配をありがとうございます。

 そして、そのようなお言葉を頂けること、本当に嬉しく思います……ですが、やはり私はノワールとしての自分も捨てられなくて。

 ノワールとしての私の役目も全うしたいのです。

 アニエス側妃の真意を探ることは、王国のため、そしてレオナルド様のためにもなる。」


 ルシアの声は静かだったが、その中に強い決意が宿っていた。

 彼女は、王城へ行くことが、レオナルドを護ることに繋がる、と信じていた。

 彼の焦りも、独占欲も、そのすべてが自分への愛情だと知っているからこそ、ルシアは彼を傷つけずに説得したかった。

 自分から彼の手を離したのは、そうすることで彼を危険から遠ざけたい、というルシアなりの決意の表れでもあった。


 レオナルドは、ルシアの言葉に黙り込んだ。


「(……このまま問答を繰り返して、私の把握していない場所で行動されるよりは……私にも情報が入るように仕向ける方が得策、か。

 恐らく、私が反対したとしてもルシアの実力ならば阻止することは不可能。)」


 彼女の決意を目の当たりにし、もはや物理的に阻止することはできないと悟る。


「(……ならば……別の手を打つまで、だ。)」


 ……しかし、諦められるはずもなかった。


「……分かった。」


 レオナルドは、思考を切り替えて絞り出すようにそう答えた。

 その声には深い悔しさと、ルシアを失うことへの根源的な恐怖が滲んでいた。

 レオナルドはルシアの腕を掴もうとした手を、かろうじて押しとどめる。

 ……その指先が、空中で震えていた。


「だが、約束してください、ルシア。

 決して無茶はしないと。

 そして、何かあれば、すぐに私を頼ると。」


 レオナルドの瞳はルシアの小さな変化も見逃すまいと、ひどく切実にルシアを見つめていた。

 まるで、彼女が目の前から消えてしまいそうなのを恐れているかのようだった。

 レオナルドの視線に、その想いの深さと強さをルシアは感じ取る。

 彼がどれほど自分を想ってくれているか、痛いほど伝わってきたからだ。


「はい、レオナルド様。必ず。」


 ルシアは、レオナルドの真剣な眼差しに、静かに頷いた。


 その言葉には、公爵への信頼と、決して彼を裏切らないという誓いが込められていた。


 執務室を出たルシアは、深い息を吐いた。


 レオナルドのあの切羽詰まった表情や力強い腕のぬくもりが、ルシアの脳裏に焼きついている。

 彼の愛情が、これほどまでに深いものだとは、夢にも思わなかったルシア。


 自分の「迷推理」が、いかに的外れだったか、今更ながらに顔から火が出る思いだった。


「(レオナルド様を、これ以上心配させないためにも……。)」


 ルシアは、王宮からの招待状を改めて見つめた。

 アニエス側妃の意図は測りかねるが、ルシアが王城へ出向くことで、レオナルドが直接危険に晒される可能性を減らせる。


 そして、ノワールとして、この国の根幹を揺るがしかねない王城内の闇を暴く。

 それが、今のルシアにできる最大のレオナルドへの返礼であり、忠誠……そして愛情だった。




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