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その令嬢、隠密なり〜白薔薇の公爵は黒薔薇の令嬢へ求愛する〜  作者: ぶるどっく


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第五十ニ話



「お願いだ、ルシア……。

 私にあなたを守らせてくれ……」


 レオナルドの言葉は、ルシアの胸に深く突き刺さった。

 懇願する言葉とは裏腹に、ルシアを引き寄せ抱き締めたレオナルドの腕の力は強い。


 彼の、普段の理知的な姿からは想像もできないほどの、狂おしいまでの執着と愛情。

 

「(……だめ……)」


 レオナルドの言葉はルシアの心を激しく揺さぶる。


「駄目です、レオナルド様……」


 しかし、それと同時にルシアは理解していた。


 これは、レオナルド個人の問題ではない。

 シュバルツ家、そして王国に関わることなのだと。

 そして、それ以上に……


「お願いです……だめ、なんです……」


「ルシア……?」


 普段の凛としたルシアとは違う、弱々しくレオナルドの胸を押す力。

 いつもとは違う様子のルシアに、レオナルドの理性が急速に戻っていく。


「わたし、私は……ノワールなんです……」


 レオナルドの言葉に揺さぶられたルシアの心。

 ずっと……ずっと、心の奥底に封じ込めていた蓋にヒビが入る。


「わたしは……だめなんです。

 美しくて薬の才能もある姉さまにも、お父様の頭脳を受け継いだ兄様にも、才能あふれる弟にも……劣る……。

 だから……ノワールとして努力して……でも、ただの私には何もなくて……」


「ルシア……」


 まるで迷子の子供のように途方に暮れた言葉。


「わたしは……頑張らなきゃ、努力して、努力して……せめて、ノワールとしては家族に恥ずかしい思いをさせないように……頑張らなきゃ……それに……」


 ルシアはか細い声で……


「それに……ただのわたしには……レオナルドさまの横に並ぶ価値など……」


「ルシアッ!」


 彷徨う瞳を己へ向けさせ、震える頬に両手を添えてルシアの名前をレオナルドは強く呼ぶ。


「あっ……」


「ルシア、ルシア……頑張らなくていいんだ。

 貴女は十分に頑張っている!」


「レオナルド、さま……」

 

 ルシアが生まれた時、すでにその才能を開花させていた姉と兄。

 自分の後に産まれてきた弟はノワールとして、隠密としての才能に溢れていた。


 両親が、兄弟がルシアを蔑んだり、見下すことなど全く無かった。

 それ所か、明らかに兄弟達に劣るルシアを追い詰めるような言葉を吐くことすらなかった。


 しかし……ルシアには分かるのだ、分かってしまうのだ。


 明らかに自分が兄弟達に比べて劣っているということを。

 だからこそ、ルシアは努力した。

 

 初任務で負った背中の大きな傷で、ルシアは自分に女としての価値は無くなったと思い込んだ。

 女としてではなく、一人の隠密としての価値を高めることに没頭した。


 努力して、努力して、努力して……兄弟達に見劣りはするものの、ノワールとしては一人前の実力をルシアは手に入れた。


 努力の果てにやっと手に入れたノワールとしての実力と立場。


 だが……レオナルドはルシアにノワールとしての実力を求めない。

 ノワールとしてではなく……ただのルシアを求めるのだ。



「(……ただのわたしに……なんの価値があるというの……?)」


 揺れ動くルシアの心。

 

「ルシア、ルシア……」


 呆然と涙を流すルシアの痛々しい姿に、レオナルドもまた苦しげな表情を浮かべる。


「すまない……私の言葉が貴女を傷付けてしまった……!」


「れお、なるど……さま……」


 震える細いルシアの身体をレオナルドは抱き締める。


「ルシア……どうか、聞いて下さい。」


 抱き締めた身体を抱き上げ、レオナルドは執務室の中にある長椅子へとルシアを連れて行く。


「ルシア、信じなくてもいい。

 だが……これだけは伝えたい。」


 長椅子に座らせたルシアの前へと跪き、真剣な眼差しで見上げるレオナルド。


「私は貴女を、ルシアをただ一人の女性として愛しています。」


「え……」


「ただのルシアでも、ノワールでも、他の何かであったとしても、私は貴女がいい。

 貴女以外は要らない……貴女だけが、ルシアだけが愛おしいと思う。」


 ルシアは目を瞬かせる。


「えっ……ええぇぇぇっっ?!

 ちょ、えっ……?」


 レオナルドの熱のこもった瞳を真っ直ぐに見つめ……返すことができずに、ルシアは顔を真っ赤にしてワタワタと慌て出す。


「わたっ!わたっ私はっっ?!」


「ふっ……!

 ふ、ふふ、ふはっ……!」


 顔を真っ赤にして混乱し、涙で潤んだ瞳のルシアにレオナルドは笑ってしまう。


「わ、笑うのはっひどいです……!」


「も、申し訳ない……だが、ルシアがあまりにも可愛らしくて」


「かわっ……?!」


「ふふ……すまない、ルシア。

 どうか、許しいてほしい。」


「うっ……」


 目を細めて優しく笑うレオナルドにルシアは何も言えなくなってしまう。


「ルシア、ルシア……私の唯一無二の愛しい人。

 貴女は自分にノワールでなければ価値がないという。

 だが、私はルシアがルシアで有ればそれでいい。」


 涙が伝う白い頬に手を伸ばし、涙を優しく拭いながらレオナルドは顔を近づけていく。


「私の隣に居ることが苦痛でなければ……どうか、私の隣にいて欲しい。

 ルシアが私の隣に相応しく無いという愚か者がいれば、全て私が薙ぎ払い、排除します。」


 耳と言わずに、首筋まで真っ赤に染まるルシアの額に己の額を重ね、レオナルドは甘く微笑むのだった。




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