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その令嬢、隠密なり〜白薔薇の公爵は黒薔薇の令嬢へ求愛する〜  作者: ぶるどっく


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第四十話



「ヴィオレッタ姉様、レオナルド様を困らせないでください!」


 ルシアは思わず声を張り上げ、レオナルドと姉ヴィオレッタの間に一歩踏み出した。


「あらあら……まあ、ルシアったら。

 声を荒げるなんて珍しいわね?」


 艶やかな唇を扇で隠しながら、ヴィオレッタはくすりと笑った。


「困らせるだなんて。

 私はただ、公爵様と少しお話していただけですのよ」


「そ、そうかもしれませんが……」


 ルシアの頬はみるみる赤く染まり、さらにうつむいてしまう。


 そんなルシア様子に、レオナルドは思わず目を細めた。


「……ルシア、私のことを案じてくれてありがとう。

 (もしかして……嫉妬してくれている……?

 少しは期待してもいいだろうか……?)」


「え……あ、レオナルド様……」


「ふふ……」


 頬を染めあうレオナルドとルシア。

 ヴィオレッタは二人のやりとりを眺め、楽しげに肩を揺らした。


「やっぱり嫉妬ね。

 あの無垢なルシアが、こんな表情をするなんて……」


「ち、違います!

 嫉妬なんて……!私はただ……」


 必死に否定するルシアの姿は、まるで小さな動物が懸命に毛を逆立てているようだった。


 その時、ギルバートが低い声で口を開いた。


「……姉上、そろそろよろしいですか?」


 ギルバートの冷ややかな声音に、場の空気が少し張り詰める。


「ルシア、階段から転落した件は良い判断だったと父も褒めていた。」


「兄様、ありがとうございます。」


 ルシアの声がわずかに揺れる。


「突然のことではありましたが、陛下のご意向に従う判断を出来たことに安心致しました。

 あの時は、レオナルド様も駆け付けて下さりましたから。」


 そう答えると、自然と視線はレオナルドへ向かった。


「そうか」


 ギルバートは淡々と頷いたが、その眼差しは冷たい刃のように鋭くレオナルドを射抜いた。


「ルシア、改めて気を引き締めるように。

 そして、ブランシュ公爵。

 御存知の通り、この公爵家にも我々の目は届いている。

 隠密としての立場でならばともかく……妹が傷つくようなことがあれば……我らが黙っていると思うな」


「……心得ています」


レオナルドは微笑を崩さなかったが、背筋に微かな寒気を覚えた。


「(さすが……ロデリック伯爵の血を引く者)」


「姉様っ!」


 緊張を破るように、フローリアンがルシアへ駆け寄った。

 まだ幼さの残る顔には涙ぐむほどの心配が浮かんでいる。


「本当にご無事なんですか?

 あのバカ……王子やクソ、クラリスが何かしたら……僕、絶対に許しません!」


「フローリアン……」


 フローリアンの隠しているようで、隠せていない真っ黒な部分に気が付くことなく、ルシアは弟の頭を撫でて微笑んだ。


「大丈夫よ。本当に。

 レオナルド様が助けてくださったの」


「……っ」


 フローリアンの瞳がきらりと光り、レオナルドへ鋭い視線を送る。


「ならいいですが……

 (守る以前に、姉さまが危険に巻き込まれないようにするべきでは?

 ぶっちゃけ、あの公爵のくだらない噂のせいで姉さまが迷惑を掛けられてる時点で去勢してやりたいんだけど?

 はあ?なーに、姉さまが嫉妬してくれて嬉しいみたいな顔してるんですか?

 一度しっかりと話をするべきですかねえ?)」


「(……フローリアン、黒いモノが漏れ出してるぞ……。

 さっさと、なおしとけ。

 何かあった瞬間に証拠を押さえて、処せばいい話しだ。)」


「(あらあら……青いわねえ?

 ふふふ……私の可愛いルシアの恋する表情をみれたことは嬉しいけれど、ね?

 他の女との噂を放置していたことは頂けないのよねえ?)」


「(……姉さま、兄さま、フウ。

 どうして私にはわからない矢羽根で話すのですか?)」


「「「(ルシアは気にしなくていい)」」」


 そんなやり取りを矢羽根で、しかもルシアにはわからない矢羽根で言葉を交わす兄弟達。




◇ ◇ ◇


 その夜。


 廊下を歩いていたルシアは、不意に背後から呼び止められた。


「ルシア、少し待ちなさい」


 振り返ると、伯爵家へ帰宅したはずのヴィオレッタが立っていた。


「姉さま……」


「先ほどの件、気になって仕方ない顔をしていたわね。

 ……少し、お話しましょうか」


 二人は人目を避け、客間の小さな応接へと入った。

 蝋燭の炎が揺れ、二人の影を壁に映し出す。


「姉様、先ほどは恥ずかしい姿を晒してしまい、申し訳ありませんでした……」


 ルシアはシュンとした雰囲気で切り出した。


「私……最近……少し可笑しいのです……」


「ふふ。可愛い妹ね。

 そう……そうね、貴女は今、自分の心の変化に惑っている。

 そうでしょう……?」


「はい……」


ヴィオレッタは椅子に腰を下ろし、扇を膝に置いて尋ねた。

 ルシアも同じように座り、顔をうつむかせる。


「でも、あれでよく分かったわ。

 あなた、本当にあの方に心を許しているのね」


「えっ……そ、そんな……!」


 ルシアの顔がまた赤く染まる。


「否定しても無駄。

 表情に全部出ていたもの。

 ……あの冷静なルシアが、恋をしている顔だったもの」


「……っ!」


 恋している、その言葉にルシアは驚いた表情を浮かべる。

 そして、言葉に詰まるルシアを見て、ヴィオレッタは小さくため息をついた。


「いいこと?

 あの方を想うのは構わない。

 でも忘れないで。

 あなたは公爵家の婚約者であると同時に、王宮の渦に呑まれた一人でもあるの」


 ヴィオレッタの忠告にルシアの瞳が引き締まる。


「最近、アニエス側妃が妙に活発に動いているわ。

 フィリップ王子の件で王が激怒した後だからこそ、彼女は必ず何か仕掛けてくる」


「アニエス側妃が……」


「そう。

 彼女は貴女を取り込もうとするはず。

 甘言も、罠も……だから、絶対に気を許しては駄目」


 ヴィオレッタの声音は真剣そのものだった。

 扇を閉じる音が、やけに鋭く響く。


「……はい。肝に銘じます」


 姉からの直々の忠告にルシアは背筋を伸ばし、強く頷いた。


「よろしい」


 ヴィオレッタはようやく微笑み、妹の髪を指先で軽く撫でた。


「でもね。

 貴女がもし泣くようなことがあれば……その時は姉が代わりに毒でも盛って、すべて眠らせて差し上げるわ」


「……もう!姉様ったら!」


 ルシアは思わず苦笑した。


 蝋燭の炎が揺れる中、二人の間には確かに姉妹としての絆が宿っていた。




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