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第四話


「父上、ブランシュ公爵とは、あのブランシュ公爵ですか?!」


「うん?

 あのブランシュ公爵の"あの"の部分がよく分からないけれど、フローリアンの言うブランシュ公爵で間違いないと思うよ。」


 バンッ!とテーブルを叩き、父に噛み付く勢いで問い掛けるフローリアン。


「フローリアン、控えなさい。

 ルシアが絡むと短気になる点は貴方の悪い癖です。」


「現ブランシュ公爵と言えば……爛れた女性関け、では無くて……時期宰相とも誉れ高い人物だったと記憶していますが……。

 なぜ、ルシアとの婚姻を?」


 母がピシャリと興奮しているフローリアンを制し、父の思惑を探るように問い掛ける姉様。


「表向きは由緒正しい男爵一家であり、数年前の飢饉の際における国への貢献が認められ伯爵位を賜ったことになっていますよね?

 この国において貴族の体面も気にしない変わり者一家。

 そんな設定の家の娘と名門公爵家の当主の婚姻?

 単刀直入に言いますが、お互いに利点が有りますか?」


 兄様の言葉に深く頷いてしまう。

 表向きは代々研究バカな当主が貴族の嗜みやらもなんのそので好き勝手研究していることになっているシュバルツ男爵家。


 数年前に王国を襲った大きな飢饉の際に今までの研究の成果です、という建前で改良していた作物の種などを献上した功績。

 改良した作物の種なのお陰で王国内で唯一例年と変わらぬ収穫を得た男爵家の領地。


 あの時はその作物で炊き出しをしたりと慌ただしかったなぁ……


 まあ、その功績により伯爵位を与えられたとは言え、由緒正しい公爵家から見れば新参者の伯爵家。


「(どう考えても利点がない……)」


 公爵家(あいて)側は兎も角、隠密一族(こっち)側は世間の注目を浴びるようなことは避けたいはず。

 この婚姻を囮として注目を引く以外に双方の利点(メリット)が無いことを父が、隠密一族の長が許す?

 貴族の婚姻を決定する国王陛下だって許すとは思えない。


「……この婚姻は、お世継ぎ問題に関しての布石ですか?」


「改革派と穏健派、二つの勢力が水面下で争っている風を装っていますが……ね?」


 陛下の血を継ぐ王子が二人、王女が一人。

 第一王位継承権の持ち主であるが、身体が弱いという噂が付きまとう王女殿下。

 そのため、第二王位継承権を持つ王子が王位を継ぐのではないかというのがお喋りな貴族達の有力な見方だ。


「亡くなった王妃に瓜二つな王女殿下。

 陛下は殊の外、王女殿下を大事になされている……わざわざ友人という立場を私に与えて護衛させる程に。」


「表と裏、どちらからでも隠密(ねえさま)を侍らせることが出来るように。

 表向きは王女の横に御学友の伯爵令嬢が控えているだけ。

 しかし、有事の際には王女を守る最後の砦であり、身代わりとなる盾。

 ……たかが男爵令嬢が王女の傍に控えていることが可笑しいから伯爵位を与えたかっただけでしょうに。」

 

 不服そうに顔を歪めるフローリアンに苦笑してしまう。

 隠密としての実力が認められているからこそ、与えられた王女殿下の護衛。


「(優しくて、綺麗で……いえ、あの儚い美貌を裏切る茶目っ気のある笑顔が大好きだから身代わりになったとしても後悔はしない。)」


 あの月の光を集めたように美しい銀色の王女殿下を思い浮かべ笑みが溢れる。


「うんうん……色々な情報を集めて考察することは良いことだね。

 そうだねえ……うん。

 結論から言うと……」


「「「「結論から言うと……?」」」」


 お茶を啜りながら勿体ぶった間を空ける父


「公爵との賭けに根負けしちゃったんだよねえ」


「こうしゃくとの……」


「かけ、に……」


「こんまけした?」


「え?

 私ってば賭けに負けて売り飛ばされた?」


 飄々と笑う父の横で母は頭を抱えてため息をつく。

 

 呆気にとられて頬を引きつらせる兄弟の無言の怒りが身体から立ち昇る。

 売り飛ばされたのかぁ……と遠い目をする私を置いて、父と兄弟達の怒りの追いかけっこが開幕するのだった……。






※※※※※※※※※※





「(なつかしーなー……姉様を筆頭にした父様を的にした追いかけっこ……。

 最終的には無傷で逃げ切った父様が、母様に吊るされるまでが一連の流れだったなぁ……。

 結局、この結婚の理由としては改革派にも穏健派にも属さないブランシュ公爵家を中立のままにしておきたいという表向きの理由で押し通されちゃったけど……ねえ?。

 絶対にそんな理由ないと思うのは私だけかな?

 表向き理由だけで考えるなら護衛と情報収集が主な任務。

 どちらかの派閥とお友達になる場合は知らせた上で妨害工作をすることがオマケ。

 でも、あのお父様のことだから私の知らない裏の理由が有る……絶対にある。

 私達に話していない情報が絶対にある。

 何かは分からないけれど、私を試している気がする。

 それに、この婚姻自体が仮初めの可能性もある。

 時期が来たらルシア・シュバルツを表向きに消して、別の肩書で元々の台本(シナリオ)通りの相手に嫁ぐ可能性だってある。)」


 自分の家では絶対に購入しないであろうフワッフワの絨毯から現実逃避をしつつ考える。


 どちらにせよ、隠密一族の一人として長、ひいては国王陛下の意のままに動くだけのこと。

 それがこの国のためになるならばそれでいい。


 心中は兎も角、普通の令嬢らしく緊張した様子で執事長の後ろを歩いて行けば、来客用の応接間と思われる部屋へと案内された。


「失礼します。

 ルシア・シュバルツ嬢をご案内いたしました。」


 執事長が開いた扉の先、品良く纏められた応接間の中に居た人物。


「お待ちしておりました、シュバルツ嬢。」


 私に詩人的な才能があったならば、あーだこーだと賛美の言葉がスルスルと出てくるのでしょうけど……


「(わー……キラキラしてる。

 え……?

 私、この顔の横に並ぶの??)」


 美人、麗人……物語から出てきた王子様?

 この世には数多の美貌を讃える言葉があるけれど、私の語彙力では表現しきれない。


「貴女を心より歓迎します」


 色んな年代の女性達が鼻血を吹いて倒れそうな甘いマスクの微笑み。

 王女殿下の繊細な美しさとはまた違った美しさ。


「……初めまして、ブランシュ公爵閣下。

 ルシア・シュバルツと申します。

 どうぞ末永く宜しくお願い致します。」

 

「……え?」


「え?」


 我ながら完璧なカーテシーだと思ったのですが……え?

 公爵の反応に戸惑ってしまう。


「え、あの……私、何か粗相をしてしまったでしょうか……?」


 何故か固まってしまった公爵へ恐る恐る問い掛けてみる。

 

「あ……いや、その……あー、シュバルツ嬢?」


「はい」


「私のことを覚え……いえ、何でもありません……。

 はじめまして……レオナルド・フォン・ブランシュと言います。

 どうぞ宜しくお願いします……。」


「よ、よろしくお願いします。」


 何かを聞こうとして……やめた?

 えっと……キラキラオーラが消えて、ドンヨリとしたオーラが……。

 しかも、叱られて落ち込んだワンちゃんのような……?

 耳がペタンとなって、尻尾が元気がなくなった幻影が見える気がする……。


「あの、えっと……」


「……戸惑わせてしまって申し訳ありません、シュバルツ嬢。

 そう……例え忘れてしまっていても、もう一度初めましてから始めれば良い。

 ただそれだけのことですよね。」


 公爵の言葉の後半はゴニョゴニョと小さくて聞こえなかったけど……。

 切っ掛けは分かりませんけど気持ちを入れ替えたのか、ドンヨリオーラを消し去った公爵。


「改めまして。

 ようこそ、シュバルツ嬢。

 貴女のことを心より歓迎します。」


「よろしくお願い致します、ブランシュ公爵閣下」


 ドンヨリオーラを消し去り、改めてキラキラと目映い笑顔を向けて来る公爵。


 ……なんだろう……?

 綺麗な笑顔なんだけども、妙な圧?必死さ?を感じると言うか……。


「……シュバルツ嬢、長旅で疲れたでしょう?

 自室へと案内させますので、一度休憩しては如何でしょうか?

 アストル、頼む。」


「はい、旦那様。

 此方へどうぞ、シュバルツ嬢。」


 此方が肩透かしを食うほどにアッサリとした初対面。

 私としては自分に興味を持って欲しい訳では無いから構わないけど……やっぱり顔かしら?

 あのキラキラしい顔の横に並んでも違和感が無いような顔面力は生憎持ち合わせないし。

 隠密として可もなく、不可もない、普通の顔立ちの私。

 負け惜しみじゃなくて、この普通な顔が私自身は好きなんだけどな。

 

「(まあ、顔の皮を剥がせばみんな似たような顔だとしても、その整った顔の皮が殿方も淑女も大好きだからしょーがない。)」


 さっさと退室の一礼を済ませ、執事長の後ろに付いて行く。


 そうすると、背後から何か重たい大きな音が聞こえた気がしたけれど……気の所為、だったのかな?




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