表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
その令嬢、隠密なり〜白薔薇の公爵は黒薔薇の令嬢へ求愛する〜  作者: ぶるどっく


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

26/78

第二十六話




 レオナルドの怒りに凍り付いた空気の中、動いたのはフィリップ王子でも、取り巻きでもなかった。


「ご、ごめんなさい、公爵さま!」


 そう、瞳を潤ませたクラリスである。


「クラリスが悪いのです!

 お、お友達になれるって思ったら嬉しくて!」


 フィリップ王子達の背後から、クラリスがわざとらしい涙を流しながら叫び、顔を覆った。


「クラリスは女の子のお友達が少ないから……寂しくて……」


 その声は、涙に濡れて震えているようにも聞こえる。


「だからルシアちゃんと仲良くなりたくて引っ張っちゃって……!

 それが嫌だったからクラリスのことを突き飛ばしたんだよね?」


 クラリスの言葉はルシアを庇っていると見せかけていても、猛毒がふんだんに混ぜ込まれたものだった。


「クラリスは……!

 クラリスはっルシアちゃんとお友達にっ!

 親友になれると思ったのにどおしてっ?!」


 自己憐憫と、レオナルドへの同情を誘うための言葉。

 まるで、可憐な小動物が怯えているかのような、いじらしい姿。


「クラリスちゃんにぃ……格好いい公爵様が取られるって思ってぇ……突き飛ばしちゃったんだよね?」


 クラリスは、潤んだ瞳でレオナルドを見上げる。

 見上げられたレオナルドは、盛大に顔を歪ませた。


 クラリスが意図的にルシアが不利になるように印象操作を行っていると察したからだ。


「ルシアちゃん……勘違いをさせてごめんね……!

 ぜーんぶクラリスが悪いんだよね……!」


 もう一度謝罪の言葉をクラリスは口にした。


「だから……信じて、公爵さまぁ……?

 ルシアちゃんは悪くないんです……!

 クラリスが……いけなかったの……ね?」


 クラリスは涙で潤んだ瞳と赤く染まった頬で、甘えるようにレオナルドへ声を掛ける。


 側にフィリップ王子が居なければ、覚束ない足取りでレオナルドへ近付き、その胸に抱き着いたかもしれない。


「クラリス……!

 なんて、健気なんだっ!」


 それに対してフィリップ王子を含む周囲の男どもがどよめき、慰めの言葉を口にする。

 彼らはクラリスの言葉を鵜呑みにし、レオナルドの一連の言葉を忘れたようにルシアを非難した。


「あの女めっなんてことを言うんだ!」


「クラリス嬢が可哀想だ!」


「あんな酷い女、ブランシュ公爵様の婚約者に相応しくない!」


 彼らはまるで催眠術にかかったかのように同じような言葉を繰り返す。

 そして、標的はなぜか目の前のレオナルドではなくルシアに降り注いだ。


「(彼女は私に階段の上から突き落とされたように見せかけたかった。

 それはなぜ……?

 王子達は洗脳済みだから、わざわざ彼女が怪我をする必要はない。)」

 

 ギャーギャーと騒ぐ耳障りな声を全て無視してルシアは考える。

 此処まで派手に動き回るクラリスの狙いは誰なのか?

 

「(ならば……目的はレオナルド様?

 前回の晩餐会の時にレオナルド様にも目をつけたということかしら……?

 それにしては、手口が杜撰というか……。)」


 たどり着いた答えにルシアは眉を寄せる。


 世間一般の噂をクラリスが重きを置いて信じるならば、レオナルドは女好きということになる。


 現役の政務官、しかもこの王国の中でも上から数える方が早い上位の地位だ。


 そんな存在を誑かす事が出来れば、クラリスにとって上々の成果だろう。

 問題があるとすれば、クラリスの纏う香水は最初の効力は弱い。

 短期間に間を開けずに繰り返し香りを吸い込ませる必要があるのだ。


 つまり、クラリスは最初の切っ掛けさえあれば容易くレオナルドを陥落できると考えているのだ。


「(……なぜかしら?

 すごく不愉快だわ……。)」


 彼女の演技は、ルシアにとっては滑稽にしか映らなかった。

 しかし、滑稽だったはずのクラリスの言動が急に不愉快に感じた。


「レオナルド様……」


 なぜだかルシアの胸がざわめき、不安がよぎる。


 思わず階段の上にいるレオナルドのもとへゆっくりと歩み寄ってしまった。


「何を言ってるんですか、ソレは? 」


 不安げな様子で近寄ってきたルシアを背に庇いつつ、レオナルドは胡乱げな視線をクラリスへ向ける。


「ルシアと同列に並べることなど世界が滅んでもあり得ない分際で巫山戯たことを言うな。

 そもそも、ソレの矮小な脳味噌で考えるような下衆な真似をルシアがするはずがないでしょう?」


 レオナルドは不愉快極まりない、気持ちの悪いモノを見るような視線をクラリスに送った。

 その言葉には、クラリスに対する容赦ない軽蔑が込められていた。


 はっきりと言えば、レオナルドのクラリスやフィリップ王子達へ向ける視線はまるでゴミを見るかのような冷たさだった。


「うわぁ……」


 レオナルドの容赦ない言動に思わず漏れ出したルシアの声も引きつっていた。


「ブランシュ公爵!

 この一件は私が直々に父上に報告し……」


 フィリップ王子はレオナルドの言葉に激昂し、王に直訴すると脅した。

 しかし、心の奥底ではレオナルドに対し怯えていた。


「それには及びません。」

 

 そのため、最終兵器パパに言いつけてやる!を発動しようとしたが、その言葉は遮られた。


 その場にいた誰でもない低い声に、全員の視線がそちらへ向かう。


「き、貴殿は……!」


 そこに立っていたのは、セレスティナ王女の婚約者グウェン・ド・バルセロナ将軍だった。


「失礼する。」


 その存在感は圧倒的で、その場の空気を一瞬にして変えた。

 バルセロナ将軍は騎士団の制服を纏い、背後には数人の騎士を従えている。

 その威圧感は、まさに王国の守護者と呼ぶに相応しかった。


「なぜ、貴殿が……いや!

 ちょうど良かった、将軍!」


 フィリップ王子は目の前に現れた人物、バルセロナ将軍にたじろいだ。

 その顔には明確な怯えの色が浮かんでいたが、何かを閃いたように笑みが浮かんだ。


「将軍っ!その女を捕らえろ!

 私に対する不敬ざ……」


「お断り申す。」


 喜色に歪んだフィリップ王子の言葉を最後まで聞くことなく、バルセロナ将軍はピシャリと跳ね除けた。


「陛下よりの勅命により第一王子殿下を連行します。」


 ガッシリとした体、顔に走った傷跡に鋭い双眸。


 バルセロナ将軍は、その威圧感でフィリップ王子達を圧倒していた。

 その鋭い視線はフィリップ王子だけでなく、その取り巻きたち、そしてクラリスにも向けられた。


「なっ?!

 何を言うっ!

 そうだ!父上はこの一件の詳し……」


「陛下は既にこの一件に関して全てご存じです。」


 バルセロナ将軍はフィリップ王子の言葉を一刀両断した。


「は……?

 何を言っている……?」


 バルセロナ将軍の言葉はフィリップ王子は間の抜けた声を出す。

 何故ならば、フィリップ王子は王である父親は絶対に自分の味方だと考えていたからだ。

 

「(この国の次の王であるこの私に、父上が恥をかかせる訳がない……!

 これはバルセロナ将軍、いや!

 あの病弱だとかほざいて何の役にも立たない女が裏で糸を引いているなっ!!)」


 フィリップ王子は、自分の考えが絶対に正しいと盲目的に信じ込んだ。

 これは第一王位継承権を持つ病弱な姉、セレスティナ王女の差し金だと。


「シュバルツ伯爵令嬢様っ!

 ご無事ですかっっ?!」


「ルシア様っ!

(ルシアさまぁぁぁっっ!!

公爵を呼んだ以外に何のお役にも立てずに申し訳ありませんっっ!!

かくなる上はソイツらを微塵切りにして、畜生の餌にした上で闇に葬り去ります!!!)」


 彼が王に直訴するまでもなく、既に事が露見している理由。

 それは、セレスティナ王女の侍女が緊急事態だと報告に走ったお陰だった。


 すぐに王城内にいたノワールが急行し、一部始終のやり取りを詳細に記録したのだ。


「(何の咎もないルシアに濡れ衣を着せようとするなど愚かの極みだろう。

 もともと脆弱だったあの者の信頼は地に落ちたな。)」


 レオナルドはバルセロナ将軍の言葉に、安堵の表情を見せた。

 これで、余計な手間をかけずに済む、と。

 何より、ルシアが不当な扱いを受けることがなくなることに安堵したのだ。


「率直に陛下よりのお言葉をお伝え致します。

 シュバルツ伯爵令嬢に非はなし。

 クラリス・フランソワは二度と王城への立ち入りを禁じ、謹慎を命ずる。

 フィリップ殿下は即刻謹慎。

 殿下の取り巻きである三名に関しては自宅謹慎を申し付け、追って沙汰を申し付ける。」


 父王が自分を責めるはずがないと信じているフィリップ王子の顔が、驚きと絶望に変わった。

 彼の目には、信じられないという表情が浮かんでいた。

 フィリップ王子の取り巻きたちも、顔面蒼白になっている。


「そんなはずはないっ!

 何かの間違いでは……!」


「そ、そうです!

 陛下がフィリップ王子に謹慎など言うはずが……」


「だって、フィリップ王子は間違ったことなど……」


 フィリップ王子は震える声で必死に否定した。

 彼は、自分が裁かれることなど、夢にも思っていなかったのだ。

 フィリップ王子の言葉に触発された取り巻き達も呟く、が……


「私が陛下のお言葉を間違える、と?」


 バルセロナ将軍はフィリップ王子の言葉に、更に厳しく冷たい視線を向けた。


 殿下と一緒になって嘘だと騒ぐ取り巻き達は、バルセロナ将軍の言葉に萎縮した。


「ふっ、ふん!

 私が自ら陛下へと!

 父上に事のあらましを説明してくる!

 貴様らの好きにはさせない!」


「行かれるならば王子には護衛を付けましょう。

 それ以外の者達に陛下は謁見の許可は出しておりませぬ。」


「構わん!

 私一人で行く!」


 意固地になって走り去る姿は、悪く言えば駄々っ子のようだった。


 鼻息荒く立ち去っていくフィリップ王子に続こうとしたクラリスと取り巻き達。


 ……だが、彼らは大人しくバルセロナ将軍が引き連れた騎士達に連行されて行った。


 いや、一瞬は抵抗しようと試みたのだ。


 しかし、ブランシュ公爵とバルセロナ将軍の睨みを恐れて慌ててその場を後にしたのだ。

 取り巻き達に肩を抱かれるように立ち去るクラリス。

 最後までクラリスはチラチラとレオナルドへと視線を送る。

 ルシアはそんなクラリスの姿を見て、再び深い溜息をついたのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ