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その令嬢、隠密なり〜白薔薇の公爵は黒薔薇の令嬢へ求愛する〜  作者: ぶるどっく


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第二十四話



 階段の下へと向けて重力に従い落ちていくルシアの身体。


「(多少の受け身はとっても大丈夫よね?

 戦えることは知られているだろうし……。

 まあ、階段から落ちるくらい、隠密の実戦訓練に比べれば平気だわ。)」


 クラリスの代わりに落ちると決めた瞬間。

 怪我をしない程度に受け身を取っても問題ないだろうと冷静に判断していた。


「(……どうして驚いた顔をしているのかしら?)」


 階段の上を見つめながら落ちるルシアの視線の先。

 何故か驚いた表情で目を見開くクラリスがいた。


「(……え?)」


 ルシアは受けるだろう衝撃を予想して体を丸め、備える。

 だが、クラリスの背後に見えた人影にルシアは目を見開く。


「(こう、しゃく……?)」


 ルシアの視界に飛び込んできたのは、必死の形相で自分へと手を伸ばすレオナルドの姿だった。

 

「ルシアッッッ!!!」


 レオナルドは階段の一番上から躊躇うことなく飛び出した。


「レオナルドさま……?」

 

 そして、ルシアの体を両腕でしっかりと抱き締めた。


「うっっ……!」


「ぐっ……ル、シア……!

 怪我はありませんかっっ?!」


 ルシアを抱え込むようにしてレオナルドは階段の下へと転がり落ちた。

 硬い地面に落ちた衝撃で二人の息が詰まる。


 しかし、すぐに体を起こしたレオナルドはルシアの安否を確認した。


「え、あ……レオナルド様のお陰で大丈夫です……」


「良かった……!

 ルシア……貴女が無事で、よかった……!」


 レオナルドはクシャリと顔を歪ませると、ルシアの細い体をしっかりと抱き締めた。

 それはまるで、ルシアの存在を確かめるようだった。


「(……ふるえている……?)」


 レオナルドに痛いほどに抱き締められたルシア。

 

 痛いと思うよりも先に、レオナルドが震えていることに気が付いた。

 普段のレオナルドからは想像もできないほどの動揺が、その震えから伝わってくる。


「(どうして……どうして、この人は震えているの?

 私は仮初めの婚約者に過ぎないでしょうに……。)」


 貴族社会では、仮面夫婦や互いに愛人を囲っているなどという話は五万と聞く。


 ルシアに結婚話が来たと知ったあの日。


 お相手が数多の女性の元を渡り歩く恋多き「あのブランシュ公爵」と聞いて、現実などそんなものかと思う冷ややかな自分がいた。


 隠密としての自分を求めているのか?


 この婚姻の目的はなんなのか?


 国王陛下や重鎮達、そして父の思惑は何処にあるのか?

  

 国を、民を守るために、ルシアという駒に与えられた役割は何なのか……?


 ルシアという個人に向けられる恋や愛などの感情が有るとは想像することすらなかった。


 ……ルシアは己が女として、異性から愛される可能性など微塵も信じていなかったのだ。


 だからこそ、レオナルドがルシアに向ける感情が理解できなかった。


 だからこそ、任務の一環として簡単にレオナルドとの婚約を受け入れた。


 そう、任務だからこそ……レオナルドの人柄も、噂も、ルシアはどうでも良かったのだ。

 ノワールの一人として噂は噂だと割り切り分析し、レオナルドの目的を推測した。


 ルシアは心のどこかでレオナルドの気持ちを所詮は権力を持った若い貴族の気まぐれ程度に考えていたのかもしれない……。


「……あ、の……レオナルド、さま?」


「え……?

 えっ、あっ!?

 す、すみませんっ!

 痛かったですよねっ?!

 も、申し訳ないっ!

 貴女の許可も得ずに抱きしめるなどっっ!

(わっ私はなんてことをっっ?!

 落ちた瞬間なら致し方ないが、その後に抱き締める必要などなかったっっ!

 る、ルシアは私に抱き締められて……嫌ではなかっただろうか……?)」


「(……この人は……変な人、だわ……。

 でも……とても優しい、ひと。)」


 名前を呼んだルシアの声に、ハッとしたレオナルドは慌て始める。

 うら若い乙女に許可も得ずに抱きしめるなど破廉恥極まりないっ!

 コレではルシアに嫌われてしまうとレオナルドは思ったのだ。


「レオナルド様……助けて下さり、ありがとうございます。

 私よりも、レオナルド様の方こそお怪我はありませんか……?」


「大丈夫ですよ、ルシア。

 心配してくれてありがとう。

 ルシアの方こそ、本当に何処か傷む場所はありませんか?」


 レオナルドの真剣な眼差し、そして自分を必死に守ろうとする姿はルシアの心を揺さぶった。


「ルシア……?」


 レオナルドは、ルシアの顔を覗き込み、心配そうに尋ねた。

 その声には、ルシアへの深い愛情が滲み出ていた。


「ありがとうございます、レオナルド様。

 ……レオナルド様が庇ってくれましたので、怪我一つありません。」


 ルシアは、心配してくれる公爵へと返事をしながら、そっと考えた。


「(……少しだけ……少しだけでも、この方をレオナルド様を信じても良いかしら?)」


 ルシアの脳裏には寄り添い合う両親、仲睦まじいセレスティナ王女と婚約者の姿が浮かんだ。


 ノワールのフィフスとしてではなく、ただのルシアとしての自分を愛してくれる人。

 そんな心を預け合える相手とルシア出会いたかった。

 

 ルシアは、己にそんな密かな願望が心の奥底に眠っていたことを初めて認識した。


「(恋や愛なんて、想い合う関係にはなれなくとも……いつかはお互いを信頼しあえる存在になれるかしら?)」


 レオナルドとの間に、愛という形ではなくとも、深い信頼関係を築けるのではないか、と。


「レオナルド様、ありがとうございます……」


 ルシアは己を助けるために乱れたレオナルドの黄金の髪へ触れる。


「え……あの、ルシア……?」


「…………その、助けてもらえて……嬉しかった、です……」


 乱れた黄金の髪を優しく梳きながら、ルシアは無意識に甘く微笑む。


「あ……いえ、その……紳士として当然のことをしたまでですっ!」


 ルシアの女性らしい甘やかな微笑みに、レオナルドの頬に朱がのぼる。

 

 その微笑みは、彼女の心の奥底で芽生え始めた、新たな感情の兆しだった。


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