第二十三話
「(……なんでこのようなことになっているののかしら……?)」
ルシアは目の前で繰り広げられる茶番劇に、内心で深いため息をついた。
事の始まりは、セレスティナ王女との定期的なお茶会の帰り道のことだった。
王城内ということでセレスティナ王女の侍女と一緒にブランシュ公爵家の馬車が待つ場所へと向かっていたはずだった。
「ああっっ!
ルシアちゃん、みーつけたっ!」
甘えた猫なで声がルシア達の日常を切り裂いた。
「え……?」
「……は?
(はぁっ?!
誰よりも優しくて麗しいルシア様のことを呼び捨てしいるクソ野郎はどこの誰だよ?おい??)」
突然の名前呼びに驚くルシア。
完璧な侍女としての仮面の下で苛立つサリィ。
「やーん!
やっと会えたね、ルシアちゃん!!
これはきっとクラリスちゃんとルシアちゃんは親友になれるっていう神様のお告げですね!」
「そうだな、クラリス。
君の日頃の行いの賜物だ。」
突然のルシア達に声を掛けてきた人物。
それは、あのクラリスとフィリップ王子だった。
しかも、クラリスとフィリップ王子の周囲には同じ年頃の子息達もいた。
「殿下、しつ……」
「ブランシュ公爵の婚約者の……なんだったか?
取り敢えず、畏まる必要はない。
用があるのは私ではないしな。」
「んもうっ!
フィリップ様ったら!
こんなに可愛いルシアちゃんのことを忘れちゃイヤですよ!」
「いやいや、クラリス。
君の方が可愛らしい素敵なレディだよ。」
「そうだぜ、クラリス。
君はもう少し自分の魅力を理解するべきだと思うぞ。」
「ふえっ?!
そ、そんなことはないと思いますよ!
だって……クラリスちゃんなんかよりも、ルシアちゃんの方が可愛いもの。」
頬を膨らませてプンプン!と怒ってますよアピールをするクラリス。
怒ったアピールに対して「すまない」と微笑みながらフィリップはクラリスの髪を撫でる。
取り巻きの少年達が熱の籠もった瞳でクラリスを見つめ、褒め称える。
そんな一人と多数のイチャイチャ、ラブラブとした茶番劇を見せ付けられるルシア達。
……此処で冒頭へ戻るのである。
「(腐っても王子だから……放置して帰っちゃ駄目よね……)」
ルシアだけでなく、サリィも遠い目で現実逃避をしてしまう。
……いつの間にか、セレスティナ王女の侍女の姿はなくなっていた。
「ルシアちゃんっ!」
「えっ?!
は、はい!」
ルシア達のことなど視界の端にも入っていないと思っていたら、急にルシアの方へクラリスが振り返った。
「クラリスちゃんは、女の子のお友達がいないからルシアちゃんとお友達になれてとても嬉しいです!
初めてルシアちゃんに会った時も思いましたが、黒髪ってキュートですよね!
クラリスちゃん、じゃなくて私も黒髪だったら良かったなあ……」
クラリスは、わざとらしい甘ったるい声でルシアに話しかけた。
その言葉はルシアへというよりも、周囲の異性に対するアピールのように聞こえた。
「そんな事はないよ、クラリス。
あんな真っ黒で地味な髪よりも、君のストロベリーブロンドの方がより女性らしい。
何よりも、君の可愛らしさを引き立てている。
とても女の子らしいクラリスに似合う可愛らしい髪色だよ。」
フィリップ王子は、甘い声でクラリスを褒め称えた。
王子の顔には、クラリスを寵愛していることを誇示するような表情が浮かんでいた。
「きゃわわ~ん!
フィリップ様みたいな素敵な方に褒めてもらえてクラリスは嬉しいですぅ!」
「(きゃ、きゃわわ~ん?
え……?何の鳴き声?)」
クラリスは、「きゃわわ~ん!」という謎の奇声と共に、フィリップ王子に抱きついた。
その周りでは、王子の取り巻きがクラリスを褒め称える声を上げている。
その光景は、ルシアにとって、理解不能なものだった。
「(まさか絡まれるとは……)」
「(あはは!
ルシア様ぁ、あの糞ぶりっ子女……処しちゃダメですか?)」
「(えー……その気持ちはわからなくもないけれど……一応ダメじゃないかしら?)」
殺る気に満ち溢れているサリィとルシアは矢羽根で会話する。
「(彼女からの招待を受けていたことは公爵から聞いていましたけど……何のつもりなのかしら?)」
ルシアは、クラリス達の意図が分からず首を傾げた。
火急の要件として、ブランシュ公爵家へ届けられた書簡の件は速やかに国王へ報告されたとルシアは聞いていた。
その結果、陛下よりフィリップ王子はお叱りを受けたらしい。
後日、レオナルドがフィリップ王子に会った際は返事が無いことが話題にのぼることすらなかったとレオナルドから聞いていた。
それなのに、なぜ今更こんなにも露骨に絡んでくるのかとルシアは不思議でならなかった。
「(……声をかけたのに此方を完全無視で彼等だけの世界に入ってる。
セレスティナ王女の侍女が一人この場を離れたことすら気が付いて無いでしょうね……。
……さてさて、私の方はどうしましょう?)」
取り敢えず、セレスティナ王女の侍女の帰りを待とうかとルシアは考えていた。
しかし、それを許さなかったのは、何故かルシアへと視線を向けたクラリスだった。
「あっ! ごめんなさい、ルシアちゃん!
私ったらおっちょこちょいなんだから!
せっかく出会えたルシアちゃんを知らんぷりしたゃダメよね!」
クラリスは、テヘッとお茶目な笑顔を見せた。
「(……あの言動をわざとらしいと感じる私は、心が狭いのかしら?)」
ルシアは、クラリスが見せたわざとらしい笑みに内心で困惑した。
「うふふ!
折角ルシアちゃんとお友達になれたのだもの!
あっちで一緒にお茶でも飲みましょう!」
クラリスはルシアの返事を聞く間もなく、いきなりルシアの手を握って走り出した。
「えっ?!なにをっ!
(誰と誰がいつ友達になったのっ!?) 」
ルシアは戸惑った声を上げつつ、内心でクラリスへツッコミを入れた。
「え……ちょ、クラリス嬢っ!」
ルシアは、突然の行動に戸惑い、クラリスを止めようとした。
「クラリス、走ると危ないよ!」
フィリップ王子は、クラリスを嗜めるような声を上げた。
「ルシア様!
(何しちゃってんのっっ?!
あんのっ阿婆擦れ女っっ!!)」
ルシアの身を心配するサリィが叫び声を上げる。
普通の侍女を装っているが故に、敬愛するルシアのもとへ駆け寄れないことがサリィは歯痒かった。
「ちょっ!
フランソワ嬢っ!止まってくださいっ!
(なんで階段に向けて突っ込むの?!) 」
ルシアは目の前に迫る階段を見て、クラリスへ向けて叫んだ。
しかし、クラリスは止まるどころか、さらにスピードを上げて階段へと向かう。
「フランソワ嬢っ!ダメっ!」
「……っ! きゃあっ!」
クラリスは、階段の一番上でわざとらしく足を滑らせた。
……滑らせたというよりも、階段の下に向かって突っ込んだという表現の方が合っているかもしれない。
クラリスが階段の下へ向けて、その身を投げ出そうとした……その瞬間、ルシアは咄嗟に動いた。
「っ、…!」
「え……?」
ルシアはクラリスと立ち位置を入れ替えた。
そして、クラリスの体を庇うようにして、自らが階段を下へと落ちていった。
その選択は、ルシアの隠密としての本能が為せる業だった。
しかし、体の位置を入れ替え見えたクラリスの表情。
その表情を見て、ルシアの脳裏にはある一つの疑念が湧き上がった。
「(もしかして、これは……クラリス嬢の、わざと……?)」
ルシアの直感は、そう告げていた。
……だが、その思考が明確になる前に、ルシアの体は重力に逆らうことなく……階段の下へと落ちていったのだった……。




