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その令嬢、隠密なり〜白薔薇の公爵は黒薔薇の令嬢へ求愛する〜  作者: ぶるどっく


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第十七話



「……これはこれは、フィリップ殿下。

こちらからご挨拶に伺うべきでしたのに、申し訳ございません。」


 レオナルドとルシアを呼び止めた人物。


 それは、第二王位継承権を持つとされている第一王子、フィリップ・ダン・アルカンシェルだった。


「あいさつなど堅苦しいこたは構わない、ブランシュ公爵。」


  レオナルドは礼儀正しく挨拶しようとするが、フィリップ王子はそれを遮った。

 フィリップの顔には、隠しきれない好奇心が宿った笑みが浮かんでいた。


「顔を上げてくれ、ブランシュ公爵。

そんなつまらないことよりも、恋の狩人である貴殿を射止めた相手が気になり声をかけてしまった。

 まさか、あのブランシュ公爵が、父に直談判するほどに夢中になり、婚姻を望んだ令嬢だろう?

 もっとも貴族たちの噂では、貴女の婚約は、あくまでも形式上のものだと言う。

 貴殿のお相手は謎に満ちた令嬢だと気になってたまらない!」


 気になるのだ、とフィリップ王子はチラリとルシアへ視線を向けた。

 その視線は、好奇心のままにルシアの頭からつま先までを舐めるように動き、無礼極まりなかった。

 ルシアは、その無礼な視線に内心で眉をひそめたが……


「(……この香りは……!?)」


 だが、ルシアが何よりも気になったのは、王子の視線ではなかった。

 そんな物よりも、王子の近くから香った独特な甘い香りの方が問題だった。


 その独特な甘ったるい香りの持ち主。

 それは、王子の近くに令嬢より香ってきた。


「(初めて見る顔だわ。

 だけど……王家が主催する晩餐会に、この令嬢を連れてきた?

 一応なりとも第二王位継承権を持つとされている王子が?

 婚約者がいるのに……それはマズイのでは?)」


 王子の近くにいる令嬢は、一見すれば無邪気そうな雰囲気をまとう可愛らしい少女だった。


 ふわふわの柔らかそうな髪、タレ気味な大きな瞳。

 甘い、甘い砂糖菓子のようなフリルとリボンが似合う小柄な可愛らしい外見。


 王子の横で従順に微笑んでいる彼女の周囲には、甘く、しかしどこか不自然な香りが漂っていた。


「(なぜ……この香りを纏うものがいる?

 まさか、禁薬の一種を香水として用いているのか?

 この香りは、人の思考を鈍らせ、従順にさせる効果がある……。

 この女、何が狙いなの……!)」


 表面上は冷静を装いながらも、ルシアの鼻は危険を知らせていた。

 隠密としての長年の経験が、彼女に警告を発していた。


「………殿下、私のような者にその称号は似合いませんよ。

 第一私は彼女、ルシア一筋ですから。」


 レオナルドは毅然とした態度で答えた。

 彼の声には、王子に対する明確な怒気が含まれていた。


「私の妻となる彼女を侮辱するような発言は、何人たりとも許しませないほどに。」


 その表情は先程までのヘタレな犬のような顔とは打って変わって、冷たく、そして強い意志を秘めていた。


「(公爵……)」


 危険な香りに気を取られていたが、公爵と王子の会話にも意識を向けていたルシア。


 レオナルドの強い言葉にルシアは驚いた。


 まさか、レオナルドが一応なりとも王子相手にここまで言い切るとは思わなかったのだ。

 レオナルドの言葉は、ルシアの心をわずかに揺さぶった。


「ほう……?

 かのブランシュ公爵にここまで言わせるとは……。

 随分と気に入っているようだな。


 フィリップ王子は、レオナルドの言葉に意外そうに、微かに驚きを顔に浮かべた。


「その方も許す。

 恋の狩人たる公爵を骨抜きにした顔が見てみたい。」


 王子の言葉に、レオナルドの顔に青筋が浮かんだ。

 彼の拳は、既に固く握りしめられていた。


「はい、殿下。」


 ルシアは、王子の不躾な視線が頭の上から爪先まで見ているのを感じた。


「(フィリップ王子とは親交はないけれど……。

 この程度の視線に負けたりしないわ。

 だって……私が下を向くということは、あそこまで言ってくれた公爵に恥をかかせることになるもの。)」


 王子とは言え、年下の礼儀も知らない子供の不躾な視線。

 隠密としての矜持と言うよりは、庇ってくれたレオナルドへの恩義が強かった。


「……今までの令嬢達とは毛色が違うな……。

 美しさも足りぬし、幼いというか……?

 ブランシュ公爵は妖艶な女性に飽きて幼い容姿へ好みが変化したのか……?

 ふむ……ブランシュ公爵の好みも随分と変わったものだ。」


「(小さい声で言ったつもりでも普通に聞こえてますよ?!

 ……それに、何だかレオナルド様の雰囲気が刺々しいような……?

 いよいよ怒りが爆発しそうじゃない……?)」


  ルシアは横目でレオナルドの様子を伺った。


「………………」


「(見なきゃ良かった……!

 何で王子は公爵の怒りに気が付かないのっっ?!)」


 あまりに失礼な物言いに、レオナルドは笑顔を貼り付けてはいたが怒り心頭だった。

 ……いや、怒りという表現では生ぬるい……怒りを通り越していた。


「(王子とは言え……重鎮の一人である公爵をここまで虚仮にして良いものなの?

 いえ、決して身分で物を言っている訳では無いけれど……。

 ご自分の立場に余程自信があるのかしら……?

 政治的には微妙な立場だと私でさえ分かるのに……)」


 レオナルドの握りしめた拳が、微かに震えているのがルシアにも分かった。

 逆に此処までレオナルド、いや公爵家のことを侮辱できる王子の言動が信じられなかった。


「…………」

 

 もしも、フィリップが王子でなければ、レオナルド今にも殴りかかりそうなほどの怒りを堪えていた。


「あのぉ~」


 怒りに耐えるレオナルドを尻目に、王子の隣にいた令嬢が無邪気な笑顔で口を開いた。


「そちらの方はとても可愛らしいですね、フィリップ殿下。

 うふふ!格好良い 公爵と並ばれると仲の良い兄妹のように見えますわ!

  さすがは公爵様、妹思いでいらっしゃるのね。」


 ……ビシリ!とレオナルド達だけでなく、様子を窺っていた周囲の貴族達も含めて空気が凍った。


 レオナルドの笑顔が一瞬で消え去る。


「とても素敵な兄妹愛ですわ!

 私にも公爵様のように素敵なお兄様がいたらよかったのにぃ」


 無邪気なのか、はたまたそうではないのか……。


「ほう……兄妹に見えますか……。

 貴女の目は余程素敵な世界がお見えのようですね。」


 率直に脳内お花畑と揶揄さたかったレオナルド。


 レオナルドはバカ……王子と令嬢を敵と定めた。

 敵でなくても、二人の言動は自分に対する宣戦布告と受け取った。


「………。

(陛下は、他の重鎮の方々は……何をお考えなのかしら?)」


 ルシアからすれば己のことを何と言われても構わなかった。

 しかし、レオナルドのことを言われることには不快を覚えた。


「確かにな、クラリス!

  ははっ!ブランシュ公爵と並ぶと兄妹に見えないことも無い!

  だが、可愛らしいという点には賛成できないな。

 私は、クラリスの方が愛らしいと思う。

 ブランシュ公爵の婚約者より、ずっと品があり、魅力に溢れている。」


 フィリップ王子は隣にいた少女を、いやクラリスというらしいのだが。

 兎に角、クラリスを称賛し、王子の言葉にクラリスは満面の笑みで応えた。


「まあ! ありがとうございます、殿下!

 クラリスは嬉しいです!

 殿下のお言葉、何よりも光栄でございます。」


 嬉しそうに甘えるように王子へと身を寄せるクラリス。

 その姿は、周囲の貴族たちの目には、いかにも愛らしい令嬢に見えただろう。


 しかし、ルシアにはその裏に隠された作為が見て取れた。


「(……王子の婚約者は薔薇の家紋を持つ公爵家の一角、ルージュ公爵家のベアトリス公爵令嬢と記憶していたけれど……。

 どうやら、私がブランシュ公爵家に入ってから1ヶ月くらいの間に色々と動き出しているようだわ。

 これは、王家の内部で何か大きな動きがある証拠ね。

 もしかしたら、あの第一側妃……アニエス側妃が関係しているのかもしれないわ……)」


 王子とクラリスへ貼り付けた笑みで対応しつつ、ルシアは内心でひとりごちる。

 彼女の頭の中では、様々な情報が複雑に絡み合っていた。


「クラリス、今宵の君はどの令嬢よりも美しい。

 私は君をエスコート出来て、心より幸せだと思っているよ。

 ただ、ブランシュ公爵を格好良いと評すのは少し焼いてしまうな。」


「もうっ殿下ったら!

 私が一番格好良いと思う殿方は殿下ですわ。

 それに……殿下のように理知的で頼もしくて、格好良い王子様にエスコートしてもらえるなんて……!

 まさに乙女の夢のようですわ!」


「(……何がしたいの、この人達?)」


 キャッキャッ、うふふと二人の世界に入ったフィリップ王子とクラリス。

 何をしに来たのか、ルシアと公爵の間には変な空気が流れた。


 レオナルドの顔は、怒りを通り越して、もはや無表情だった。

 その瞳は、まるで氷のように冷たく、王子とクラリスを射抜いていた。

 彼の全身からは、冷たい怒気が噴き出しているようだった。


「ああ、次の曲が始まったな。

 公爵、邪魔をして悪かった。

 ではな、公爵。

 クラリス、私と一曲踊らないか?

 君の美しい舞を、皆に披露してほしい。」


「はい、殿下、喜んで!」



フィリップ王子とクラリスは、そのままダンスホールへと消えていった。

 二人の軽薄な笑い声が、ルシアと公爵の耳に響か。



 ルシアは、二人の後ろ姿を見送りながら、無表情をのレオナルドを見上げた。

 レオナルドの瞳には、怒りだけではない、何か深い悲しみのようなものが宿っているように見えた。


「レオナルド様……大丈夫ですか?」


 ルシアは、公爵の腕をそっと撫でた。

 レオナルドは、ルシアの優しい触れ合いに、ハッと我に返ったように、ルシアを見つめ返した。


「心配を掛けてすみません、ルシア」


 レオナルドの目には、まだ怒りの炎がくすぶっていたが、ルシアの存在がそれを鎮めてくれるようだった。

 彼は、ルシアの優しさに触れて、ようやく我を取り戻したかのようだった。


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