8 学友以上の関係を否定したら
フォンが割りこんできたニゲラとのお茶会。部屋には、ニゲラ、フォン、自分と、それぞれの付き人だけがいる。
席についている2人の様子を見ながら、フォンが用意してきたケーキを口に運ぶ。
(お い し い ……!!!)
甘さは幸せだ。
フォンがニコニコとこちらを見ている。乗せられている気もするけれど、おいしいのだから仕方ない。
お茶を含んでからニゲラが口を開く。落ちついた声色だ。
「アリサ嬢からの誘いでは、個人で親交を深められたらとのことだったが」
ケーキをごっくんして、場に意識を戻す。
「はい。生徒会の場ではあまり個人的なお話ができないので、いろいろお話ができたら嬉しいですわ」
「僕は? 僕には誘いが来てないけど? ニゲラ兄様以外のメンバーとも調整中なんでしょ?」
さっきまでとは少し違う、どことなく仮面のような笑顔でフォンが聞いてくる。
(なんでそれを知っていますの?)
上の代ではみんなフォンに筒抜けなのかと背筋を冷やしながら、答えられる範囲で答える。
「フォン様とは幼なじみなので、改めて親交を深める必要はないかと思っておりましたわ」
今は復讐相手だからとは言えない。むしろ復讐相手だからこそ近づいた方がいいのかもしれないが、それはもう少し状況が見えてからだ。
「それに、フォン様も学友の距離でいるようにおっしゃっていたではありませんか」
「うん。学友を個別に誘ってるんだから、僕も誘われるべきじゃない?」
「フォン様はわたくしと2人でお茶会をしたいのですか?」
「アリサはイヤ?」
その聞き方はずるい。状況的にイヤだとは答えられないし、正直なところ、イヤではない。けれど、今の関係で何を話せばいいのかはわからない。
よそ行きの「アリサ嬢」呼びではなく、呼び捨てにされたのは意図してなのか、無意識なのか。余計に返事をしにくい。
答えられないでいると、ニゲラの視線が自分とフォンを行き来した。
「フォン様とアリサ嬢は、学友以上の関係なのだろうか」
(?????)
何を聞かれているのかがわからない。幼なじみだというのは伝えてあるから、そういうことではないだろう。恋愛関係を想定されているのだとしたら、何がどうなってそうなったのか。
「えっと、ニゲラ様。学友以上というのは……」
「『学友の距離でいる』ことをわざわざ約束したのであれば、思いあっているのではないかと」
「それは違うよ」「違いますわ!」
フォンと声が重なった。胸の奥がチクッとした気がするのは、きっと気のせいだ。
フォンが仮面のような笑みを深める。
「アリサの姉との婚約破棄があったからね。トゥーンベリ公爵家と僕が縁を結ぶことはもうないって、ニゲラ兄様もわかってるでしょ?」
「縁組は個人の話ではなく家の問題であるからな。だが、学舎にいる間だけでもと交際している者は多かろう?」
「え、そうなのですか?」
フォンが少し苦笑気味に答える。
「そういう人もけっこういるのは確かだし、なんなら、婚約や結婚の後で伴侶以外と真実の愛に目覚めたとかいうバカげたことを言い出さないように、学舎にいる間に遊んでおくように親から言われて来てる人もいるくらいだけど。
僕は馴染まないかな。ちゃんと最後まで大事にできないなら交際するべきじゃないと思ってる」
「その点は拙も同意であるが」
食べ進めながら聞いて、話の流れで浮かんだ疑問を投げかけてみる。
「では、フォン様はカレンさんとおつきあいをされているわけではありませんのね」
人前で笑みを絶やさないフォンが、一瞬血の気が引いて固まった気がした。
(え、あれ、これ聞いちゃいけないことなのかしら?)
もし交際を隠しているなら、そうだろう。せめてニゲラはいない場所で聞くべきだっただろうか。
「……なんでそんなことを聞くの?」
そう尋ね返してきたフォンは笑みを取り戻しているのに、今までになかったくらい怒っているようにも見える。
「えっと……」
去年、フォンが姉様を遠ざけていたらしいという話はここではしない方がいい気がする。代わりに、自分が感じた方の理由を口にする。
「歓迎会の場でも、普段の生徒会でも、カレンさんがフォン様に気安いように感じたので」
「それは……、あの子はそういう子だから」
「フォン様にだけ、ですわよね?」
つい首をかしげてしまう。
誰にでもそうなら、そんなふうに感じたりはしない。自分たち下の代に馴染まないのではなく、フォンの代でもニゲラやハイドとは距離がある。フォンに対してだけ妙に近い。
言葉を選ばなければ、王太子に対して庶民が馴れ馴れしいという感じだ。恋愛関係なら逆に納得できる。
「アリサがイヤならやめさせるよ」
「あ、いえ、別に。そうなのかなと思っていただけなのでお気になさらず」
(カレンさんとおつきあいをしていなかったなら、姉様を遠ざけた理由は別にあるのかしら?)
考えていると、様子を見ていたニゲラが入ってくる。
「カレン嬢のことはひとまず置いておきたいのだが。フォン様とアリサ嬢が懇意でないなら、拙が名乗りを上げてもいいだろうか」
「はい、それはもちろ……、ん? え??」
半分くらい意識が別のところにあって、何についてかを考える前に口だけで答えていた。言葉の意味が頭に入ってきたのと同時に疑問符に変わる。
「ニゲラ様、あの、それってどういう……」
「拙は王太子ではなく、有力貴族の後ろ盾もない。積極的に婚姻を望まれる立場にはないからこそ、望んだ女性を伴侶にする許可は得やすいだろう。
トゥーンベリ家には男児がなく、アリサ嬢は養子縁組の方が望ましいであろう? であるなら、拙はどうだろうか」
「あ、政治的なものですね」
それはそうだろう。他に何があるのか。
ニゲラの提案を吟味してみる。言われた通り、姉が王妃になる予定だった去年も、姉がいなくなってしまった今も、自分は婿養子を迎えるのがベストだ。
「確かに、ニゲラ様にとってもトゥーンベリにとっても悪い話ではないように聞こえますわ。
ただ、わたくしの一存では決められないので、正規のルートで両親に伺いを立てていただければと思いますわ」
「いや、拙が言いたいのは」
「アリサ」
ニゲラの言葉を遮るようにフォンに呼ばれた。
何事かと視線を移す。と、フォンがニコッと笑った。
「このクッキーおいしいね。しっとりしてて、甘さもちょうどよくて。普段の甘味料の甘さより優しい感じがする」
「まあ、お分かりになりますの? 一般的に使われているキビを元にしたお砂糖ではなく、近年領地で栽培され始めたテンサイという根菜のお砂糖が使われておりますの。お腹にも優しいのですよ」
おいしいものを共有できるのは嬉しい。つい多く話してしまうのは仕方ない。
ニゲラが小さく息をついた気がする。さっき言いかけたことの続きに水を向けるタイミングはなく、その後はとりとめのない話が続いた。