6 フォン様派か、ニゲラ様派か
授業はアステラセ侯爵家のガーベラと一緒だ。他のメンバーとは食事と生徒会の集まりでしか会わないから、真っ先にガーベラと仲良くなった。クラスで他に話せる友人ができても、一番はガーベラだ。
必然的に、ガーベラとのお茶会の日程が最初に決まった。女の子同士だから、自分の部屋に招待した。
高い位置のツインテールが嬉しそうに跳ねる。
「アリサ様の秘密のお茶会にお呼びいただけて光栄ですわ」
後ろには、大きな瓶底のようなメガネのメイドがつき従っている。
(学舎に来る前にどこかでお会いしていたかしら?)
入学式典の日から、なんとなく知っているような、知らないような感じがしている。けれど、入学前にガーベラに会ったタイミングにこの付き人の印象はない。
(気のせいですわよね)
テーブルには実家から送られてきた日持ちするお菓子、ビスケットやクッキー、焼き菓子などが並んでいる。ガーベラが座るとミズキがお茶を淹れてくれた。
「ガーベラさん、楽にしてくださいませね」
「はい。ありがとうございます」
授業のことや先生のこと、これからの試験や生徒会のことなど、学校についてのとりとめのない話をしてから、今日話したかった本題に入る。
「ガーベラさんにはお兄様がいらっしゃいましたわよね」
「はい。上に2人おりますわ」
「真ん中のお兄様はわたくしのお姉様と同い年でしたわよね?」
「はい。ちい兄様、バートンお兄様はウィステリア様と生徒会でご一緒させていただいていたと聞いておりますわ」
(当たりですわね!)
アステラセ侯爵家には歳が近い兄弟がいたのを思いだしている。姉様の生徒会メンバーだったなら、いろいろと知っているはずだ。
「お姉様について、バートン様は何かおっしゃっていまして?」
「ウィステリア様について、ですの? とても聡明な方だと聞いておりますわ。ご一緒できて光栄だったと。私もアリサ様とご一緒できるのが本当に嬉しいですわ」
「ありがとうございます」
そう言ってもらえるのはとても嬉しいけど、違う。知りたいのは姉が国外追放になった経緯だ。
「お姉様が学舎を辞められたことは……」
「そうでしたわね。ひと月早く、他国に留学に行かれたのでしたか?」
(他国に留学???)
驚いて思わず聞き返しそうになった言葉をぐっと飲みこむ。
「ガーベラさんはそう聞いているのですか?」
「ええ。ちい兄様はそう言っておりましたわ」
「そうですのね」
だとすると、ガーベラはこれ以上を知らないだろう。直接バートンに聞けば何か分かるだろうか。
「わたくし、バートン様にお会いしてみたいですわ」
「申し訳ありません、アリサ様。ちい兄様は私の学舎入学と同時に諸国漫遊に出られて、いつ戻るかわかりませんの」
「諸国漫遊、ですの?」
「大兄様が家督を継がれるので、ちい兄様は騎士になられるか文官になられるか、男子がいない貴族家に婿入りするかでしょう? もう少し見識を広げてから方向を決めたいと。お父様もお母様も使用人や護衛の手配に奔走しておりましたわ」
「貴族が気ままな一人旅というわけにはいきませんものね」
「そういえば昨日、学舎までヘンテコなお土産が届きましたの。地方のお守り人形と書いてありましたが、呪いの人形にしか見えませんでしたわ」
「まあ、おもしろいですわね。お戻りになられたらぜひお会いしたいですわ」
「兄も両親も喜ぶと思いますわ。両親に伝えておきますわね」
「ええ、お願いいたしますわ」
いつ戻るのかはわからないけれど、バートンに会えるといい。
「実は私、アリサ様と内緒話をしたいと思っておりましたの」
ふいにガーベラから切り出され、きょとんとした。
「わたくしと内緒話、ですの?」
「はい」
ガーベラがぐっと、いつもより口角を上げる。メイドたちにも聞こえにくくするためか、顔を寄せて声をひそめられた。
「アリサ様はフォン様派ですか? それとも、ニゲラ様派ですか?」
内心で息を飲んで、表面的に目を細めた。
第二王子で王太子のフォンか、第一王子のニゲラか。どちらにつくのかという政治的な話だろう。軽々しく答えてはいけない問題だ。明らかに、内緒話でしかできない話だ。
(姉様を国外追放にした時点でフォン様につくことはありませんけれど)
かといってニゲラ派かというと、そう言い切るのも危険だ。
一瞬考えを巡らせて、ガーベラに負けないくらい口角を上げる。
「ガーベラ様はどちらですの?」
ドッドッドッと心臓がうるさい。簡単に答えてくれるはずがないとわかっているけれど、相手の出方を見るしかない。
「フォン様には内緒にしてくださいませね? 私は断然、ニゲラ様派ですわ!」
(え)
拍子抜けするくらいハッキリ言い切られた。それも、どことなく目をキラキラさせて。
ガーベラが頬を赤らめながら続ける。
「もちろんフォン様もステキな殿方だと思いましてよ? 穏やかで優しそうで、太陽と月を合わせたような美しさをお持ちだと思いますわ。
けれど、ニゲラ様のお美しさはまた種類が違うと言うのでしょうか。どこか憂いを帯びていて鋭くもあって。表現が難しいのですが、闇夜でもあり、それを照らす星でもあるというか。そんな仄暗さにときめいてしまいますの」
(ん????)
ガーベラはなんの話をしているのだろうか。政治的な話ではなかったのだろうか。混乱しながら必死に頭を巡らせる。
「えっと……、殿方の好みの話ですの?」
「もちろん! 他に何がありまして?」
ガーベラの顔にワクワクと書いてあるように見えた。自分の早合点だったようで、緊張を解く。
(好みだと……わたくしはフォン様ですわね)
一瞬浮かんだ考えを心の中で必死に否定する。そんなことはあってはいけないのだ。フォンは姉様の仇なのだから。
「そうですわね……、ガーベラ様のお気持ち、よくわかりますわ」
「まあ! 嬉しいですわ。ニゲラ様推し同盟ですわね」
(推し??? 同盟????)
よくわからないけれど、ガーベラが嬉しそうにニコニコしているから、それでいいことにしておく。
(フォン様派か、ニゲラ様派か……)
改めてその言葉が頭をめぐる。国王が定めている王太子は第二王子のフォンだ。けれどそれは、微妙なバランスの上で成り立っている。
フォンに何か落ち度があれば、あるいは、ニゲラがフォンを大きく上回る功績を上げれば、その立場がひっくり返る可能性はあるだろう。
第一王子のニゲラを盛り立てようとする派閥があるのは知っている。今は王太子ではない彼を立てれば、王太子や国王になった時に功績を大きく評価されて重用されるだろうという打算もあるのだろうか。
フォンを王太子の座から引きずりおろす。
それにはフォンの足を引っ張るか、ニゲラが功績を上げるのを手伝えばいいのかもしれない。
思いついたところで、フォンが傷ついた顔になるイメージが浮かぶ。それはなんだかイヤな気がする。復讐しないといけないのに、どうにも矛盾している。