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5 わたくしのシノビ


 王宮に戻ってニゲラを城門まで呼び出す。入る許可は得ているけれど、今はこの先が魔窟に見えて入る気がしない。


「アリサ?」

 不思議そうにやってきたニゲラに顔を寄せる。

「ニゲラ様。トゥーンベリの別宅でお話ししたく存じます」

「承知した」


 すぐに別宅に案内して、ミズキが淹れてくれたお茶でひと息ついた。


「して、オスマンサスでいかがした?」

 何かあったのが前提な聞き方だ。急に呼び出したことで異常を察してくれたのだろう。


「フォン様は来ていないと。王妃様のご病気は一服盛られた可能性があり、フォン様を誘き出すためだったかもしれないと」

「ふむ。とするなら、王宮に近しい者の犯行であろうか。そう判断して拙をここに?」

「はい」

「アリサは拙を疑わぬのか? 拙の周りのシノビに命じればできるであろうと」

「ニゲラ様はそのような方ではございませんわ」


 言い切ったら、ニゲラが柔らかな笑みを浮かべた。初めて見る表情だ。どことなくフォンに似て見える。


「その信頼には応えねばなるまいな。拙が調べさせた範囲では、まず、道中で出会った不届者とは関係がなさそうであった」

「! ではあの者たちにどうにかされたわけではないのですね」

「うむ。フォンが王都を目指していた日に、別の方向にある遠方の町で狼藉を働き、指名手配をされておる。そこから流れてきたのであろう。そも、あの程度の小者ならばフォンの相手ではあるまいよ」


 武術大会で立ち回っていたフォンを思いだす。ニゲラと同等かそれ以上に見事な戦いぶりだった。確かに、多勢に無勢であってもフォンなら切り伏せられるだろう。


「それと、門番の兵士がフォンを王都に通した記録はなかったが、その日に王都の城壁を通るところと、王宮の門の前にいるところを目撃した市民がいた」

「! では、フォン様は確かに王都に戻られているのですわね!」

「うむ。アリサの話とも一致する故、フォンが行方不明になったのは王宮内、あるいはその付近で間違いなかろう」

「王宮内か、その付近……」


「そのあたりを中心に捜索できればとは思うのであるが。拙が動かせる者の中には、心の底からはフォンを見つけ出そうとしておらぬ者も多い」

「え……」

「さもありなん。積極的に手を出すことは拙が禁じているが、関係のないところでいなくなるのならば僥倖ぎょうこうだと考えるのだろうよ。拙の治世にフォンが必要とはいえ、そもフォンがいることで王座につけぬなら意味がないと考える者もいよう」


「それは……、ニゲラ様のおっしゃる通りかと思いますわ。アウラ様、王妃様が王宮内を捜索させると言っていらっしゃったので、その結果を待つしかないでしょうか」

「アウラ王妃が動かせる者は敵方にマークされておる可能性があろう。オスマンサス公爵家の私兵は王宮内では自由に動けぬしな」


 その点からすると、トゥーンベリは更に不利だ。そもそも私兵が王宮内に入れない。許可されるのは自分とともに行動する付き人2人までで、自分が許可されたエリアにしか入れない。そして、自分が入れるような場所にフォンがいるはずがない。


「……八方塞がりではありませんの」

 ここまでわかったのに、何も手がなくて泣きたくなる。


「いや、ひとつ、取れる手立ては浮かんでいる」

「なんですの?!」

「アリサのシノビを使えばよい。同胞には王宮内に詳しい者もいるやもしれぬ」

「わたくしのシノビ……?」


 まったく心当たりがない。ニゲラは何を言っているのだろうか。

 不思議に思いながら、ニゲラの視線の先を追う。

 そこには、ずっとそばにいた人物がたたずんでいる。


「ミズキ……? 待ってくださいませ。ミズキはシノビでしたの……?」

「聞いておらなんだか。道中で敵を倒した武器は棒手裏剣であろう? シノビの暗器の一種であるよ。ミズキという名も、シノビの国の響きに聞こえる」

「けど、ミズキは黒髪ではありませんわ!」

「その程度に色を変える染料はあろうし、世代を経る中でいくらか変化しておる家系もある。すべての者が黒髪ではあらぬよ」


 驚きとともにミズキを見つめる。母の元でシノビの話を聞いた時にもそばにいた。彼女は何を思っていたのだろうか。


「ミズキ……。ミズキはシノビですの?」

「はい。私もシノビの者です」

「なぜ今までそれを言わなかったのですか?」

「聞かれませんでしたので。もっとも、フォン様は初見で見抜いていたようでしたが」


 フォンとミズキが初めて会った時を思い返す。

「そこまでです、フォン様。アリサ様をお守りするのは私の役目ですから」

「きみは、アリサのメイド兼護衛ってとこかな。うん、トゥーンベリのおじさんおばさんが本気でアリサを守ろうとしてるのも、大事にしてるのも伝わってくるね」

(そうおっしゃっていたのは、ミズキがシノビだと気づかれていたからでしたの?)


 ミズキの祖先が遠い昔の移民だと知っていたのに、今までつながっていなかった自分の方が問題だ。

 それはわかった上で、話してもらっていなかったことに不安を覚えた。聞くべきではない問いを投げかけてしまったのはそのせいだろう。


「ミズキは……、わたくしの味方ですの?」


「いいえ、アリサ様」


 言い切られ、ミズキが今までと別人に見えて血の気が引く。

 いつも淡々としているミズキが、変わらずに淡々と続ける。


「私たちは誰の味方でもございません。自らが納得した約定に基づき、自らの務めを果たすのみです」

「約定と務め……」

「はい。私はアリサ様の生活補助と護衛を引き受けております。そのため、命を賭してでもアリサ様はお守り申し上げます」


 冷えた気持ちが、ぶわっと暖かいものに塗り替えられる。それを自分は味方と呼ぶのだ。たとえミズキの中では違っても。


「ありがとうございます」

「うむ。シノビは長くこの国にあるうちに、いくつもの家系に分かれている。ミズキは拙を王にと望む者たちとは別なのであろう?」

「根本的な考えを異にしているとは思っております。私たちにとっては仕えた者があるじであり、私たちは主の影です。影である私たちが主に何かを望むのは本末転倒でありましょう」


「しからば、ミズキの知る者の中に、フォンの捜索を依頼できそうな者はおろうか」

 ミズキに直接頼むのではなく周辺について尋ねたのは、ミズキの務めが自分の護衛だからだろう。それを放棄してフォンを捜索してくれるはずがない。今ならそれがわかる。


「打診してみることは可能かと思いますが、確約はできかねます。なにぶん皆、我が強い者たちなので」

「よい。確約よりも真であろうよ」

「アリサ様もそれでよろしいですか?」

「はいっ! はい。どうぞよろしくお願い申し上げますわ」

 しっかりとミズキの手を取って懇願する。


 それから、今思っていることを伝えたくなった。

「ありがとうございます、ミズキ。ミズキがわたくしのシノビでいてくださるの、本当に嬉しいですわ」


 ミズキがハァとため息をついた。


「まったく、アリサ様は人たらしな自覚をお持ちください」


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