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2 2人からの指輪と不測の事態


 プロムの1週間前。フォンにもニゲラにも他の相手は決まらないまま、2人から同時に指輪をプレゼントされた。


「親が用意するプロムのセットには、ネックレス、イヤリング、髪飾りまであっても、指輪は入らないでしょ?」

「薬指はどちらを左手にするかという問題が起きよう? 今回は小指用にしたのだが、どうであろうか」


 少し前に遊びと言って小指に糸を巻かれたのはこういうことだったのかと思う。

 もう用意されたのに受け取らないわけにはいかないだろう。

「……ありがとうございます」


 ニゲラから贈られたのは、細身の台座に乗ったシンプルな一粒のダイヤモンドだ。

(この石、大きいですわよね……)

 公爵令嬢としてそれなりに宝飾品は見てきた。指輪に使われるサイズの中ではかなり上の方ではないだろうか。しっかりとした今後の約束がない中でもらっていい値段ではない気がする。


 フォンから贈られたのは、三重のデザインのダイヤの指輪だ。

(リングの石もすべてダイヤモンドですわよね……)

 ポイントとして置かれている中央の一番大きな石はニゲラのものほど大きくはないものの、びっしりと全体に小粒のダイヤが並んでいる。値段はきっと、上に同じだ。


「つけさせてもらってもいいかな?」

「……はい。ありがとうございます」

 嬉しいのを通り越して困惑しかないけれど、用意してくれた気持ちは大事にしたい。

 フォンに右手を取られ、小指にリングを嵌められる。細かく光を反射して、すごくキレイだ。


「拙もよかろうか?」

「はい、ありがとうございます」

 ニゲラに左手を取られ、小指にリングを嵌められる。大きな石が存在を主張して美しく輝く。


「プロムでつけてっていうつもりだったけど、ダメだね。もう外してほしくない」

 フォンがリングの上から口づける。所有された感じがして、心音が高鳴る。


「ふむ。学舎は神学科以外は服装が自由で、宝飾品も規制はなかろう? このままつけていてもらってもよいかと思うが」

 手に頬を寄せながら、ニゲラまで何か言いだした。


(悪目立ちする気がしますわ……)

 思うけれど、ちょっと申し訳なくて言えない。

「まあ、日常使いにするにはさすがにちょっと目立つよね。誰に贈られたのかって勘ぐられるのも面倒だし」

 フォンから気づいてもらえてホッとする。

「今から買いに行こっか。目立たない日常使い用」

(……はい?)


「ふむ。それはよい。アリサが好きなものを選べるしな」

「王宮だったら宝石商を呼ぶんだけどね。学舎だとそれこそ変に目立つだろうから」

「近くの町に学舎の学生もターゲットにした店があろう? そこがよかろう」

 ニゲラとフォンの意見がぴったりなのは喜ぶべきなのだろうか。


 もらった高価な指輪は部屋に備えつけの金庫に仕舞って、それから3人で外出届を出して出かけた。

 貴族対応にも慣れた店なのか、当たり前のように個室に通されて、他の学生に見られる可能性が減って助かった。


 ニゲラからはタンザナイトの細身のリング、フォンからはブルーサファイアのデザインリングを贈られ、改めてそれぞれの手につけられる。

(すごく悪いことをしている気分ですわ……)

 どちらも石のサイズは控えめとはいえ、彼らのお小遣いは税金だ。悪女街道まっしぐらな気しかしない。


「あの、フォン様、ニゲラ様。お気持ちが嬉しいので今回は受け取りますが、これきりにしてくださいませね?」

「うん。アリサにならいくらでも買ってあげるけど、アリサのそういうところも好きだよ」

「ふむ。ねだられると与えたくなくなるが、そう言われるとむしろ贈りたくなるな」

「ニゲラ様?!」


 ニゲラがクックッと笑う。半分からかわれているのかもしれないけれど、イヤな気はしない。

 ニゲラのこういう部分が見え隠れするようになったのは、それだけ本心を言える場所になっているからだろうか。



 この日の夜、消灯時間間近にコツコツと窓を叩く音がした。

(待ってくださいませ。ここは2階ですわよ?!)

 安全のため、位が高い貴族の部屋は2階に集められている。

 風かオバケかと思っていると、付き人兼護衛のミズキが様子を見に行ってくれる。


 カーテンが開かれると、完全に知った顔がいた。

「フォン様?!」

 急いで窓に駆け寄って開ける。

「どうされたのですか? こんな、危ない……」

 言いつつよく見れば、普通にハシゴをかけて登ってきている。どこかの備品だろう。


「……規則違反ですわよ?」

 身体的安全面では問題がなさそうだけど、問題しかない。

「アリサの部屋にさえ入らなかったら、女子棟に入ったことにはならないから大丈夫だよ」

「……どうなさったのですか? こんな時間に」

 フォンは時々突拍子もないことをするけれど、こんな時間にこんなふうに訪ねてきたのは初めてだ。


「さっき早馬でこれが届いたんだよね」

 王家の紋章がついた封筒を渡される。中を改めると、王妃が病で重体になっているからすぐに戻るようにとのことだ。

「フォン様、これ……」

「父上の字だね。明日の朝イチで学舎を出発して顔を見てくるよ。プロムには必ず戻るから、待っててね」

 手を伸ばされて、軽く抱き寄せられ、鼻先にキスが落とされる。答えるように彼の頬にキスを返す。


「はい、お待ちしておりますわ」

 結局プロムは2人にエスコートされる形になりそうだ。外聞はあまりよくないかもしれないけれど、今の自分たちにはそれが自然だと思う。



 プロムの日。

 どれだけ待ってもフォンは戻って来なかった。


 知らせもないことに胸騒ぎがしながら、フォンとニゲラから贈られたダイヤの指輪を両方つけて、ニゲラにエスコートされて参加した。

 学舎には理由が書かれた一時帰宅の届出がされていたため、フォンの不在が取り沙汰されることはなかった。


(フォン様……)

 プロムの重要性を知らない人ではないし、何も言わずに約束をたがえる人でもない。

 ざわざわとした感覚と祈りに似た気持ちで、フォンから贈られた指輪を握りしめる。


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