5 生徒会メンバー
参加者が全員揃った定刻に、フォンが中央で改めて入学の祝辞を言い、乾杯の音頭をとった。飲み物のグラスを軽く傾けてから口に運ぶ。
(おいしい……)
かなりいいブドウの果汁だろう。
前菜が運ばれてくる中で、自己紹介タイムが取られる。上級生の中でも最も位が高いフォンからだ。
「僕はフォン・S・テオプラストス。ここでは生徒会長をしてるよ。よろしくね」
慣例通りミドルネーム『シオン』はイニシャルの『S』に置き換えられている。
(王太子だとは名乗りませんのね)
この国では誰もが知っている事実だからだろうか。
フォンの隣の男性に視線を移す。
赤茶色の瞳とひとつに結ばれた長い黒髪に異国情緒を感じる。深い赤を基調として黒や青があしらわれた服は、王太子であるフォンには少し劣るものの、王族の威厳をまとっている。
フォンほど多くは会っていないけれど、立場が立場で、容姿も珍しいから印象が強い。
「拙は、ニゲラ・R・テオプラストス。副会長だ。よろしく頼む」
(ニゲラ様も第一王子だとは名乗りませんのね)
ニゲラ・ラナン・テオプラストスはフォンの兄だ。征服国から来た姫君の子で、フォンより1日早く生まれている。
ニゲラの母親は出産の時に亡くなったらしい。そのため後ろ盾がなく、加えてフォンの母が有力な公爵家の出のため、出生順では第二王子のフォンに王位継承権が与えられている。
ニゲラの隣が、さっきマシュマロの予算について聞いていたマクロフィア公爵家のハイドだ。ハイドがクイッとメガネを上げて口を開く。
「ハイド・R・マクロフィアです。会計を担当しています。よろしくお願いします」
有力貴族の中でも考えが先進的な家系で、有力な商人の娘を迎え入れたり、娘を嫁がせたりしているのだったか。公爵家の中でも群を抜いて、領地運営の収益が高かったはずだ。
(ハイド様が会計をされるのは天職ですわね)
公爵家の子息であり、立場としては自分とほぼ同じだ。二人の王子が揃っている去年の入学生は地位が高く、その中にいたら自分は生徒会に入れなかったかもしれない。
ハイドの隣が、マシュマロを石けんかと言ったピンクの髪の女の子だ。前菜の食べ方も拙い感じがする。
「えっと、わたしはカレン・デュラと言います。よろしくお願いします」
「補足すると、見ての通りカレン嬢は神学科の生徒だよ。書記は神学科の優秀な生徒が務めることになってるんだよね」
(カレン・デュラさん……)
女性から見てもキレイな女性だと思う。フォンの代の生徒会の紅一点だ。
母様が「半年ほど前からフォンがウィステリアを遠ざけていた」と言っていた。姉様の代の女性は姉様だけだと聞いているから、フォンは彼女に目移りでもしていたのだろうか。
カレンの紹介を付け加えたフォンの視線が自分に向いた。順番を示しているのだろう。残っているのは新入生のコサージュを付けているメンバーだけだ。
「アリサ・E・トゥーンベリですわ。どうぞ仲良くしてくださいませ」
自分の隣の女の子が続く。
「ガーベラ・M・アステラセですわ。私も、仲良くしていただけると嬉しいです」
アステラセは侯爵家だ。ガーベラは元気で明るい印象があり、高い位置で結んだツインテールからも活発な感じがする。
「アルピウム・N・レオントポディウムだ。よろしく」
レオントポディウム辺境伯家のアルピウムは大柄でがっしりしている。目つきも鋭い感じで、貴族というより騎士の雰囲気だ。
ハイド、ガーベラ、アルピウムは何度か会っている顔見知りだけど、ミドルネームを知るほどには親しくない。
神学科の制服の1年生が最後になる。
「うちはウルヴィ・レアナと申します。よろしくお願いいたします」
少し訛りを感じるものの、凛としていて、同い年にしては大人びた雰囲気の女の子だ。低い位置におだんごを作っていて、ピシッとしている。
カレンと同じ庶民のはずだけれど、カレンより丁寧に食べている。慣れているというより神経を張りつめて気を配っている感じだろうか。
一周したところで、フォンが話を引き取った。
「わかってると思うけど、新入生はアリサ嬢が次期生徒会長候補だよ。候補って言っても今年の新入生にはアリサ嬢に匹敵する地位を持っている子はいないから、次年度の生徒会長に決まってるようなものだね。
そのアリサ嬢を支える副会長と会計の候補として、ガーベラ嬢とアルピウム。書記候補のウルヴィ嬢。
生徒会長は学舎からの指名だけど、それ以外は会長が指名する形だからね。候補のうちからよく励んでね」
同級生に緊張が走る。仕組みを説明しているようでいて、まるで3人に自分によく仕えるように言っているように聞こえるからだろう。なんだか落ち着かない。
「あの、気楽にいきましょうね。お友だちとして接してもらえると嬉しいですわ」
「はい、アリサ様!」
ガーベラの明るい返事もあって空気が緩んでホッとした。
歓迎会の席は当たり障りのない話で終わった。寮の自室に戻って息をつく。公爵家の令嬢用の部屋なため、実家と比べても十分な豪華さだ。
「アリサ様、お茶をお淹れしますか?」
「ありがとうございます、ミズキ」
メイド兼護衛のミズキが淹れてくれたお茶を口にしつつ、ため息をついた。
「すべきことのハードルが高すぎる気がしますわ」
「ハードルですか?」
「ウィステリア姉様のことをどう調べればいいのかも、フォン様をどうすればいいのかも、何も思い浮かばなくて困っていますの」
「私の仕事はアリサ様の護衛ですので、思いつかれないのであればそれでよろしいかと」
「それでよろしくないから困っているのですわ」
「なるほど? 私の一族に交渉していただければ、ターゲットを消す方法ならありますが」
「物騒ですわね?!」
「私の家系はそういう訓練も受けておりますので。毒をもって毒を制すとはよく言ったもので、手の内をよく知るのは同業者ですから」
「わたくしが言われているのは王太子でなくすことであって、そこまで物騒な話ではありませんわ」
「その方がむしろ難しい気がしますが。ウィステリア様の件は、お一人ずつお聞きしてみたらどうですか? 人が多いところでは話しにくいこともあるでしょうから」
「ミズキは天才ですの?」
「普通の発想だと思います」
それだ。それがいい。フォンがいる場所では邪魔されそうだから、一人ずつお茶会に招待して話してみるのがいいだろう。
名付けて、新旧生徒会メンバーと個別に仲良くなろうの会だ。響きだけでも楽しそうな気がする。




