4 マシュマロおいしい
フォンが部屋を出て、しばらくしてから歓迎会の会場に向かった。言われたことを守ったというより、すぐに立てなかった。
メイド兼護衛のミズキに
「なぜフォン様をわたくしから遠ざけようとしませんでしたの?」
と聞いたら、
「殺意や害意を感じませんでしたので」
と言われた。そこが彼女の護衛としての基準のようだ。
天井が高い建物だ。いくつか控え室があるエリアを抜けると、大きな扉が開いた広間に出る。内装は煌びやかで、王宮のダンスホールを思わせる。天井にはたくさんのシャンデリアが輝いている。
会場に入った新入生は、ホスト側の先輩たちに案内されて席についていく。広い部屋の真ん中があけられていて、囲むようにいくつかの円卓が置かれている。
「アリサ・E・トゥーンベリ嬢。ようこそ」
よそ行きの仮面のような微笑をたたえたフォンに迎えられ、会場に入った。
(人前ではミドルネームは伏せてくれますのね)
当たり前といえば当たり前だけど、それだけでなんだか遠く感じる。遠いのが正しいのだけど。
案内されたのは入り口から一番離れた上座のテーブルだ。その中でも一番奥の席に『アリサ・E・トゥーンベリ様』と書かれた装飾的な木のプレートが置かれている。
(新入生の中では、やっぱりわたくしが一番上の立場ですのね)
そう言われていたし、新入生代表になったのもそれが大きいのだろうが、改めてそう認識した。
テーブルは8人席で、すでに6人が座っている。うち4人は顔見知りだ。
正式な社交界へのデビューは高等貴族学舎を卒業してからになるが、親の私的な交友関係で、その前から子ども同士が会うことがある。立場が近い家同士が多いため、上座のテーブルに知り合いが集まったのは必然だろう。
白い同じ服を着ている2人だけは見覚えがない。
(神学科の制服ですわよね)
ここ高等貴族学舎には三つの学科がある。王侯貴族の男子学生が所属する帝王学科、王侯貴族の女子学生が所属する賢良学科、その才覚で貴族の後ろ盾を得られた庶民が男女問わず学ぶ神学科だ。
神学科は庶民にとって唯一の出世の道で、貴族の推薦をとれるコネクションがある裕福な家庭の子女が多い。制服があるのは神学科だけだ。
自分が席につくと、フォンが隣の空席に座った。
(フォン様が隣ですの?!)
立場的には順当だ。頭ではわかるけれど、ドキッとする。
そのタイミングで、それぞれの付き人がたくさんのマシュマロが乗ったガラスボウルとフィンガーボウルを運んできて、一人一人の前に置いた。
普通はマシュマロが出されるとしても少量、食後だから、内心で驚く。
マシュマロは好きなお菓子のひとつだ。嬉しい。そもそも好きではないお菓子はない気もする。すぐ食べていいのかと少しそわそわする。
「この白いものは何でしょう? フィンガーボウルで使う石けんでしょうか」
神学科の制服の女の子の一人、明るいピンク色の髪の子がとんでもないことを言う。
フォンが仮面の笑みのまま話を受ける。
「マシュマロ、知らない? 高級品だからしかたないかな。僕がまだ小さいころに王宮付きのパティシエが創りだして、今は市井にも広まり始めてるお菓子だよ。
ふわふわぷにぷにで、甘くて、口の中でとけるんだ。初めて食べた時は感動したな。勉強や訓練をがんばるとご褒美にもらえるの。小さいころはそのためにがんばってたんだよね」
幼いころのフォンを思いだして、ほのぼのした。あの頃はかわいかった。自分より年上で、当時はかわいいというよりカッコイイお兄さんという印象だったけれど。
フォンの二つ隣の席、細い目と小さな丸メガネで商人風に見える、マクロフィア公爵家のハイドが、メガネをクイッと上げた。
「去年は出ていませんでしたよね? それに、高級なお菓子をこんなにいっぱいなんて、予算は足りたのでしょうか」
「うん。僕がポケットマネーで特別に用意させたものだから、何も心配しないで好きなだけ食べて」
「まあ、フォン様。ありがとうございます」
特別ないっぱいのマシュマロ。なんてステキな響きだろうか。嬉しくてついお礼を言ってから、はしゃいでいる場合じゃないことを思いだした。
けれど、マシュマロに罪はない。マシュマロおいしい。もぐもぐもぐ。
甘さは幸せだ。
(いけませんわ。ちゃんと、すべきことを考えないと)
学業と身の安全を守るのは前提として、2つの目的がある。
姉様が何をしたのか、姉様の身に何が起きたのかを知りたい。
母からは、フォンを王太子の座から引きずりおろすように言われている。
忘れてなんかいない。忘れていないけれど、マシュマロがおいしい。
考えないとと思ってフォンを見ると目が合った。ニコニコと嬉しそうだ。
自分の前にいるフォンと、姉様を追放したフォンがどうしても重ならない。だからか、彼への復讐の気持ちも消えたり思いだして現れたりと、振り子のように大きく揺れてしまう。