7 母の「復讐」の真の目的
あまり眠れなかった。
フォンと2人きりの時間ーー正確には近くに付き人たちはいたけれど、王侯貴族としてはいないものとして扱うーーに、ドキドキしすぎてあまり話せなかったのがもどかしい。
人からどう思われるのかは相手次第なところもあるからと、あまり気にしないできた。けれど、フォンにどう思われたのかは気になってしまう。
(つまらなかったですわよね……?)
彼といて、あんなにも話をしなかったのは初めてだ。
これからの方向性を考えるなら、距離をとれたと喜ぶべきなのだろうか。でもやっぱり、フォンにだけは自分の思いを誤解されたくない。
それはとても身勝手だと思うから、言ってはいけないことだとも思うけれど。
(ハァ……、フォン様、キレイでしたわ……)
改めて近くで見ると、本当にカッコイイ。
今になると、当然だと思って祝っていたウィステリア姉様とフォンの婚約が、そもそもなかったらと思ってしまう。あのころは、仲がいい人同士が添い遂げるのが嬉しかったし、フォンと家族になれるのも嬉しかった。
それはそれで幸せだっただろう。もう決して戻れないけれど。
(わたくしは……、フォン様を次期国王にいたしますわ)
そのためには今日、学舎祭に来る両親を説得したいところだ。他の人に話を聞かれない場所として来賓用の休憩室は押さえてある。
寝不足だなんて言っていられない。ここが正念場だ。
「お父様、お母様、学舎祭へようこそお越しくださいました」
「元気にしていましたか? アリサ」
「はい、この通りなんら変わりなく」
早い時間に到着した両親を案内していく。学舎祭2日目は来賓が主役だ。自分の展示を見てもらい、神学科のエリアを回って、帝王学科の展示を見せる。意図的にフォンの展示の前で長めに足を止めた。
昨日フォンといた時とは違う心臓の騒ぎ方が続く。
来賓用の休憩室に通すと、付き人のミズキがお茶と小さなお菓子を出してくれる。両親の護衛を含めた身内だけの空間だ。
「学舎祭はいかがでして?」
「アリサの着眼点はなかなかおもしろかったな」
「ありがとうございます」
「この後、アリサ主催のお茶会でもてなしてもらえるのでしょう?」
「はい、どうぞ楽しみにしていてくださいませ。夕方には帝王学科武術大会の魔獣戦もありますが、ご覧になられますか?」
「興味はありますが、私たちは早めに帰路につこうと思っているのですよ」
「そうですのね。残念ですわ」
社交辞令的な会話をしてから、ひとつ息を飲んで本題を切りだす。
「あの、お父様、お母様。フォン様の展示をご覧になられて、どう思われまして?」
「首席だとは聞いていたが、さすがに優秀だな。領地経営の上でも大いに参考になった」
「あら、ニゲラ様の展示もよかったではありませんの? 気象条件から小麦の取れ高が予想できるのでしたら、大いに役立つと思いますわ」
フォンの話をしているのに、なぜ母はニゲラの話に持っていくのか。少し引っかかったけれど、その流れに乗った形で話を持っていく。
「はい、ニゲラ様も優秀ですわよね。あの、お父様、お母様。わたくし……、王太子ではないニゲラ様をトゥーンベリにお迎えしたく思っておりますの。いかがお考えでしょうか?」
口から心臓が出そうなほどに緊張しながらも、なんとか言い切った。
先に答えたのは父だ。
「それは……、うちとしてはもちろん歓迎する。国王様がどう言うかだが、フォン様とウィステリアの件は王妃様の方に確執があるようだからな。お前がニゲラ様と添い遂げることは不可能ではないだろう」
ホッとした。
次の瞬間、
「アリサ」
いつもより低い音で母に呼ばれて背筋が伸びる。
「ニゲラ様はどのようにおっしゃっているのですか?」
バクン。心臓が跳ねる。できれば伏せたかった話だ。慎重に言葉を探す。
「初めはトゥーンベリに降りたいとおっしゃっていて……、正規のルートでわたくしの実家に申し入れるようにお伝えしておりました」
「その話は来ていないな」
「はい。帰省した時に聞かなかったので、話は流れたものだと思っていたのですが……」
この先を話していいのか迷うけれど、ウソをつくわけにもいかない。大きく息を吸った。
「昨日、隣に立って国母になってほしいと告白されました」
両親が揃って息を飲む。思案する顔になった父が、確かめるように口を開く。
「それは……、トゥーンベリ公爵家の力でニゲラ様を王太子に、というのと同義だと捉えていいのだな?」
「はい。わたくしもそう受け取っておりますわ。国王にならないといけない理由があった、とおっしゃっておりましたので。それが何かを、お父様とお母様はご存知でして?」
両親が顔を見合わせ、母がため息混じりに答える。
「ただの推測になりますが。ニゲラ様の母君はこの国の王妃の地位を約束されて渡航してきたと聞いております。フォン様の母君が正妃となった際、約束が違うと騒いでいらっしゃったのを私たちは聞いております。
せめて息子を王太子に、次期国王にと考えられ、その思いを誰かに託していたのをニゲラ様が聞いた可能性はあるでしょうね」
「亡き母君の願い……」
母の推測はありえるだろう。自分も親の言葉に縛られて生きている。子どもとはみんなそういうものなのかもしれない。
「アリサ。ニゲラ様を選ぶことには賛成します。もしあなたがニゲラ様が望む形で支えるのではなく、トゥーンベリに降るよう望むのなら、あなたがニゲラ様を説得なさいませ」
「あの、お母様はそれでよろしいのですか? その場合はフォン様が王太子として国王になりますわよね? 王太子でなくすように言われていたのは……」
「あなたの安全のために、周りからフォン様派だと思われないようにしたかったのですわ。
アリサには他人を陥れるなんてできないでしょう? あなたにそう言い含めて敵対しているように見せるのが最善だと判断していたのです。
あなたたちは昔から仲がよかったから、そのくらい強く言わないと距離を取れないでしょう?」
リバーシというゲームがある。白と黒のコマを順に置いていき、挟んだ相手のコマを自分の色に返せるものだ。
母の今の話によって、これまで見てきた世界が黒から白にすべてひっくり返された感覚があった。
母は姉様がフォンから婚約破棄をされ、国外に追放されたことを恨んで、フォンを排除しようとしているのだと思っていた。あの時に母が復讐を肯定したのすら、真の目的のためだったのだろうか。
(わたくしがフォン様を支えようとしたら、姉様と同じように狙われるから、でしたの……?)
そう考えて自分にフォンの失脚を言い渡していたのだとしたら、カレンから聞いたことを伝えても何も変わらなかったのは当然だ。
(そのくらい強く言われても距離を取れませんでしたわ……)
母の心配の上をいってしまったのが申し訳ない。
「あなたがニゲラ様と歩むのなら、もうその必要はないでしょう」
そう言い切った母が、声を潜めて続ける。
「ただし、シノビはニゲラ様が国王になることを望んでいるはずです。
ニゲラ様がトゥーンベリに降ってもよいと言われたなら、ニゲラ様ご自身が望まれるという形で、ニゲラ様にシノビを説得させるのです。よいですね?」
自分の身を守るためにも、もうフォンが命を狙われないようにするためにも、そしてフォンをこの国の王にするためにも、道はひとつしかない。
決意を新たにして、母に頷いた。
「はい、お母様。わたくし、ニゲラ様をメロメロにしてみせますわ!」
ガーベラ案の、ニゲラ様とおつきあいしてメロメロに作戦を決行するしかない。
両親から、ものすごく心配そうな顔をされたのは気のせいだろうか。




