5 学舎祭の平和なひととき
ケーキがおいしい。天気がよく、風が爽やかで心地いい。よく手入れがされている中央庭園の庭木もキレイだ。
(平和ですわ……)
向かいに座っているのは、レオントポディウム辺境伯家のアルピウムだ。
オープンなお茶会だが、他にこのテーブルに加わる者はいない。今の時間のホストの学生は他のテーブルで話しているようだ。
アルピウムから魔物の話を聞くのは、あまり頭を使わなくてよくてありがたい。
「まあ、姿を消せる魔物なんておりますの?」
「ああ。カリプトラサスケルは特殊な魔力の幕で全身を覆うことで一時的に不可視になる。見えないだけで存在はしているので、風の流れや足元の草の凹み方などで位置を把握するのだが、地形によっては非常にやっかいになるな」
「その魔物はよく現れますの?」
「険しい山の合間の谷をナワバリにしているため町や村にはめったに現れない。まれに商隊が追突する事故を聞くくらいだろうか」
「まあ、商隊の皆さんは危険な中で運んできてくださっているのですね。ありがたいですわね」
「そうだな。ある特定の花の香りに呼び寄せられているのではないかとも言われている。その花は……」
しばらく話す中で、隣のテーブルからは話題のおいしい店や流行りの服などの話が聞こえてくる。
「……申し訳ない。俺は無粋な話しかできなくて」
「アルピウムさんのお話、楽しいですわよ? たくさんの方のお力の上で人々の生活が成り立っているのだと感じられて好きですわ」
「そう言ってもらえるとありがたい」
「明日の魔獣戦でのご活躍も期待しておりますわ」
政治的な利害関係がなく、個人的な恋愛感情もなく、こちらにも立ち入ってこない。アルピウムとの距離感は楽だ。
この時間が設定されたのも、女の子たちと同じで、ただ公平にという感じだった。
アルピウムとのお茶の時間でひと息つけたところで、ウルヴィの番になる。
「アリサ様! 今年の神学科1年は、ワンハンドで食べられる甘いものに力を入れました! 一緒に食べ歩きをしましょう!」
「まあ、ステキですわね」
なんという素晴らしい響きだろうか。つい目を輝かせてしまう。
「まずあちらが、南国から運ばれてくるようになった『バナナ』という果物を、カカオに砂糖を加えたチョコレートでコーティングして、食べ歩きがしやすいように棒に挿したものです。私たちは『チョコバナナ』と命名しました!」
もぐもぐ。
「チョコレートとバナナのハーモニーが絶品ですわね」
「こちらは、甘く練った生地を植物油で揚げた上に、更にシナモンと粉砂糖をまぶすという甘みの二重奏を実現した『チュロス』です!」
もぐもぐ。
「細長い形状が食べやすくて、外はカリッと中はふわっとした食感なのも最高ですわね」
「それからこちらは、甘いだけではなく少し塩をきかせることで味の変化を持たせられるようにしたスペシャルクッキーです!」
もぐもぐ。
「味のバランスが絶妙ですわね。いろいろな形があるのも楽しいですわ」
「更に! 遠い異国の地から伝わった、豆を甘く似た『あんこ』と呼ばれる甘味をふわふわ生地に挟んだ『ドラ焼き』はいかがでしょうか?!」
もぐもぐ。
「丸い形がかわいらしく、味も独特でおいしいですわね」
「最後に! この学舎祭のために新鮮な生クリームを手配し、専用の魔道具も借りてきて薄焼き生地を作った、春のフルーツと生クリームたっぷりのクレープロールです!」
もぐもぐ。
「生クリームとフルーツと生地は安定のおいしさですわよね。最高ですわ!」
「満足してもらえたなら光栄です」
ウルヴィの鼻息が荒い。
「1年生の店はウルヴィさんが中心になって用意されたのですか?」
「はい! アリサ様は甘いものがお好きなので、すべての反対意見をねじ伏せました!」
意気揚々と言われたけれど、それは大丈夫なのだろうか。心配して、改めて店をやっている学生たちを見る。
不満そうな顔はない。それどころか、みんなほのぼのとした笑みを浮かべている。
(ウルヴィさんのキャラクターかしら?)
言葉の感じよりもずっとうまくやっていそうだ。
「この先は2年生の区画ですわよね?」
カレンとのことを思いだすと足がすくむ。カレンの彼氏だった男子学生から、魔法武器を使った攻撃を受けたことを体が覚えている。
「そうですが、大丈夫ですよ? 2年生の女子は元々カレンさんに反感を持っている方が多かったのもあって、みんなアリサ様派です。男子も騙されていたことに気づいて見え方が変わっていますから。
ご安心ください! うちの説得で、2年生の出しものもすべてワンハンドの甘いものです!!」
「え」
ウルヴィの実行力が凄すぎる。




