3 フォンの言動は意味がわからない
「そこまでです、フォン様。アリサ様をお守りするのは私の役目ですから」
部屋の奥から、女性にしては低いトーンの淡々とした声がした。
自分よりも小柄な同年代の少女だ。ストレートの深い緑色の髪をショートボブにしていて、黒ベースに白いフリルのメイド服がよく似合っている。
両親が学舎での生活のために自分につけたメイド、ミズキだ。
遠い昔に祖先が海を越えて移住してきた移民だという。その時代の彼女の国にはファミリーネームがなく、この国では移民と奴隷にはファミリーネームが与えられないため、ファーストネームのみだ。
同じ名前の人がいたら困るのではないかと聞いたら、誰の子のとか、橋の隣のとかの特徴をつければ済むし、この国では同じ名前に出会うこともなくて困ったことはないと言っていた。
(ミズキ、いつの間に入っていましたの?!)
両親の見送り以降もずっと自分についていたけれど、フォンに部屋に引きこまれた時に入りこめたタイミングがわからない。
それほどの身のこなしを含めた護衛の人選なのだろう。
「きみは、アリサのメイド兼護衛ってとこかな。うん、トゥーンベリのおじさんおばさんが本気でアリサを守ろうとしてるのも、大事にしてるのも伝わってくるね。
けど、人を1人殺す手段はね、物理的なものだけじゃないんだよ」
(物騒ですわよ、フォン様?!)
「ご忠告痛みいります。そのあたりも抜かるつもりはありません」
「そう? ならいいけどね」
真意が読めない笑みで言って、フォンがこちらに視線を戻す。
「いいかい? エマ」
(直接呼ぶ時にはやはりミドルネームですのね)
思うけれど、今は遮ってはいけない気がする。真剣な銀色の瞳がまっすぐに訴えかけてくる。
「ウィステリアのことを探ってはいけない。それと、僕にもあまり近づかない方がいい。学友としての適切な距離でいてほしい。
歓迎会の前に、周りに知られないでそれだけは伝えたかったんだ」
学舎が休みの夏の間に手紙をくれればよかったのにと一瞬思ったけれど、王太子であるフォンが私的な手紙を出すのは簡単ではないのだろう。出せたとしても、姉様のことがあったから、自分宛でも、使用人や両親が先に見る可能性が高い。
急に部屋に連れこむのはどうかと思うけれど、他に手段がなかったのかもしれない。フォンの付き人がこの場にいないのは、付き人にも聞かれたくなかったのだろう。
フォンの言葉を吟味する。ウソをついて調べない約束をするのもひとつの手段だろうけれど、なんとなくそれはしたくない。
「姉様のことは、気をつけて調べますわ。フォン様とは、学友以上に親しくなることはありえません。そこはご安心くださいませ」
フォンが一瞬口元を引き結んで、それから、むにゅっと両手で頬を挟んできた。
(あれ、デジャヴ)
子どものころにもこんなことがあったような気がする。し、姉様との婚約を心から喜んだ時にも挟まれた。意味がわからない。
「はは。僕のかわいいマシュマロちゃんはふにふにだね」
「ふにふに?! ひょっ、やめてくださいまひぇ」
レディに向かってひどすぎる。マシュマロちゃんでもないとも言ったはずだ。
フォンがおかしそうに笑って手を離し、わざとらしく口角を上げた。
「きみは、次期生徒会長候補だからね。現職の僕の見習いとして、学友の距離で後輩としてかわいがるつもりでいるから安心してね」
「そのかわいがりは安心できないかわいがりではありませんの?!」
なんということだ。早くも真相を探るのが暗礁に乗り上げそうなだけでなく、平穏な日常すら脅かされそうだなんて。
思いっきり頭を抱えそうになったところで、ハッとした。
(フォン様の近くにいられるということは、復讐する機会が増えると考えればいいのかしら?)
フォンを王太子の座から引きずりおろすように言われた。
そのいい方法は浮かんでいないけれど、そばにいれば何か思いつくかもしれない。近ければ近いほど機会は増えるだろう。
姉様の身に何が起きたのかを探るのは阻止されやすくなるかもしれないが。フォンの目がない時になんとかうまくやれないかと考える。
「じゃあね、エマ。僕は先に戻るから、少ししてからおいで。ここで僕に会ったことは内緒だよ。いいね?」
「わかりましたわ」
「うん。じゃあ、約束の印に僕の頬にキスして?」
「まったく意味がわかりませんわ?!」
学友の距離感とはなんなのか。フォンは学友たちと何か約束するたびに頬にキスをさせているのだろうか。一瞬そう思って、いやさすがにそんなはずはないと打ち消す。
「ははは」
軽い笑い声で、からかわれたのだと気づいた。
「ひどいですわ。早く行ってくださいませ」
「うん。またね」
口ではそう言っているのに、向けられる視線が解けない。
(?)
不思議に思っていると、ふわりと頭を撫でられた。直後、フォンが小さくドアを開けて部屋を出る。
「……なんなんですの」
力が抜けて、へたりこむ。
ドッドッドッドッと心臓がうるさい。こんな感覚は初めてだ。