7 気づいてはいけなかった気持ち、学友の距離
「とんだ醜態を見せてしまい、申し訳ありませんでした」
ひととおり泣いて落ちついたところで、メイド兼護衛のミズキに顔を整えられた。息をついてから、フォンに頭を下げる。
「僕は嬉しかったからいいんじゃないかな。でも、さっきのことは内緒ね。僕とアリサだけの秘密」
「わかりましたわ」
(アリサ……)
ミドルネームのエマで呼ばれたりファーストネームのアリサで呼ばれたりと忙しい。なんとなく、フォンがファーストネームを呼ぶ時は距離を取ろうとしている感じがする。
(学友としての距離……、ですものね)
泣きじゃくっていた時にはそこまで頭が回らなかったけれど、落ちつくと、さっきのあれはなんだったのかと思う。密着しすぎではないか。フォンは他の学友にもあんなふうにするのだろうか。
きっと、しない。
ここ2ヶ月くらいフォンの側にいて、それを否定できなくなっているけれど、認めてはいけなくて、認められない。
(ウィステリア姉様といったい、何がありましたの……?)
ここに来た当初よりももっと、真実を知りたくなってきている。
姉様が理由もなくフォンに敵対するはずがない。それは母様が言っていた通りだろう。けれど、フォンもまた、理由もなく姉様を無碍にするとは思えない。
「あの、フォン様」
「なに?」
「姉様と何があったかはやっぱり……」
「何もなかったよ」
「何も?」
「うん。そうしておくのが一番だからね」
それは、何かあったけれど自分には話せないという意味ではないか。
ここで引き下がってはいけない気がした。
「カレン・デュラさんが、姉様の罪状はフォン様の暗殺未遂だと言っていました。この目で見たとも。そうだったのですか?」
あの場では言えなかったけれど、カレンが別の理由で退学になっている今なら時効だろう。
フォンの視線が一瞬冷たくなり、どこか遠くへと投げかけられる。あきらめたように息をついてから、いつになく真剣な声色が続く。
「いい? エマ。絶対に首をつっこんだり犯人探しをしたりしないって約束して。もちろん、ここだけの話で絶対に秘密。できる?」
「……わかりましたわ」
この条件をフォンは譲らないだろう。その確信があったから、しっかりと頷いた。
フォンが肩で息をして、長く長く吐きだした。
「ウィステリアは、誰かにハメられたんだ」
「え……」
「ウィステリアが犯人に見えるように工作された、って言えばいいかな。
僕の婚約者になった彼女は、僕がたびたび命を狙われていることに気づいてね。黒幕を暴いてみせるって言ってくれて。
けど、調べていた彼女にチラチラと危険が及ぶようになって。僕らは表面上、仲違いしたように見せて距離をとった。それを逆に利用された形だね。
その場にいた全員を調べたけどウィステリア以外を犯人だと示す証拠が出なくて、緘口令を敷いた上でウィステリアとの婚約を破棄して、国外追放の名目で僕の近くから逃したんだ。名目上そうしただけで、実際に国内にいることを制限はしてないから、そこは安心して。
そう判断した理由も含めて父上にだけは報告してあるから、君たち家族にお咎めがいかなかったってわけ」
「それならそうとおっしゃってくだされば!」
裏切り者。そんな心ない言葉をフォンに投げつけることなんてなかったはずだ。後悔してももう消せない。
「何も知らないで、僕と距離を取った方が安全だからね」
ぶわっと涙が溢れそうになって、けれど今回はぐっと飲みこんだ。自分が泣いている場合じゃない。泣いていい立場じゃない。
「フォン様は……、ずっとお一人で戦ってこられたのですね」
「そんな大層なものじゃないよ。ただ生きあがいているだけかな。ひとつだけ、この世界に捨てられない未練があるから」
「わたくしも一緒に戦うのは……」
「やっぱり姉妹だね。ウィステリアもそう言ってくれて、ウィステリアならうまくやれるかもって思ってたけど。
エマは絶対にダメだよ。話す前に約束したでしょ? 首を突っこんだり犯人探しをしたりしないって」
今ならわかる。最初の忠告もこの約束もぜんぶ、自分を守るためだ。
(ぁ……)
ほんの少しだけ感じていた、ずっと否定し続けてきた気持ちが、ポップコーンが弾けるように一気に膨れ上がった。
(わたくし……、フォン様のことが……)
気づいてはいけなかった。
一度気づいてしまったら、もうなかったことにはできない。
ドッドッドッと心臓が逸る。
「……エマ?」
何も言えないでいると、フォンからミドルネームを呼ばれた。気づいてしまった今は、イヤだと思うどころか、すごく嬉しい。
けれど、王太子として国を継ぐフォンと、婿養子をとって領地を継ぐ自分は、絶対に手を取り合うことはできない。姉様との婚約破棄があったから、家と家としても不可能だろう。
そうでなくても、フォンからは距離をとるように言われ続けている。
(学友としての距離……)
ニコリと、必死に口角を上げる。笑えない時には笑おうとするのではなく、ただ口角を上げるようにと教えられたことがある。
「約束は守りますわ。けれど、両親にだけは真実を伝えたく存じます。実は、姉様の国外追放に怒ったお母様から、復讐としてフォン様を失脚させるように言われております。それを取り消してもらいたいのです」
「ああ……、うん。想像できる中でも最悪のシナリオだったんだね。ううん、最悪じゃないかな。そう言われたきみは、僕をどうにかしようとは思わなかったのかな?」
「真剣に考えましたが、わたくしにはハードルが高すぎたのですわ。フォン様を傷つけずに王太子ではなくさせるなんて、どうすればよろしいのですの?」
真剣に言ったのに、突然フォンが笑いだした。作った笑顔ではない。心底おかしそうだ。
「あの、わたくし、変なことを言いまして?」
「ううん? 気にしないで。やっぱりエマはエマだなって」
「どういう意味ですの?!」
「あはは。きみには復讐の才能はないから、あきらめなね」
「それは、はい。真実を聞かせていただいた今は、まったくその気はありませんわ」
他にもそうしたくない理由に気づいたけれど、永遠に自分の中に仕舞うつもりだ。
「きみの両親には……、やっぱり秘密にしておいてほしいかな。どこから誰に何が伝わるかわからないからね。今までどおり、僕への復讐をがんばって?」
「才能がないからあきらめるように言われたばかりですのに?!」
「あはははは」
どこまでもおかしそうにフォンが笑う。頬をふくらませて見せても楽しげだ。
いつもの王子らしい笑みより、こうして2人でいる時の自然な笑い方のほうが好きだ。
絶対に永遠にはならないからこそ、この一瞬が続くといいと願う。




